第3話
そんな風にしてソラが従業員に見つかりそうになったり、ご飯を食い潰されたり、風呂でのぼせたりして十日が過ぎた。
尾山の「明日こそ完成させる」という言葉も十回繰り返された。
しかし、現実は非情だった。
ついに、明日に設計図が上がらなければ、愛菱の倒産が決まるという日になってしまった。
「尾山さん……。……設計図は出来ましたか?」
「………………」
右山の空虚な声に、首を横に振る。
「尾山さん。夕方には社長がいらっしゃるそうです。それで、一つ提案なんですけども……。」
「何だ」
「少しぐらい、妥協したって……ヒィッ!」
うつむきながら言う右山の胸ぐらを尾山は掴んだ。
「ふざけるな! 妥協なんてしたらあの大島に勝てる訳ないだろうがっ! それともなんだ、お前は勝てるって言うのか?」
「い、いえ、そんな事は思いませんが……。」
「だろう? しかもまだ終わりの時間は来てない。諦めるにはまだ早い。」
そこまで言って、尾山は右山の胸ぐらから手を放した。
「ぐっ! ……そこまで言うのなら……分かりました、吉報をお待ちしています……。」
そう言い残して右山は部屋を出ていった。
そうは言ったものの、尾山には妙案は浮かんでなかった。
隠れ場所の棚の下から這い出してきたソラが遊んでいる様子を見て、
「お前は気楽でいいなあ。」
という感想を漏らした。
尾山はこれと言って案が浮かばないので、ソラが腕を鳥のようにして走り回っている様子をボーッと眺めていた。
ソラはやがて、ゆるく巻かれた模造紙の筒の中から頭を出したり、隠したりする遊びを始めた。
それを見ていた尾山の中で何かがはじけた。
「それだっ!」
尾山はソラを指差した。
突然、指を指されて叫ばれたソラは思わず、筒の縁にかけた手を放してしまい、筒の中に吸い込まれてしまい、出られなくなってしまった。
尾山は一気に何枚目になるかも分からない設計図を埋め尽くしていく。
ソラが筒から出られなくなっていることも、昼御飯を食べてないことも、気がつかずに猛スピードで仕上げていく。
日も暮れかけた頃、設計図は完璧に出来上がっていた。
そして、尾山は納得のいく設計図を仕上げたので、興奮して頬を上気させていた。
コンコン
ノックの音が響いた。
「はーい」
いつもは社長が相手だろうと、絶対にドアは開けないのだが、珍しく尾山はドアを開けた。
「何か御用でしょうか?」
そう言って開けた先にいたのは予想通りの人物だった。
「どうかね、尾山君。新時代の飛行機は見つかったかね? 右山君によると、見つけられてないという事だったが?」
「見つけてやりましたよ……! 社長!」
尾山は自信満々、鼻高々に言い、設計図を掲げて見せた。
「おおっ、これが新時代の飛行機だと言うのだね?」
「そうです!」
「まあ、あんなに設計図を破った君がそう言うのだから本当にそうなのだろうね。」
「じゃあ、右山の所に持っていきますよ!」
「うん、それがいい。では、私は帰るとしよう。最後まで頼んだぞ?」
「はいっ!」
社長が言い終わらない内に、尾山はガレージの隣にある工場に走り出していた。
「右山~! 右山~! 」
「どうしたんですか? 尾山さん」
尾山が右山の名を呼びながら、走っていると、従業員に声をかけられた。
「右山はどこだ?」
「えっと……、あそこです。」
その従業員は周りを見渡すと、工場の奥の方を指差した。
「ありがとな~。」
そう言いながら、尾山は所狭しと並ぶ機械をすり抜けながら、奥に向かう。
従業員が差した方向にちゃんと右山は居た。
その表情は尾山と正反対で、今にも死にそうな青ざめた顔をしていた。
「うん? ……なんですか、尾山さん……。僕はもう終わりなんです……。」
「はぁ!? 何を言ってるんだ、右山! これを見ろ!」
「え? これはまさか、設計図!? 尾山さん、ついに仕上げたんですか?」
「そうだ。」
「良かった……。これで僕はリストラされずに済んだんだ……。これで安心して死ねる……。」
