第3話


私はそのとき、ずるずる、麺を啜っていた。


この街のご当地料理は、やきそばみたいな料理だ。

味付けは辛め、濃い味で、私は好きだ。


というのも、切り取られてほとんど舌が残っていないからか、薄い味は認識できないのだ。

辛い、というのは味覚じゃなくて痛覚で感じるらしくて、舌がなくてもわかる。

このご当地料理は、かなり私好みだ。


この街は私が今まで訪れてきたどんな街より、いい街だった。

治安はいいし、極貧生活をしているものも少ない。

それはどうやらこの街の領主様が有能なのと、この街の騎士団も有能なおかげのようだ。


住むならこんなとこがいいね。

まあ、任務に失敗して、この街に骨を埋めることにはなりそうだが。


久しぶりにお腹がいっぱいになるまで食べて、私は非常に満足していた。

街の広場にある噴水の縁に座って、うとうとしている。


うーむ。あの魔眼の本屋店主にあって以来、警戒してあんまり寝てなかったからな。このまま寝ちゃおうかな。


そして、私は本当にうたた寝してしまったようだった。

うーん。暗殺者にあるまじき行為だな。


「おい、そこの女児」


女児!? そんなんはじめて言われた。


びっくりして、うたた寝から飛び起きた。呼びかけてきたのは、あ、あれ?


————騎士団長だ。私の暗殺対象。


……え? なに、これ。

私はどうすりゃいいんだ。こっからお命ちょうだい! っつって斬りかかるべきか?


「そんなところで寝ていると風邪をひくぞ」


いい人かよ。


「保護者はいないのか?」


いや、いい人だよ。


そんなのは観察してるときから知ってた。

黒髪を短く刈り上げた、筋肉質のこの男性は、騎士団長、ソル・マクガフィン。

27歳独身で恋人は仕事。

趣味は鍛錬。質素な生活をしていて、給料の半分を孤児院に寄付している。


……うん、完璧ないい人なんだよね。

でも一応、任務上殺さなきゃいけない人でもある。


「保護者、っていうのがわからないか? 母親か父親……いや、お母さんか、お父さんは?」

「……」


子供の対応には慣れていないらしい。

口調はぎこちなく、眼線も泳ぎ気味だ。


わかる、わかる。

私も子供の相手は苦手なんだよね。

なにがスイッチで泣き出すかわかんないし、身勝手でワガママだし。


まあ私は今子供なんで、子供らしいワガママを発揮して子供とは話さないようにしてるんだけど。

って、舌切り取られてるから子供だろうが大人だろうが、そもそも話せないんですけどね〜! ……むなしいな。


騎士団長は私にかける次の言葉を選ぶのに時間をかけている。

油断してる今なら殺せないかな?


「むっ」


そんなこと考えてたら騎士団長が剣を抜いた。

あ、これ死ぬって。


騎士団長が剣を突きつけたのは、意外にも私じゃなかった。


「誰だ……って、ジャンか」

「うおわっ!? ちょ、隊長、真剣は勘弁っス!」


騎士団長の背後に、いつのまにか立っていた男だ。

気付かんかった、暗殺者的にダメダメ〜!


その男は、格好から言って騎士。

……んーと、私はこの男を知っているな。


ジャン・ストライカー。

騎士団の切り込み隊長だ。その腕は折り紙付き。

文字通りの一騎当千を成し遂げた、との噂もある。

一騎当千のジャン。騎士団長の懐刀で、気を許しあった関係のようだ。

私が騎士団長を観察している時に、その周囲にいる人も観察していたが、その中で「私には殺せない」と思った人物の一人だ。


あ、あれー。どんどん暗殺が困難になっていくんですが?


「なんスか、いつも通り背後から驚かせようとしただけで、過剰反応っスね」

「いや、わずかに殺気を感じたような気がしたんだが……気のせいか?」


殺せないかな〜? ってちょっと思っただけでこの超反応だよ。

もうやだ。殺せるわけないじゃん。


「んで、どうしたんスか、この子?」

「いや、ずっと一人なようなので、迷子かと思ってな」

「へーえ、隊長がわざわざ子供に声かけるなんて珍しっスね」

「いつもはお前やキャッツが俺より先に声をかけるからだろ……」


和やかに会話が続けられるが、本当、びっくりするほど隙がないよな。

見習いたいなあ。

私はよくギルドで過ごしてて、唐突に背中にナイフ突き立てられたり、トラップにかかって足をずたずたに切り裂かれたりしてたんだけど。

この人たちは四六時中油断してないんだよな。

きっと寝込みを襲っても超反応して対応するだろう。


「んで、どしたの? 迷子? それとも親御さんと待ち合わせかな?」


聞かれても舌がないんだよ。


答えられない。ごめんな、ジャンさん。

黙って見上げていると、ジャンは困ったように頰をかいた。


「あらら。隊長ならともかく、子供受けはいいって言われてる俺をもってしてもだんまりか」

「俺ならともかくってなんだ」

「隊長、眉間にシワよってて、オレでも怖いときあるっスよ」


まあ、確かに騎士団長は子供受けのよくなさそうな顔をしている。

私は嫌いじゃないが。へらへらいつも笑っている方が、何考えているのかわからなくて怖いからな。

へらへら笑いながら唐突に斬りかかってきたりするのが、暗殺者ギルドにはごろごろいるのだ。


多分ギルド内で流行ってる麻薬のせいだと思うんだよね。

あれ、ハッピーになって恐怖心が和らぐらしいけど、理性なんかもやられるみたいで、快楽殺人するタイプの暗殺者を増やしてるんだよ。

それでもガタガタ震えて使い物にならない暗殺者よりはマシらしくて、ギルドの上層部はその麻薬を禁止していない。


私は使わないけど。

はいはい、麻薬を使わなくても人が殺せてごめんなさいね。


「返事してくんないんじゃおてあげっス。この子もそんなに困ってる風じゃないし、このまんまでいいんじゃないスか」

「困っているように見えるが……?」

「そっスか?」


うん、困ってる。とっても困ってる。

よくわかるね、騎士団長。

あなたが殺せなくてめっちゃ困ってます。言えないけどな。

舌がないもんでー! ぺろぺろー!


「うーん……そうは見えないけど。あ、もしかして、同じ仏頂面仲間、なんか通じ合うものがあるんスか」

「そういうわけじゃないが」


私が仏頂面なのはあんたらのせいだぞ。


「困っているのなら、屯所に来るか? 何か手助けできるかもしれない」

「隊長、男どもがごろごろ転がってる場所にこんないたいけな子供連れてったら、泣いちゃうっスよ」


あー、屯所。屯所か。

どうしよっかなあ。ついてったほうがいいのかなあ。そのほうが暗殺できるのかなあ。

殺気をださなけりゃいいんだから、飲み物に毒物を入れる系でいってみる?

それが一番望みがある気がするな。いってみよう。


「えっ、ついてくるの? 大丈夫? 泣いても知らないよ?」

「おい、泣かすような奴はいないだろう」

「えー、そっスか? バガンの奴とか、見るだけで泣いちゃうかもしんないじゃないっスか」


私が見るだけで泣くのはゴキブリくらいだから安心してくれ。


……いないよな、ゴキブリ?

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