第4話

次の日、これまでの重労働からやっと逃れられて眠りこけていた尾山をソラは

「コーイチ、朝。」

「んむう……。」

目を開けた尾山は真冬の、日が昇りきっていない外の景色を見て、

「まだ早いっつーの……。」

と言って寝ようとしたが、

「ダメ。お客さん来てる。」

とソラが耳に細い腕を入れて、妨害した。

「うぉえっ、や、やめろそれ。体ん中かき回されてるみたいで気持ち悪いから。」

「じゃあ起きて。」

「はいはい。分かったよ。」

仕方なく、もう一度起き上がった尾山はソラに訊いた。

「ところで、さっき客が来たって言ってなかったか? まだ、七時半なんだが……。」

「でも、さっきノックしてた。」

「誰だよ。こんな朝っぱらから……。」


ダルそうにソラが指差していた作業部屋のドアを開けると人が立っていた。

「右山。どうした、こんな朝っぱらから。」

「おはようございます。尾山さん。」

「で、どうかしたのか?」

「ええ、夕べ設計図を拝見させてもらったんですけど……。」

右山は指で設計図を示した。

尾山が覗きこむように見ると、

「ここって、どうすればいいんですか?」

右山の指し示す先は、数多くあるリベットのうちの一つだった。

リベットの頭が穴の中に入っているのは、この機体の特徴で、たくさんあるリベットの空気抵抗の大幅な削減に一役買っているのだ。

「あっ!」

しかし、尾山は突発的に思いついた物だったので、実際に作る時の事まで頭を回していなかった。

「早く教えてくれないと、皆来てしまうんですが……。」

しかし、寝起きな上にあまり工作には精通していない尾山はあごに手を当てるだけで、口を開けない。


バンッ

尾山が思慮に暮れていると、突然ドアが開いた。

「!!!」

尾山と右山は思いっきり首を回し、動いたドアの方を見るが、そこには誰もいない。

「あ、あわわわわ……」

どうやら右山は驚きすぎて、開いた口が塞がらない。

ドアを指差して、固まってしまっている。


しかし、尾山は普段から人ならざる物(ソラ)を見ているからかそこまで動揺していなかった。

「ん?…………おい、あれを見てみろよ。」

尾山はカチンカチンに固まった右山の肩に手を乗せ、ドアの下を指差した。

そこには、パテと灰色のペンキが入ったバケツに金属ヤスリが綺麗に整列していた。


右山の見開かれた目が焦点を合わせた瞬間、

「あっ! そうか! そうすればいいんだ!」

と指を鳴らした。

そして、尾山が話しかけようとする前に、始業間近の工場に駆け出していった。

その背中をしばらく眺めていると、ドアの裏からソラが出て来ていたずらっぽく笑い、Vサインを掲げた。

「なるほどな。よくやった。偉いぞ。」

その様子を見た、尾山はソラの小さな頭を覆うように撫でた。

「やった。」

凄く嬉しそうな顔に反して、無機質な声は不自然だったが。


やがて、夜も更けた頃、今日も五右衛門風呂の時間だった。

仕事はしっかり終わっているので帰ってもいいのだが、尾山はそんなに家が好きでもないし、ソラもいるため、帰ろうとは思わなかった。


昨日よりも大きくなったので、手で支えなくてもいいかと思い、手を離してみた。すると、

「ごぼぼぼっっ……」

手を離した瞬間、空気中かと思わせるぐらい綺麗に沈んでいってしまった。

「お、おい。大丈夫か?」

「ケホッ、ケホッ、酷い……。」

「ご、ごめんごめん。まさかそんな綺麗に沈むとは思わなくって……。」

「許さない。」

「わあっ! ち、ちょっと待て。二度も同じ手は食わないぞ。」

ソラが思いっきり、口を開いたので、尾山はスッと手を引っ込める。

しかし、それによって、肘が風呂の縁にぶつかってしまう。

グラリ

その音が聞こえた時点で、時すでに遅し。

あっという間に横倒しになってしまい、尾山とソラは地面に投げ出される。

「クソッ」

頭を抑えながら目を開けると、視界には隠れ蓑となっていたはずの小さなタオルが外れてしまったソラの姿が見えてしまっていた。


つまりどういうことか。


小さい体ながら、しっかりとした凹凸や女性の証明もちゃんと確認出来るということだ。

十万本の髪の毛全てを逆立て、鬼の形相をしている姿も。


「見……た……なぁ……!」

「待て、話せばわかる。落ち着……」

ガブリ、ガブリ、ガブッガブッ

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


冬になりかけた夜の空に悲鳴が鳴り響いた。

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