第1話

切符を拾った。

よくある長方形の小さな切符。


人が多く行き交う駅の床で、人々の足に踏みつけられながら、その切符は寂しげに落ちていた。


「ちょっと可哀想だな……」


物に意思なんてあるわけないのに、と思いつつも不憫に思った俺は切符を拾って眺める。

行き先も料金も書かれていない、真っ白な切符。

うっすらと『鉄道』と『片道切符』という文字だけかろうじて読める。


――踏まれたせいで、文字が消えたんだろうか?


首を傾げていると、ふと声をかけられた。



「もし、そこのお嬢さん。その切符はこちらの改札で対応してますよ」


振り返れば、改札の隅で駅員が手をあげている。


「あぁそうなんですか」と返した俺は、はっと気づいてツッコんだ。


「待って俺お嬢さんじゃないです。『結城カンナ』って名前の立派な男子高生です」


不名誉極まりないはずなのに、あんまりにも女子に間違えられるので、すっかり慣れてしまったようだ。

慣れの恐ろしさに震撼する俺に「あぁ、ごめんなさい」と穏やかに微笑んだ駅員は、白い手袋をはめた手を差し出した。



「その切符はここで対応してるんですよ。さぁ、こちらにどうぞ」


「あ、いやこれ落としたの拾っただけなんです。だから俺のじゃなくて……」


「でも、あなたはそれを拾ったのでしょう?なら、今の所持者はあなたです。落とし主を探すのは難しいですし、まぁまず気づいたとして取りに帰ってこないでしょう」


駅員に言われて俺は頷く。

確かに、わざわざ探しに帰ってくることはしないだろう。

それこそ駅員に言って対処してもらって、一件落着ってのがオチだ。



「可哀想にこの切符は発券されたのに、務めを果たせない。そのまま捨てられちゃってお役御免ですかね」


「……勿体ないということですか?」


俺の質問に駅員が頷く。


「まぁそういうことですね。だから、あなたが使ってやってくれませんか?」


駅員が切符を指さす。


「切符はね、ただの紙切れじゃないんです。その人を新しい土地、新しい人と巡り合わせるある意味繋ぎ手のようなものです。君がその切符を拾ったのは、きっと何かの縁なんでしょう」


「いかがですか?」と問いかける目で駅員が俺を見つめる。


今は学校からの帰り道、これからの予定は特にない。

強いてあげるなら、溜まった課題を消化するぐらいだ。


――まぁ、たまには出掛けるのもいいか。


考えがまとまった俺は切符を駅員に差し出す。



「ご乗車ありがとうございます」


駅員がパチンと切符を切る。

流石、慣れた手つきだ。



「そうそう、あなたにお願いがあるんです。終着駅で一番最初に会った人に、これを渡してくれませんか?」


そう言って駅員が小さな小包を取り出した。


「え、渡すって何で俺が……?というか、最初に会った人なんてランダムじゃないか。誰の手に渡るか分かんないぞ?」


渋々小包を受け取る俺に、駅員が微笑む。


「いいんです。それもこれも切符が導いた縁。きっと渡してくださいね、よろしくお願いします」


そう言って駅員は、柔らかい笑みを浮かべたままお辞儀をする。

俺も軽く手を振り、改札口を抜けて歩く。


表情も姿も何も変わらないのに、一人ぽつんと立ったその姿はどこか寂しく、儚かった。

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