予兆 四

「 先遣隊―――――じゃと?」


 そう呟いたのはオラビアを統括する少将――シェーン・テスタである。

 年齢は50程か、無造作に切られた髪の毛の半数近くが白髪に染まっている。年老いてはいるが服の隙間からは現役さながらの太い腕が見えていた。


「はい、その可能性は高いかと思われます」


 ここはコンロン城の執務室。スアレスたちと別れたニールはそのままテスタに遠征隊の成果、そしてウルキデス国王の容態の急変などを報告していた。


 全てを聞いて深刻そうな表情を浮かべたテスタは「お主が向こうの軍師、または戦略家ならどう動く?」とニールに尋ねていて、それに「まず最初に――」とニールが述べたのが先ほどの会話の最初である。


「うぅむ⋯⋯此度の軍勢ならば大軍であろうし、それならわざわざ先遣隊など作る必要はないように思えるが」


「今回の戦争が通常であればテスタさんの言う通り先遣隊は要らなかったとは思いますが今回は少し特殊な戦争になると思われます」


「特殊とは?」


「普通戦争と言うのは一年間ほど備蓄、戦力、向こうの情報などを最大限集めてから仕掛けるものです。今回に限ってはウルキデス王国とフランスア興国の両国が内部で問題が発生し身動きが取れなくなった、いわば例外的な状態です。モラルタ帝国にとって絶好の機会であることは間違いない。

 ですがそれでも戦争が長引けば、ウルキデス王国が体制を整える可能性もあるし、想定外の国から侵略を受ける可能性もあるし、備蓄や兵站が尽きる可能性など問題点を挙げればきりがないです」


 ニールは「失礼」と言って一度区切りを入れてグラスに入った水を飲み干した。まだリーザが作ったおかずが体内で暴れているのかもしれない。


「だからこそモラルタ帝国は早ければ早いだけこの国を落とそうとするはずです。大軍の場合、拠点の作成、軍隊の整列などこちらに到着したからと言って直ぐに戦争が起こるわけではありません。せいぜい一日おいた次の日から始まるのが慣例です。しかし今回は時間が無い。まずは選抜した1万~2万人の先遣隊で野戦築城、地形の把握などを行ない、後から28万ほどの大軍が動き出すと思います。そうすれば時間を大幅に短縮できるので到着した当日からでも仕掛けることは不可能じゃない」


「なるほどのぉ⋯⋯いやはや流石は‴オラビアの太陽‴様ですなぁ。僅かな情報だけでそこまで推理してしまうとは」


「いやいや、これくらいは首都で戦術を修めた者なら誰でも推理できると思いますよ」


 ニールは幼少から類稀なる才能を見出され13歳から4年間、首都――ニハーバッラにある士官学校に通っていた。

 ニールは謙遜しているが通常6年間通う士官学校を4年で卒業したと言えば異才は伝わるだろうか。


「しかし、30万はどう計算してでてきたんじゃ?」


「この国を20日以内で攻め落とすのに必要最低限な数だからです」


 ニールはさも当然のように言ったが、シェーンは意味がわからず首を傾げた。

 これを口だけで説明するのは難しいと考えたニールは机の上から羊皮紙を手に取り図式していく。


「先ほど述べたようにこの戦は普通じゃありません。前提条件として、どれだけの兵力を集められるか、ではなく決められた期日以内にどうやって攻め落とすか、それにはどれだけの兵力が必要になってくるかに変わっています」


 ペンをクルクルと指の間で回しながら解説を始める。


「まず最初に期日。ウルキデスの体制の復活、フランスアの内乱の終わり、またそれ以外の国からの侵攻それらも考慮に入れて考えると今回の戦争で与えられた時間は約40日ほど、また既に軍が動いた――と言うような話も聞いていないので準備に時間がかかっているのでしょう。準備、それから移動も含めると20日、これがモラルタがこの国を攻める時間の内訳になります」


 口で説明しながらも羊皮紙に図式を書き込んでいく。


「次に今回は城攻めになります。昔から城攻めには城内の兵士の3倍はいないと落とせないと言われているのはテスタさんもご存知の通りでしょう?」


「そうじゃな、城攻めなぞしたことがないから実際がどうなのかわからんがのぉ⋯⋯」


「ナバーロ国全軍、退役した人達も総動員したとしても8万ほどだと思います。全員が城に入るわけではないですが、これの3倍――24万はいなくては話にならない。今回は時間も限られているのでそれよりも多い30万前後はいないと20日で落とすのは不可能に限りなく近い」


 ニールは断定的に結論づけた。


「お、おぉ⋯⋯お前さんが味方でよかったわい。こんな怪物が敵にいたらと思うと末恐ろしいもんじゃ」


「予想なのでどこまでホントのことになるかはわからないですけどね」


「そうなってくるとお前さんの推理に一つ疑問なんじゃが、モラルタの常駐軍は10万、警備兵は30万の合計40万ほどだと聞いたことがあるがその内の30万をここに引っ張ってくるのか? 傭兵を雇おうにもこの短期間じゃ不可能だろうて」


