「ゾンビのマリネでございます。充分に血抜きをした後、三日三晩調味液で漬け込みました」

 皿が置かれると同時に私は顔をしかめていた。腐った肉の臭いが鼻孔を貫き、涙腺を刺激する。

 味つけに使われた果実酢も香草も、一級の物であることは判る。しかしこの異臭の前では何の助けにもならなかった。ところどころに覗く白い蛆が、さらに不快感を募らせる。

 本当に、これを食えというのか。

「私どもの味に慣れたあなた様には、御満足いただけると思いますが」

 ギャルソンの声が響いた。この店を守る者の、威厳と誇りに満ちた声だ。

 そうだ、私はこの店の客なのだ。今ではほとんど毎晩のようにこの店で夕食を取っている。そのたびにこの店は、極上の美味を堪能させてくれたではないか。

 ならば私もその誠実さに答えねばならない。常識や偏見で料理を判断することの、何と愚かなことか。

 二、三度瞬きし、涙を拭う。そして私は、皿の上の料理と向かい合った。

 ずるり、とナイフが中に潜ってゆく。切るというよりは引きちぎるといった感じで肉を取り分け、香りづけのマンドラゴラを添える。持ち上げたフォークの先から、果実酢と腐汁が滴った。

 一瞬の躊躇の後、私は料理を口にしていた。

「これは……」

 再び、私の目が瞬く。しかしそれは、驚きからの物だ。

 熟成の進んだ牛肉――いや、それをはるかに越える複雑で凝縮された旨み。時折歯の間で弾ける蛆のプツリという感触が、絶妙なアクセントを添えている。

 私は今までの自分を恥ずかしく思った。目の前の壁が取り払われ、新たな味の地平線を見たような、そんな感動だった。

 一度ハードルを越えてしまえば、あの異臭も馥郁たる香りに思えてくる。蛆の一匹、汁の一滴まで残さず平らげ、私は店を後にした。

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