予兆 伍
「はー、ここが首都か⋯⋯」
スアレスは初めて見る首都二ハーバッラの壮大さに声が続かず感嘆していた。
都市全体を外壁で囲み要塞と化している一方で、中に入れば白磁の陶器のような白い煉瓦で彩られた街並みが並んでいる。二ハーバッラを歩く人々の服装も清潔感が見受けられ、オラビアを二ハーバッラと比べると些か――いや、かなり生活水準が劣っているのが見て取れた。
オラビアは国境の境目に位置するために貿易が盛んで二ハーバッラに負けず劣らずの違った華やかさが存在するのだがまだスアレスには理解できないらしい。
「初めて来た訳では無いでしょう? ここで立ち止まって見上げていると田舎者みたいで恥ずかしい」
コラレスが本気で嫌そうにスアレスを非難する。
「そうは言ってもさ、前に来たのって7年前だぞ? そんな前のことを覚えてるか?」
スアレスとコラレスは7年前に父親に連れられてニハーバッラを訪れていた。
「当たり前では?」
なにを言ってるんだ、とばかりにスアレスを半目で馬鹿にする。
「ぜ、絶対嘘だろ!? 覚えてないのに覚えてる振りしてるだけだろ!」
「はぁ⋯⋯それなら地図を見ないでアラティア城まで僕が安心しますよ、無事辿り着けたら問題ないでしょう?」
「無事辿り付けたらな!」
コラレスはこれ以上兄を相手するのも馬鹿馬鹿しいと一人で先に歩き出した。7年前に父親に連れられてきていた場所は全て記憶しているし道順も正確に思い出せている。彼にとって一度通った道を歩くなど朝飯前のことで、頭の中を占めていたのは無事辿り着けたとき兄が難癖をつけたらどう対応しようといく目算だけであった。
※※※
しかし十数分後、目の前は王宮――ではなくどこの通りかわからないその裏路地を進んだ行き止まりだった。
「――――で、ここがアラティア城かぁ~? 門もなければ城も見えないが」
スアレスが意地の悪い笑みを浮かべ馬鹿にしてくるがコラレスはそれどころではない。スアレスに対する難癖の対応など頭から剥がれ落ち、どこで間違えたのかと自問自答の思考に耽っていた。だがどんなに記憶を探っても自分が間違えた要素が見つからない。むしろ街の構造が作り変わっているのでは、と支離滅裂な考えにまで至っていた。
コラレス本人だけが気づいていないのだが彼は極度の方向音痴であった。当然兄であるスアレスも理解していて、だからこそわざと彼に道案内を任せたのだ。
コラレスはそんなことを知る由もなく――――。
「まぁ? 弟の失敗を拭うのは兄の役目だ。今回は俺が道案内をしてやろう」
勝ち誇った顔をしながらスアレスはポケットから地図を取り出し、現在地を照らし合わせながら目的のアラティア城までの道のりを計算していく。
「少し早く生まれただけで兄貴面はやめてください!」
嫌味に反論するがどこか言葉を弱々しかった。
「ここがどこか大体は把握できた。とりあえず移動する――――」
「ひったくりよ!」
スアレスが言い終わる前に表通りから叫び声が聞こえてきた。視線を表通りに向けると倒れ込みながら犯人に向かってなのだろうか手を伸ばす若い女性の姿が見える。余程大事な物を盗まれたのか悲痛の表情を浮かべている。
そこから二人の行動は一瞬だった。
「コラレス、お前は女性に怪我はないか確認しろ! 鞄に簡易の治療器具は入っているよな!?」
「あるよ! 兄貴はどうすんの?」
「捕まえる!」
そう言うやいなやスアレスは路地裏から飛び出し、ひったくり犯が逃げていったと思われる方向に猛然と駆け出していった。相変わらずの思考回路に呆れていたコラレスだったが自分の役目を思い出し駆け足で倒れている女性に近づいていく。
「どこか怪我はなさいましたか?」
不安を感じさせないよう努めて笑顔で声をかけた。
(見たところ大きな怪我をしているようには見えない。暴力を振るわれたわけではないんだろうな)
饂飩な瞳をしていた女性だったがコラレスの服装がナバーロ国共通の軍服のことに気がつき徐々に冷静さを取り戻していった。