 シェーンがワシだってこれくらいはわかるぞと言わんばかりに得意げにしていた。ニールの顔を見ていれば動揺する素振りもなく、疑問も織り込み済みだったと気づいたはずだがどうやら気づかなかったらしい。


「ナバーロ国の存在によって南西の侵略の道は閉ざされ、十数年停滞を余儀なくされている事実を軍部は快くは思っていないはずです。目の上のたんこぶの様に直ぐ取り除きたいことでしょう。ですから少し賭けにでてくるはずです」


「賭けとは一体?」


「警備兵の約半分、15万は出してくるんじゃないかなと思います。それでもまだ25万ですが、残りは貴族お抱えの軍と言うよりは隊を寄せ集めて30万に乗せてくるのではないかと」


「じゃが無理やり集めた5万なぞ所詮烏合の衆にならんか?」


「えぇ――――そこに付け入る隙があります」


 その後もニールの推論を聞いているとコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


「失礼します! こちらはスアレス・アルカディア兵長です! ニール・アルカディア大佐殿にご命令されたお届け物をお持ちして参上した次第です」


 シェーンが入れ、と促した。

 入ってきたスアレスは話したこともない雲の上の存在のシェーンを前にしてガチガチに固まっていた。


「か、アルカディア大佐殿、こちらを」


「もう持ってきてくれたのか、早いなありがとう。しかし何だってそんな呼び方なんだ、普通にいつも通り兄上でいいぞ」


 ニールは受け取った封筒を破き、中にあった報告書に目を通す。


「い、いえっ! 今はシェーン・テスタ少将殿もございますので!」


 首がとれそうなほどスアレスはブンブンと否定した。


「ワハハハハ! お前の弟は可愛げがあるやつじゃな!」


「その言い方だと僕に可愛げが無かったように聞こえますが」


「史上最年少で准尉になった天才がいると言うから会ってみれば出会い頭に『十年以内にあなたの椅子を奪います、どうかそれまでは誰かに奪われないようにと』なんて言ってくるやつになぞ可愛げあるもんか!」


「ハハ、それは若気の至りと言うものですよ」


「なら今は狙っていないとでも言うのか?」


「さぁ、どうでしょう」


 シェーンが鋭い眼差しを送ってくるがニールは微笑みで返す。しばらくその時間が続いていたがどちらからが笑いだしお互いに笑いだした。

 スアレスはその様子を呆然と眺めるしかない。兄が昔はどうやら野心家だったことだけは理解できた。


「――して先ほどの件お前の弟に任せてみたいと思うがどうじゃ?」


 ひとしきり笑い合った後、真面目な話に戻そうとしているが口元がまだ緩んでいる。


「そうですね。まだまだ足りないモノも多いですがこれも経験になるでしょう。スアレスと双子の弟がいるのですが弟も同行させてよろしいでしょうか?」


「人選はお前に任せるよ。お前が任せられる奴なら情報が漏れることもないだろう」


「ありがとうございます」


 スアレスに話についていけず、かと言って部屋を出る機会も逃し立ち尽くしているしかない。そうしていたらどうやら大役らしき重大な任務の役目が自分に決まり慌て出す。


「ちょ、ちょっと先ほどの件とは一体何なのでしょうか?」


 ニールは机の上にあった封筒を手に取るとスアレスに渡す。いきなり渡されたのでスアレスは反射的に受け取ってしまった。


「ここに今後ナバーロ国とモラルタ帝国が戦争した場合の展望、被害を予想した書類が入っている。これを首都にいるファヴェール中将に渡して欲しい。これはお前とコラレスで行ってもらう。命令だ、そうだな⋯⋯明日の明朝には旅立ってもらう。お前の任務が国家の今後を左右すると心得ろ!」


「え、ええっ!?」


 唐突に自分に降りかかった大役に困惑して呆然とするしかなかった。


 ※※※


 ニールがスアレスを連れ立って部屋を出ていく。それを見送った後、シェーンは椅子に深く座り直した。


「最激戦予想地区オラビアに伴う、オラビアの要塞化、か⋯⋯」


 ニールの予測したモラルタ帝国侵攻における対策案の一つを思い出していた。

 それは言葉の通りオラビアに住む住民を後ろへ避難させ、中に兵士を詰め込み急造の要塞都市を作り上げるものだった。ニールはオラビアでモラルタの全軍を20日で食い止める――――食い止められると予測していた。


「これはワシも年貢の納め時じゃかのぉ⋯⋯」


 シェーンの言葉は誰に聞かれることも無く虚空に消えていった。

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