前哨戦 四


ホスキンスはお茶で口を潤しながら尋ねる。帰ってきたニールの様子で察しはついていたため表情を崩すこともなかった。今はニールの心持ちを知ろうとしていた。


「具体的にはどうするつもりなんだ?」


「まずは明日、市民に向けて発表します」


「発表したとして、的確な指示でなければ却って余計な混乱を生むだけに思えるが⋯⋯。避難を促すのか?」


軍に所属していた頃のホスキンスの役目は専ら後方支援。本人の希望もあっての配置だったが、軍人の家系に生まれたが故に志願するしかない彼の境遇に同情する声が少なからず存在して、希望が通ったのも事実であった。

数年ではあるが隊の作戦を担う戦術家として活躍していた過去も存在する。士官学校に通っていないコラレスに戦術の知識があるのはホスキンスの指導の賜物であった。

故に退役したとはいえ軍の内部関係や情報に詳しく数少ないニールと議論を交わせる人物でもある。


「うん。その為にまだ返信は届いてないけどオラビアから王都までに連なる各市に受け入れ願いの旨を送っている」


ホスキンスはニールがやろうとしている作戦を読み取り、現実的に可能であるのか考え込んだ。


「ならニールがやろうとしているのは――」


「オラビアを要塞都市として作り変える」


言葉を詰まらせる。何となくだが次にホスキンスが言うことは想像がついた。


「オラビアを守るのがニールの目標じゃないのか? 要塞都市として変貌させてしまえば仮にモラルタを撃退したとしてもそれはお前が知っているオラビアではなくなっているはず」


「失礼ですがお父さん」


敢えて区切って一呼吸をおく。言葉を整理してから再び口を開いた。


「街というのはその‴場所‴に人集まって居住、商業を為すことで街と呼ばれるのではありません。人が自然と集まり居住や商業が行われる‴場所‴を街と呼ぶのです。今のオラビアは無くなってしまうかもしれませんが、新たなオラビアも人が集まり歴史を紡げば同じオラビアにあることに違いはない」


「すまなかった。俺の出過ぎた真似だった」


自分より遥かに高度な次元でオラビアの行く末を憂いているニールに口を挟む要素などないことを思い知らされる。

ニールは目線を父と一瞬合わせた後、直ぐに伏せた。


「それで俺は何をすればいいんだ」


椅子に深く座り直しながら発した言葉は半ば確信めいた口調だった。

父より知識を身につけ、数多の将官や文官とタヌキの化かし合いを演じてきたとしても長年息子を育て続けた親に隠し通すことはできない。

目線は上げることなくテーブルの模様を見つめながらぽつりぽつりと呟いた。


「とても辛い、罵声を浴びせられる、知り合いには縁を切られるかもしれない、それでも父さんにしかできない、やってもらいたいことがあるんだ」


「わかった」


間髪入れずにホスキンスは了承した。


「わかった、ってまだ何も説明してないし俺は父さんに過酷なことをお願いしようとしてるんだぞ!?」


顔を上げたニールが椅子が倒れることも気にせず立ち上がり、テーブルに手をついて叫ぶように声をあげた。


「関係ないよ。ニール、お前には俺が負傷で退役したせいでカークランドの役目を背負わせてきてしまった。それは俺が背負うべきものだったことだ。言いはしなかったが後悔の念は消えることはなかった。だからニールが俺に願いがあるというならどんなことでも叶えてやりたい」


視線がぶつかり合う。暫く続いたがホスキンスの頑として折れない強い意志に根負けし、ニールは項垂れたまま床に座り込んだ。


「戦力が足りないんだ」


壁に身体を預け体育座りの姿勢のまま独り言のように言葉を紡ぐ。


「それもかなり」


ホスキンスは口を挟むことなく静かに聞いていた。


「退役した老人。生まれつき身体が弱い人、部位⋯⋯負傷でやむなく退役した軍人、少年⋯⋯もしくは女性も兵数に入れなければ勝てないかもしれない。それくらい切羽詰まっている」


父を想像したのか独白の途中小さく肩を揺らした。


「幾ら国家存亡の危機だといっても自分の命が恋しい。老人や少年まで招集されると知ったら降伏しようと名乗り出る人が多く出るに違いない。だから普通の人が呼び掛けてもダメなんだ。それも特別な⋯⋯そうオラビアで英雄扱いを受けている俺――――の父親であり片腕を失って退役した父さんが参戦して呼び掛けて初めて効果が出る」


父の負傷、英雄と崇められた立場でさえ利用する作戦を立てた自分を激しく嫌悪した。

最低なことを言っている自覚はある。だがそうでもしない限り国を守る手立てはニールには思いつかなかった。

ホスキンスが椅子を引いて立ち上がる音が聞こえる。ニールは身を怯ませて来るであろう衝撃に耐えうるため肩を抱いた。

だが、叱責でもなく平手でもなくニールを襲ったのは頭を撫でる感触だけだった。


「え?」


呆然として見上げる。ホスキンスは慈しみを浮かべた笑顔で息子の頭を撫でていた。


「初めてニールの本音が聞けたような気がするよ。息子の本音を大人になってから聞いてたんじゃ父親失格だな」


父の言葉が薄暗い心を溶かしてくれるように感じた。


「何度も言うが息子であるニールの願いならば協力は惜しまない。だけどもう今日はもう遅い、明日も早いんだろう? ならまた明日詳細は聞くからもう寝なさい」


「⋯⋯⋯⋯ありがとう父さん」


深く感謝をして、寝室に向かおうと立ち上がる。しかし体育座りしていた内に足が痺れてしまっていて思うようにバランスが取れず前にいた父に倒れ込んでしまった。


「お!?」


いきなり倒れ込んできたニールに驚きはしたものの、片手と身体を上手く使い受け止め、遠慮するニールを無視しながら肩を抱いて寝室まで付き添った。


「父さん⋯⋯」


照れ臭さか頬を紅潮させながら横を向いて話しかけた。

ホスキンスも無理に聞きただすことはせず息子が落ち着くまで静かに待つ。息を吐いたあと小さく息を吸い込んだ。


「俺は父さんの息子に産まれて後悔したことは一度もないよ」


「そりゃよかった」


もう一度ニールの頭を撫でた。そして安心して寝室から出ていこうとする。

そこでホスキンスはふと思い出したかのようにさり気なく尋ねた。


「母さんはどうするんだ?」


「ミセリさんたちの家族にお願いして一緒に王都まで連れてってもらうことにする」


憂いが無くなった、と笑顔を浮かべて扉を閉めた。

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