前哨戦

前哨戦 壱


「なっ、もう動き出したと言うのか!?」


 有り得ないと言った表情でアデリシュカは今にも掴みかからんとしていた。


(いや、ニールの予測だともう相手が動き出すことも想定に入れていたか)


 アデリシュカは事前にスアレスたちが伝令として送り届けた手紙には目を通していた。


なので一度は相手の動き出しの早さに驚愕したが手紙に記載された内容を思い出し、冷静を取り戻す。


「王都にはない‴温泉‴と呼ばれる文化を体験してみたかったけど、どうやらうかうかしていられる場合ではないようだな。コラレス君、総督がいる部屋まで案内をお願いできるかな」


「勿論。そこまで案内するつもりでした」


 アデリシュカはコラレスの回答に頷くと、全軍に指示があるまで待機と命令し、コラレスを伴って室内へと消えていく。

 コラレスに案内されて到着した部屋は城の一番上――ではなく二階の端にある至って平凡な部屋であった。

 ここにオラビアを一手に纏める敏腕の総督がいるとはにわかにも信じがたくコラレスに不審な目を向けた。


「アハハ、こんな薄汚れた部屋にテスタ少将がいるとは思えないですよね」


 困った表情を見せながら頬をポリポリとかいた。


「否定しないと言うことは本当にここにいるのだろうね」


「総督曰く一番上に部屋を構えるのは権力を誇示したいだけの愚か者だ、と常々口にしていまして。一番上は敵の的になりやすい、一番目立たない場所――つまり二階の端に執務室を構えたいと周りの意見も聞かず決まったという次第です」


 その言葉を聞いたあとアデリシュカは会ったことないテスタの評価を高めた。そこいらの凡百の将とは違って有能そうだ、と。

 扉を叩くと、入室を許可する旨が聞こえ、アデリシュカは部屋に入った。


「失礼します。王都から参上致しました、アデリシュカ・チェスノコフ中佐です!」


 入室と同時に一部の隙もない敬礼をする。それを見たシェーンは柔和な笑みを浮かべ、椅子に座るよう促した。


「出迎えに行けなくてすまんのぉ⋯⋯。行くつもりはあったんじゃが、何分急を要する事態になってしまっての」


「こちらの上等兵から話は伺いました。どうやらモラルタが動き出したようで」


 ここまで案内役をしてくれたコラレスはもういない。部屋まで案内した後、待機させていた軍を休める場所に移動させに向かっていた。


「ほっほっほ。もう聞き及んでいましたか。それなら話は早い、今回の前哨戦、全面協力を得られると計算してよろしいでしょうな?」


 柔和な笑みを浮かべ温厚そうな好々爺然としていた様子が一変した。鋭い眼光でアデリシュカを射抜き一瞬とはいえ怯ませた。


「勿論です」


 返答を聞いたシェーンは再び元の好々爺に戻り握手を、と手を前に差し出す。アデリシュカもそれに倣い握手を交わした。


「そ、そういえばニール・アルカディアと言う者が大佐になった伺いましたが何処へ?」


「ほう、ニールが王都にまで名前が知られているとは」


「いえ、ニールと知己があったと言うだけで。無論王都で知られてないとは言いませんが――――」


 アデリシュカの言葉を遮るようにドン、と大きな音を立てて扉が開かれた。扉を勢い開け放った本人は扉を気にすることなく一目散にシェーンの前の机に向かい、片手で抱えた資料を乱雑に置いた。


「お待たせしました! 全容、とまでは判明できませんでしたが主だった将の名前は確認できました」


 髪も乱れ、興奮した状態で部屋に入ってきたのはニールである。

 アデリシュカは突然の来訪に心の準備ができていなかったのか口をパクパク開けていた。


「ん? あれシュカじゃないか!」


 一息ついて他を見回す余裕ができたニールはようやくアデリシュカの存在に気づいた。

 数年ぶりの再開に喜びもさることながら、彼女が何故ここにいるのかと疑問を持つ。


「お、」


「お?」


 アデリシュカが何か言おうと口を開くがうまく言葉にできない。


「なんでいきなり現れるんだニールは!? びっくりさせられたこっちの気持ちも考えろ!」


「お、おう。すまん⋯⋯?」


 アデリシュカの勢いに負けてなにがなんだかわからないがとりあけず謝ることにした。


「最後に会ったのは4年くらい前だっけ?」


「そうだね、確か各市代表会議でオラビアの代表でニールが来たんだっけ」


「そうそう、あれは時間の無駄だったなぁ。どの市も少しでも他の市より儲けを出そうと他人を蹴落としたりしてて全然話が進まなかったよ」


「でも僕は何度かニールに手紙も送っていたのだけれどね。君から返事はあまり返ってこなかったけど⋯⋯」


 アデリシュカは拗ねるように頬を膨らませた。


「悪い悪い。ちょうどその時に限って遠征隊でいなかったり仕事が立て込んでいたりして返す余裕がなかったんだ。全部が全部返してないわけじゃないだろう?」


「そうだけど⋯⋯そうだけど⋯⋯!」


 返事があれば確かに嬉しいが返事がないと自分は無視されてしまっているのか、それともニールに返信できないような過酷な事態に巻き込まれたのかなど心配してしまっていた。だからと言ってそれをニールに伝えると言うことは自分の胸中を伝えると言うことでまだその覚悟ができていないアデリシュカは悶々とする日々を送るしかなかった。

 そんなアデリシュカの心境などニールは気づくわけもなく。


「まあまあ、会えたんだし良いじゃないか。それよりシュカがなんでここにいるんだ?」


「ニールが合同軍事演習の名目で救援を要請したんじゃないか」


「え、つまり。シュカって――――」


「4年前の僕は中尉だったが今は中佐にまで昇格してアイーダ中将の副官をしているんだ。今回もアイーダ中将の命で派遣されたんだよ」


 自分のことを語るのは恥ずかしいのか素っ気なく淡々と述べた。


「すごいじゃないか! シュカの年齢で中佐なら行く行くはアイーダ中将に並ぶことも夢じゃないな!」


「ま、その為にはこの戦を勝たなければ昇格も何もないけどね」


 努めて冷静に返したアデリシュカだったがニールに褒められて嬉しいのか耳が赤くなっていた。


「あの~~。夫婦漫才はそれくらいにしてくれんかのぉ⋯⋯二人だけの空間にされて置いてけぼりをくらうとワシはちと悲しいぞ」


 自分を忘れないでくれ、と見かねたシェーンが割って入った。

 アデリシュカは耳どころか頬まで赤く染めて俯く。

 ニールはシェーンの意図がわからず首を傾げた。


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