「え、えぇ大丈夫よありがとう軍人さん⋯⋯。でも盗られたものは妹の花嫁衣装なの! お父さんとお母さんが少ないお金をやり繰りしてようやく買わせてあげることができたのそれをそれを⋯⋯!」
どうやら予想した通り大事なものであったらしい。それも花嫁衣装となれば簡単に買えるものでもない。彼女の言う通り何ヶ月もお金を貯めてようやく買えた嗜好品なのだろう。
コラレスはここまで推理すると同時に心中で「まいったな」と感情を抱いた。この後に自分に向けて言われるであろう言葉が予測できたからだ。それは自分にとって得意なことではない。できる限り避けたいことだった。
「あ、あの! その服装からして軍人さんですよね!? どうかお願いです、取り返してきてはもらえないでしょうか⋯⋯!」
やはりこうなった、とコラレスは心の中で愚痴る。
「大丈夫ですよ安心してください。僕が知ってる限り世界で二番目に頼りになる人物が今ひったくり犯人を追いかけていますので」
心にも思ってない言葉をコラレスは並べながら彼女を宥めすかした。
※※※
路地裏を飛び出して直ぐにスアレスは逃げたであろう方面に目を凝らした。小さくなってはいるが大きな袋を横に抱えた男を視界に捉えた。
「逃がさねえぞ!」
スアレスは人混みを掻き分けながらも鍛えられた身体能力で徐々に犯人との距離を詰めていく。犯人は一度確認した際に追ってくるものはおらず、二回目の確認は路地裏に入って足を休めるための一応の確認であったが振り向くと、一回目にはいなかったはずの男が追ってくるのに気づき仰天する。
慌てて路地裏に入り、ジグザクに通ることでなんとか振りまこうと試みた。しかし男の予想以上の身体能力を見せたスアレスは男が路地裏から路地裏に逃げる前に視界に捉え続け、見失うことなくとうとう行き止まりまで敵を追い詰めた。
「観念するんだな、お前にもう逃げ場はない」
壁に手をあててよじ登ろうとする男を背にゆっくりと、だが気は抜かずにスアレスは腰から提げていた剣を引き抜いた。
「ちっ」
壁を登ることを諦めた男がスアレスと対峙するように振り返ると花嫁衣装が入った大きな袋を投げ捨て懐から包丁ほどの大きさのナイフを取り出した。
ナイフなどの殺傷道具を持っていないと軽んじていたわけではないが男がナイフを取り出したのを見てスアレスは一層警戒を強めた。
スアレスは上段の構えですり足風にじりじりと相手との距離を詰めていく。男はタックルのように突っ込むつもりなのか背中を少し丸め、ナイフを腹の前に構え、距離を取りながら機会を伺っている。
もう何秒かでどちらが動き出すと言う瞬間、視界が暗くなった。上を見上げると女性が殆ど墜落するような体勢で下降してきてそのまま地面と接触した。地面とぶつかる際になんとか体勢を変えることに成功し足で着地はしていたが衝撃は堪えきれなかったのか口元から「~~っつ!!」と声にならない悲鳴が漏れ出ている。
男もスアレスもいきなり現れた謎の女性の登場に呆然としていると、女性は手に持っていた長い柄の先に湾曲した刃――――青龍刀を両手で持ち直し構えをとる。
「お、おいお前。なにをやろうとしてるんだ?」
不穏な空気を感じたスアレスは女性に声をかけたが答える様子はない。
「やっ」と裂帛の掛け声と共に女性は自らの足を男の踵の付け根を狙うように蹴りつける。警戒を解いてしまっていた男にそれを回避する術はない。まともに受けてしまい大きく体勢を崩した。まさにそれを狙っていたと言わんばかりに女性は青龍刀を大上段に構え直した。
「おい! それ以上はまずい!」
ようやく女性の意図を見抜いたスアレスは止めに入ろうとするも遅く、振り下ろされた刃は正確に男の首を切り落とした。
(や、やりやがったこいつ⋯⋯。首は脆いとは言え骨が通っててそう簡単に斬れはしないんだぞ、それを女性でありながらいとも簡単に⋯⋯何者なんだこいつは?)
スアレスは目の前で自分で斬り殺した男を無表情で見下げる女性に恐ろしさを感じ、身震いした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます