第4話
そんなこんなで、屯所にまでやってきた。
飲み物に毒仕込むぞー、と意気込んでやってきたんだけど……そんな隙がありません。
それは、騎士団長の洗練された動きのせいとかじゃなくて。
「んはァ! ほんとかわいいなァ! やっぱ僕、女の子が欲しかったよォ!」
私を持ち上げてぐるぐる回しているのは、騎士の一人だ。
えーっとなんだっけ、ちょっとつり目で、蜂蜜色の髪を三つ編みにしてるのは……あー、たしか、キャッツ。
そうそう、さっき騎士団長もちらっと言ってたキャッツだ。
キャッツは愛称で、本名は……忘れた。
かわいいものが好きらしくて、特に、猫に目がない。しょっちゅう猫と遊んでいるので、ついたあだ名らしい。
「キャシーにお願いしよォ。女の子が欲しいって」
既婚者で、男の子が一人いるらしい。
そのせいで、最近子供好きが加速しているとのことだ。
それは身を以て実感している。
妻のキャシーがかわいい、息子のベンジャミンがかわいい、って話を、会ってから1時間しか経ってないのに30回は聞かされた。
「……食うか?」
「ちょっとバガン、餌付けするのずるい! 僕もやるゥ!」
学校で飼育してるウサギにえさをやるテンションだな。
私にお菓子を差し出してきているのは、バガンという騎士だ。
スキンヘッドのいかつい大男だが、根は優しいようだ。
いろんなお菓子を勧められるのだが、私はついさっきやきそばもどきを食べてお腹いっぱいだ。
それに、口を開くと、舌がないことに気づかれるかも。
舌のない女児、って、いろいろあやしいんだもんなあ。隠すべし。
そんなこんなで、屯所の騎士から構われまくるせいで、全然暗殺ができない。
くそー。こいつら、できる! 騎士団長だけでなく、騎士も私の暗殺を阻害してくるとはな!
「だーんちょ。それで、この子、結局どうするんですゥ? もうすぐ日も暮れちゃいますけど、保護者見つからないんでしょ?」
「ああ、そうだな。ジャンに聞き込みを頼んではいるが、今の所見つかっていない」
き、聞き込みしてんの!?
やっべー、すっごい目立ってんじゃん。暗殺者的に失敗しすぎ。
てへへー。これギルド長にばれたら、使えねえなって、新人の拷問訓練に使われちゃうかも。
この場で暗殺実行して、失敗して殺されて終わりにしたいなあ。
ギルドの同僚に殺されるより、こっちの騎士に殺してもらったほうが絶対にいいんだよね。
暗殺者って、ストレス発散にえげつない殺し方したりするからさあ。私はしないよ?
クビチョンパか心臓串刺しにしかしない派の人です。できるだけ苦しめたくないもん。
一撃で仕留めることに快感を覚えるタイプの暗殺者もいるんで、私はそれだと思われてるけど。
さーてどうしよう。うーん、キャッツさんとバガンさんは子煩悩のいい人だし、私を殺させるのは酷だよね?
この人たちがいないところで実行したいんだけど。
「じゃ、ウチで預かりましょっかァ?」
キャッツさんはうきうきで提案してくる。
あ、死ぬ前に一回くらい、暖かい家庭を経験するのっていいかも。
私の心はちょっとだけ揺らいだ。
「しかし、子が生まれたばかりで大変だろう?」
「一人も二人も変わりませんってェ」
「奥さんに許可取ってから言うんだな」
えー、と頬を膨らませるキャッツさんは相当ガキっぽい。
これで一児の父か、心配だな。
でもすぐに奥さんに許可を取りに行こうとする行動力はすごい。
仕事中に屯所を離れるなって止められてるけど。
「じゃあ……俺が……」
「えェ!? バガンがこんなちっちゃい子供連れてたら人さらいだと勘違いされるよォ!?」
言い過ぎだよ、かわいそうだな。
「この前も迷子案内しようとして、その迷子がめちゃくちゃ怯えちゃって『たすけて騎士さまー!』って泣き叫ばれてたじゃん、騎士なのにィ」
「……う」
言い過ぎじゃなかったな、そんな過去があったんだったらな。
胸を押さえてトラウマに耐えているバガンさん。か、かわいそう。
かわいそうだったので、さっきバガンさんに差し出されたジュースを、口の中が見えないように慎重に飲んでみた。
あ、これ、おいしい。
そうかそうか、舌はあんまりないけど、鼻は生きてる。匂いが強いものなら美味しくいただけるんだな。
このジュースは柑橘系のいい匂いがする。
甘さ、はあまり感じないが、匂いだけで幸せな気持ちになった。
むふ、とコップの中のジュースを見ながら笑ってると、パチパチと拍手の音がなった。
「すごい、笑ったよ、この子! バガンのジュースのおかげだねェ!」
「お、おう……そ、そうか……。お、俺の……俺のジュースでか……」
バガンさんは涙ぐみ始めた。ちょ、ええ、スキンヘッドの大男が涙ぐむのは結構心臓に悪いんだが。
「あー! ちょっ、バガン泣くなよォ! この子も泣いちゃうってェ!」
「あ、ああ……! ……泣かん! ……泣かんぞ!」
ひえーっ、声でかい、声でかいって。鼓膜破れる。
顔をすくめると、泣く前兆だと思われたのか、慌ててキャッツさんが私を抱きかかえた。
ぽんぽん背中を叩きながら「怖くないよ〜泣かないで〜!」ってあやし始める。
おい、それ、対ベンジャミン用だろ。私はあんたの息子の何倍も生きてるぞ。
そんなガキじゃないんだけど……まあ小柄だからな。
10歳以下に見えていておかしくないのかも。
暗殺者ギルドがそういう教育方針だったし。
私がチビなのはギルドのせいなんだからねっ!
こちらの世界に来た時に体が縮んでたんで正確な肉体年齢は分からないが、それでも大体16歳にはなると思うんだけどな。
キャッツさんは私の背中をぽんぽんと叩きながら、騎士団長に世間話を振った。
「そういやァ、明日のネール高原の廃墟探索のことなんだけどさァ」
「んぐっ!」
「おわァ!? どうしたのォ!? 初めて声出したねェ!? え、なに、何か喉に詰まったァ!?」
びっくりして声出たわ。
は、え? ちょっとまって、今なんつった?
ネール高原? 廃墟探索?
ネール高原って基本なにもないんだよね。廃墟も一箇所しかない。そして、私はその場所を知っている。
————そこ、暗殺者ギルド本部がある場所なんだけど。
はへー!?
暗殺者ギルド本部に騎士団がくるってー!? 騎士団長もくるんでしょ!? 一騎当千のジャンも!?
つか、このキャッツさんもバガンさんも私が殺せる確率五分五分くらいのつわものだし、こんなんがこの騎士団ってゴロゴロいるんでしょ!?
そんな騎士団が本部にやってきたら、暗殺者ギルドと全面抗争になっちゃうぞ!?
いっぱい人が死んじゃうぞ!?
んぐんぐ口を押さえながら咳き込んでいると、騎士団長が近づいてきた。
「どれ、見せてみろ」
「んー!」
あっやべえ、油断した! 口開けられる!
ジタバタと抵抗を試みたが、さすが騎士団長、日々の鍛え方が違うぜ。
抵抗はまったく意味をなさなかった。
喉になにかつまっていないか確認するため、騎士団長は私の口をぱかりと開けた。
私は情けない顔で、私の口内を見て固まっている騎士団長を見上げた。
言わないで、言及しないで。
私は目線で訴えてみるが、騎士団長は気付かなかったのか意に返さなかったのか、淡々と告げた。
「……舌がないな」
「ハアアアアアアアアアア!? なに今ので噛み切って飲み込んじゃったのォ!? どどどどどどどうしようドクトル呼ばなきゃァアアアア!」
「おい、落ち着け、キャッツ」
キャッツのあまりの大声に、さすがの騎士団長も頭を抱えた。
バガンが立ち上がった。
「……ドクトルを……担いでくる」
「おい、バガン、落ち着け」
騎士団長は私の口から手を離したので、私はようやく口を閉じることができた。
あー、頑張って口を開かせまいとしたから、めっちゃ顎が痛い。
「まって! 僕のが走るの早いからァ!」
「……壁ぶち破っていけば……俺のほうが早い」
「その手があったかァアアア!」
「ない」
騎士団長のゲンコツがキャッツとバガンの頭に落ちて、その騒動は一旦止まった。
さすが騎士団長の威厳である。
鶴の一声だ。あ、いや、鶴の一撃?
……正直、びっくりした。
舌がないことがばれると面倒なことになるとは思ってたけど、まさかこんな、えーっと、なんていうか。
ケガを心配してもらって騒ぎになるとは、思ってなかった。
舌がないなんて、こいつ怪しい! 暗殺者じゃねえのか! みたいなほうに騒ぎになると思ってたんだけど。
舌がないイコール暗殺者とは普通、なんないのかな?
暗殺者界隈じゃ、舌がないとすぐ「ああ、こいつ無駄口叩くと思われて舌切り取られた無能か、フフン」みたいにバカにされるんだけど。
無駄口叩いて切り取られたわけじゃないもん!
私の鼻歌がうるさかったからだもん!
へっへーん、舌がなくても鼻歌は歌えるもんね、バカめ!
今度ギルドで鼻歌歌ったら殺されると思うんで、やってないけど。
「舌がないのは元かららしい」
「も、元からァ? だからお話ししてくれなかったのかァ」
「……生まれつき……か?」
「いや。古い傷だな」
騎士団長の言葉に、キャッツさんとバガンさんは顔を強張らせた。
あ、あひぃ。薄々わかってたけど、子供が傷つけられるのが許せないタイプか。
私のことで怒っているらしいが、その漏れ出てる殺気が、私をだいぶびびらせてるぞ。
「首元なんかに傷が見えたから、虐待を受けているのではないかと思ったが。ここまでとはな」
「はァ!? 首元ってェ……」
あ、ちょ、騎士団長余計なこと言うなって!
キャッツさんが素早く駆けてきて、私の首元を確認した。
って、素早く駆けるにも限度があるぞ!?
ちょ、ええ、早すぎないか、動きが! まったく抵抗できなかったんだが!?
「切り傷とか、火傷跡……だねェ。普通に生活してて、こんなとこにつくとは思えない」
「……虐待……だと……」
バガンさんの瞳が怒りに燃えている。ちょちょちょ。殺気だけで私が気絶しそうなんだけど。
キャッツさんはガチで泣き始めた。おい、大の男がこのくらいのことで泣くなって、おい!
「つ、つらかったよねェ……! もう大丈夫だよォ! 僕がなんとかするからァ!」
「う、」
大の大人の力で抱きしめられて、私は肺の中の空気を一気に全部吐き出した。
あ、この感覚、上司に戯れでみぞおち全力で蹴られた時のやつ。
「そうだ、僕の子になろうよォ!? 絶対傷つけたりしないよォ! キャシーも絶対許してくれるしィ!」
「その辺にしておけ。その子が圧死する」
咳き込みながら息を吸い込んで、かろうじて存命する。
鍛えた騎士の力やべえ、そのまま死ぬかと思った。
あ、いや、死んでも良かったのか。任務失敗で帰るわけにいかないし。
「そもそも口がきけないなら、保護者の話を聞くにも方法を選ばなければな」
「だんちょー! それどころじゃないですよォ!? こんなひどい虐待ですよォ!?」
「……そいつら……殺す……」
「バガン、殺すのはやりすぎだってェ! 両手両足骨折くらいにしよォ!?」
「……頭蓋骨も……」
「死ぬってェ!」
ここの二人は漫才コンビなのか?
呆然と見ていると、屯所に騎士が帰ってきたようだ。
……嫌な予感がするんだけれど。
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