ボクとわたしが使う魔法

碧音あおい

わたしとボクが使う魔法

「──そうね。今度の『魔法』は密室からの消失。それにしましょうか」

 長く紅い髪をした《魔女》はそう決めた。しかも思い付きでたった今決めた。何故なら密室はミステリにおける王道だからだ。定石と言っても良いとさえ思っている。そして魔女は完全な密室を構築出来る魔法を使うことが出来た。つまりは、それだけのことなのだ。

 今回はまずタイミングを決めた。それから被害者を決めた。加害者を決めた。第一発見者を決めた。そして検死役を決めた。その他の有象無象は今回は要らないだろう。虚飾の推理にすら繋がらないそんなものは、ミスリードやレッドへリングではなく、ただの不要なノイズにしかならないからだ。

 今回の密室は前と違い、複雑な魔法陣は必要ない。ただ、強くイメージすれば良い。そして魔法で操るのだ。被害者の動きを。加害者の動きを。全ての彼らの動きを。

 最初の密室のタイミングは被害者によって作らせよう。その密室を最初に破るのは第一発見者。物語として見ればただのお約束だ。普通のことだ。だからこれで良い。

 肝心の密室からの消失は《これ》を魔法で操れば簡単に行える。逆に検死役は検死役に留めよう。全員に等しく魔法を掛けると不自然になってしまうからだ。それに、あまり強固な魔法だと《探偵》が解くことが出来なくなってしまう。かといって魔女は魔法に対して手を抜いている訳ではない、ただそうしなければならないと、経験として知っているからだ。

 ……そう、だから幾つか前に創った密室は失敗だったと言える。なにせ本来行うべきである《探偵に解かせる》という誘導がまるで出来なかったからだ。いくら相手が強敵だったからとはいえ、これは完全にこちらの、魔女の落ち度だったと言えよう。何故なら解かれない魔法など、探偵にとって《解きたいと思わせる謎》にすらならなっていないからだ。

 結果、その密室は中途半端に解かれたまま放置されている。それとも互いに手を打てず放置せざるを得ないとでも言うべきなのか。迷宮入りと言えば聞こえは良いだろうが、魔女はそれを良しとはしなかった。それは魔女にとっての本意ではないからだ。

「……だから表向きの術式だけ変えてみたんだけどさ、こっちは今度こそキミ達に解いて貰えるのかな?」

 碧い眼差しを、自身の掌の上に浮かぶ密室に向ける。青く輝く2つの密室と、赤く輝く1つの密室──どちらもまだ探偵によって破られていないものだ。片方は魔法──とも呼べぬ些細な口先でそういう密室と見せかけているが、果たして、どちらが先に看過されるのか。

 ゆるやかな澱みの退屈でまどろむ魔女にとって、それはひそやかな楽しみのひとつだった。

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ボクとわたしが使う魔法 碧音あおい @blueovers

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