第2話


まいったまいった。

私は非常に参っちゃったので、観光することにした。


実はちまちまお金を貯めていたのだ。

暗殺の仕事をする傍ら、死体から小銭をあさったりしてきた。

どうせ死ぬならぱーっとお金を使ってから死にたいね。


そんで、私がまずやってきたのは本屋さんだ。

本が読みたい気分だった。これまでは、満足に読めなかったので。


暗殺ギルドとはいえ、諜報の仕事もあったりする。

そのために文字の読み書きは仕込まれていた。


本屋にやってきて、小説を探す。

これまで読んできたのは歴史書だったり、植物図鑑だったり、貴族の怪しい書類だったり、とにかく実用的なものばかりだった。

なんか、娯楽になるようなものが読みたいね。死ぬ前には一回。

探していると、いろいろ面白そうなものが見つかった。


おーっ、いいね。ロマンス小説だ。


パラパラとページをめくりながら読んでいると、声をかけられた。


「君、文字が読めるのー?」

「んー」


おわっ、結構濃厚なベッドシーンだな。


「あんまり見ない顔だよねー?」

「んー」


これ、R18コーナーとかに置いといたほうがいいんじゃないか。


「最近こっちにきたのー?」

「んー」


いや、この世界での識字率は低いし、本が読める子供ってのが少ないのかも。

ってことはもしかして私結構浮いてるかもな。


「行商人の娘さんとかかなー?」

「んーんー」


うわー。官能小説なんて読んだことないから知らない単語ばっかりなんだけど。


「あー、一応話は聞いてるんだー?」

「んーんー」


でも「赤い花びら」とか「太い幹」とかは読み取れるな。意味は取れる。

耳年増だからな!


「って、聞いてないのかよー」

「んふ」


おもわず笑ってしまったので、顔を上げることにした。

本屋の店員らしきその人物は、黒髪を束ねて割とグラマラスな体型の女性だ。


あー、どうしよっかな。

話しかけてもらえたのは久しぶりで、純粋に嬉しさは感じるんだけど、私しゃべれないんだよな。

暗殺者に言葉はいらんだろうということで、舌切り取られて声帯つぶされてるもん。

んーんーいうのが限界だ。案外会話っぽいのができたけど。


「こんにちはー。他の本屋なら、立ち読みはお断りですー! っていうところだけど、ワタシんところは大歓迎ー。本好きは同志だからねー」


おや、もしかすると店員じゃなくて店長だろうか。

それにしては若すぎるような気もするが。


「そーそー、ワタシは店長のメロ。よろしくご贔屓にー」

「んー……」

「なにその濁した答えはー? ぜひ使ってねー、ただで読んでいいんだよー」


ただより高いものはないって言うしなあ。


「お嬢さん、かしこいねー?」


その言葉に違和感を覚えて再び顔を上げた。

……あ、やべ。この人魔眼持ちか。


私は即座に本を元あった場所に戻して、走りだした。


「ちょー!? ええー、なにー、すごい身軽ー!?」


壁を蹴って屋根に上がると、隣の建物の屋根へと飛び移る。それを何度か繰り返し、路地裏に入ってからしばらく駆ける。

これで巻いたか? 油断は禁物だな。一旦街の外に出るべきかもしれない。

あーあ、やっちまったぜ。


魔眼というのは、生まれつきの特殊能力だ。


魔眼にもいろいろ種類があって、未来が見えるとか、ものの価値がわかるとか、いろいろある。

どんな種類であっても、魔眼持ちは虹彩が虹色に光っているので、知っていればすぐ見分けられる。

すぐ見分けられる……。見分けられるはずだったんだ……。

本に集中していたので、なかなか気づけなかった。暗殺者失格かよ。あーあー。


魔眼持ちには、何度かあったことがある。殺したこともあるし、同僚にも何人かいる。

本屋の店主のあの感じからいうと、心を読む魔眼かもしれない。

噂には聞いたことがある。実際にあったことはないが。結構レアな部類だ。


心読まれてたら、大変じゃないか。

私が暗殺者だってこともバレたかな。うーん。もし誰を殺すってとこまでバレてたら、もう仕事にならない可能性もあるよね。


まあもうちょっとだけ、様子見かなあ。


この街で評判のご当地料理、まだ食べてないし。

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