第4話一番前の席の男の子
私には気になる人がいる。
いつも席替えの度に何かと理由をつけて、一番前の席に座る男の子。
真っ直ぐな黒髪を頭の輪郭に沿って切り揃え、時折邪魔そうに頭を振ってどける前髪から覗く大きな目が教壇の前に立つ私を見据える。
真面目に話を聞く……というのとは少し違う、妙に熱の籠った黒い瞳と目が合う度に、心臓がドキンと跳ねる。
まるで彼に見つめられて動揺している私の心すら見透かされているようで、いつも彼のいるクラスでの授業は気が休まらない。
まさか、私の事……?と考えて、少し喜びを感じる自分を見つけては罪悪感に苛まれる。
あまり目立たない子だが、たまにハッとするほど大人びた表情を浮かべることがあり、女子生徒たちの中でも密かに人気があるらしい。
だが、彼はまだ13歳で、子供だ。
いくら彼が私に思いを寄せていようと、私はそれに応えることはできない。
家で一人お酒を飲みながら、もし私が彼と同い年だったらなぁ、とそんな意味の無い空想に思いを馳せた。
放課後の教室。
とうに掃除の時間も終わり、どの教室にもたまに自習をする生徒がいる以外誰もいない。
夕日が差し込むオレンジ色の廊下を進むと、ある教室からキュッキュッという音が聞こえた。
なんの音だろう、と不思議に思った私は、その教室を覗き込んだ。
一人の男子生徒が黒板を雑巾で拭いている。
彼が黒板の一番上まで背伸びして手を伸ばす度に、少し長い前髪がサラリと揺れた。
その下の大きな瞳が横にずれ、
「あ、先生。何してるんですか?」
あの子だった。
予想外の人物に困惑しながら、私は平静を装って、彼に同じことを問い返した。
彼は手を止めて、恥ずかしそうに笑った。
「僕、今日は日直だったんですけど、掃除のこと忘れてて。日誌先生に渡した時に黒板掃除するように言われちゃったんですよ」
私は曖昧に相槌を打った。
お互いに微笑を浮かべたまま、沈黙してしまった。
気まずくなった私は、思わず手伝いを申し出た。
「え、そんな……」
彼は驚いた顔をして一瞬断ろうとした。
だが、んーと口を窄めると「じゃあ、すみません。お願いします」と私に新しい雑巾を差し出した。
私は教室に入ると、彼に近寄り、雑巾を受け取ろうと手を伸ばした。
その時、私は彼の目に気づいた。
私をまっすぐに見詰めるあの目。
緊張のあまり、私の手は止まる。
「先生?どうかしたんですか?」
彼が私を見上げて尋ねた。
なんでもないと言おうとして、声が震える。
全てを見透かすような彼の目が私を射抜く。
まるで吸い込まれるように私は彼の瞳から目が離せなくなる。
最初は思いを寄せているのは彼の方だと思っていたのに、今は、どっちが……?
その時、彼が中途半端に伸ばされた私の手を掴んだ。はっと私は我に返る。
彼は動揺する私を優しく見つめて、
「先生、水道はあっちですよ。一緒に行きましょ」
満足そうな笑みを浮かべ、彼は私の手を引いた。
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