「おい待て。死ぬにはまだ早いぞ。」
尾山は気が抜けたようにしている右山の頬をペチペチと叩く。
「冗談ですって。まあ、ともかく出来上がって良かったです。」
「じゃあ、よろしくな?」
「承りましたっと。」
自分の会心の出来だと思う戦闘機の設計図を置いてきた、尾山はスキップしながら戻ってきた。
そして、あることに気づく。
「そう言えば、ソラはどこ行った?」
そう言いながら、開けたドアの先は光に包まれていた。
「うおっ、まぶしっ」
正体を確かめようと目をほんの少し開けた尾山は、眩む光の中、長い髪のシルエットの物が少しずつ大きくなっていくのを見た。
「はぁ!?」
散々ソラという名の摩訶不思議な物と日々を過ごしてきた、尾山だが、ここに来てさらに信じられない光景を目にしていた。
やがて大きくなるのが止まると、光は段々薄くなっていく。
消え去った光の中にいた物を見て、尾山は刮目せざるを得なかった。
そこには、水仙のように白くて長い髪と、笑いを誘う飛行服をトレードマークとする物体が立っていた。
「もしかして、ソラか?」
その質問に対して、うなずく仕草もソラの物だった。
しかも、よく見ると三頭身から六頭身ぐらいになっている上に、顔立ちも「可愛い」から「美しい」に変化していた。まあ、身長は四十センチ程しかないが。
「……そう私は、ソラ」
尾山は最初誰が何を言っているのか分からず、辺りをキョロキョロしていた。
「私は、ソラ」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
これまで、しゃべることの無かった、ソラがしゃべったのだから、尾山の腰の抜かしようは凄まじかった。
そして、震える指でソラを指差し、
「お、お前しゃべれるのか?」
「ウン。」
「な、なんで?」
「成長した。」
「どうやって?」
「夢を食べて。」
「どういうことだ?」
「夢を叶えたから。」
「???」
質問して見たものの、ソラが言う事が不可解過ぎて、謎がさらに深まってしまった。
「うーん、どういうことだろ……。」
尾山が腕を組んで考え込んでいたところ、
「私は、夢の力で生きている。だから。」
「夢の力ぁ?」
「そう。」
「……もしかして、俺が設計図を書き上げたから?」
「そう。」
「ふーん……。」
尾山はなぜ夢の力でソラが大きくなったのかは分からなかったが、そもそも、ソラそのものも理由が分からない物だったと思い、それ以上のツッコミは諦めることにした。
「ところで、オヤマ……。」
「浩一でいいぞ。」
「じゃあ、コーイチ。」
「ん? 何だ?」
「さっき、閉じ込めたでしょ……?」
「はぁ!?」
「とぼけたってムダ。」
「何の事を言っているんだ!?」
「まさか、覚えてないっていうの……?」
「あ、あぁ……。」
そう返答した瞬間、ソラから今まで感じたことの無かった、殺気が放たれた。
「許さない……。」
「え、ち、ちょ、ちょっと待て。」
「待たない。」
そう言って、ソラは尾山の手を噛んだ。
「ぎゃああああぁぁぁぁーーーーーーーー! お前、やっぱりソラだぁぁ!」
大きくなった分、噛む力も噛む面積も広くなったので、尾山の脳髄に来る痛みも格段に跳ねあがっていた。
「さっきからそう言ってる。」
「分かった、分かったからそろそろ放して!」
「はい。」
息を吹きかけたり、手を振ったりして痛みを和らげようとする尾山にソラは、
「暗い所はキラい。」
と言った。寂しげな顔をして。
初めて、彼女のそんな顔を見て、尾山は誓った。
「分かった。二度としない。約束だ。」
「ん。」
尾山がつきだした小指を、ソラはその小さな小さな手できゅっと握りしめた。
そして、初めて感じるソラの体温に少し微笑んだ彼女の顔に尾山は思わず赤面したのだった。
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