ピンク色のあたたかい部屋
#7
恋に終わりを意識するようになったのはいつからだったっけ?
いつの時も、これが最後の恋だと思って始めてた気がする。
ひとつのストーリーが終わって、いっぱい泣いて。もう二度と恋なんかするもんかって思って。
けど、気がつけばまた、次の恋に落ちて不安に怯えてる自分がいた。
でもね、いつだってこれが最後の恋なんだって思って、恋してきたと思う。いつでも、この恋が永遠に続くことを疑うことなく、恋してきた。片手間で、適当な恋をしてきたことなんか、一度もないよって、って胸を張って言えた。
そう。
前の茅ヶ崎の部屋に住んでた頃は、本当にそうだった。
日本の大学ではないくらい、ハードで厳しいカリキュラムだった。けど、自分で決めた道だから、必死になってやり切った。元々が真面目な子だったから余計そうだったのかも、と思う。
恋も一緒。サークルの先輩、バイト先の子、いつもちゃんとしたお付き合いをしてきた。その分別れも辛かったけど。
でも、大学を卒業して、茅ヶ崎を離れ、東京に出てきて。
―――私は変わった。
中学、高校では、学級委員をするような子だった。
大学は、いわば、クラスの学級委員の子ばかりが集まったような雰囲気で、みんなと本当に仲良くなれた。もちろん日本全国から集まった色んなタイプの子がいたけど、でも、実社会の波に比べればあそこは穏やかな湖みたいなものだった。
東京に出て、社会に出て。
初めて経験する社会人は、想像以上に厳しかった。
東京の部屋は、隅田川の見える場所にした。
マンションの5階。東の窓を開けると、隅田川。とても気に入ってた。朝日を浴びてキラキラ光る川を見るたびに、今日もがんばろうって思えた。
春のうららの隅田川
上り下りの船人が
櫂のしずくも花と散る
眺めを何にたとうべき
小学校の時に習った滝廉太郎の歌を、窓辺にもたれながら何度もくちづさんだ。誰ともデートする予定のない、春の日曜の午前中とかに。とうとうと流れてく川を見てるだけで、淋しい心はずいぶん癒されたっけ。一人ぼっちで、知らない街まで行って、知らないお医者さんに堕ろしてもらった日だってそう。朝までひとりで泣きつづけて、知らぬ間に眠りに落ち、そして気づいたときにはカーテンの隙間から、朝日が差し込んでた。私はひとり、窓辺に立って、川を見た。キラキラ光る水面が、すごくすごくキレイで。それで、救われたんだ。お別れするしかなかった子に、百回ゴメンねを言って、そう、それで私はわかったんだ。
恋は、終わるんだってことが。
だから、私は行きつけの婦人科ドクターを作ることにした。そして、自分の身体を自分で守ってくことにした。
終わってしまう恋ならば、いつか終わらぬ恋に出会うときのために、身体を傷つけないように。28日間キチンと飲み続ける低用量ピルを処方してもらって、一日も欠かさずにそれを飲んだ。もちろんパートナーとのセックスの時は、コンドームを必ずつけてもらっていた上で。
そんなときに、彼に出会った。仕事先でだった。
就職活動で何社か回ったうちいちばん心惹かれたのは、私の大学のOBがやっている、ベンチャー企業だった。まだ日本では歴史の浅い、企業経営のコンサルティング会社だ。私の大学はいわゆる名門だったから、一部上場の企業に就職することはそれほど困難ではなかったけど、そのどれもに興味が持てなかった。そのなかでただひとつ、この会社だけが私を惹きつけた。学校で学んだことが、本当に役に立てられるのだ、と信じられた。
就職した私は、そして本当の本当に下働きから始めさせられた。
かばん持ち、データ収集、予備解析、資料制作、お使い。指示されればなんでもした。隅田川沿いの部屋は、純粋に、お風呂と睡眠のためだけに借りたようなものだった。
いわゆる激務と呼ばれる日々。出逢いなんかとは無縁だと思いながら、仕事を覚えたい一心で必死になって働いていた。
そんな時、クライアントのひとりとして、彼が現れた。
とても育ちの良さそうな人だな、というのが第一印象だった。
戦後に成長した中規模商社の三代目なのだという。しかしそういった社長のボンボン息子というイメージとはちがい、経営のプロフェッショナルになることを運命付けられ、自分自身でもそうありたいと素直に願える人だった。
仕事柄、様々な会社経営者と会ってきた。私の会社に仕事を依頼してくるのは、従来型の経営を脱したいと願う新しいタイプの若手経営者が多かったけど、その中でも彼は群を抜いて純粋だった。権力欲はほとんどなく、ただ、社会に貢献し、社員のためにより良い経営者になりたいという、本当に稀な人だった。
何度か顔を会わすうちに声を掛けてくれるようになり、そして私は密かに恋心を持った。彼も私に好意を持ってくれていることは、なんとなく判った。だからある日、食事に誘われたときに自分が言った言葉に、私は驚いた。
「わたし、内緒なんですけど、結婚、してます」
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