第4話
兄貴の名前は、アカという。
兄弟で、赤と青。いわゆる、キラキラというにはちょっとインパクトに欠け、しかし普通の名前というにはちょっと派手すぎる、そういう半端なネームだ。
とにかく兄の二階堂アカは、まるきり僕のぶんの才能まで持って生まれて来てしまったとしか思えないほど才能豊かで、なんでもできた。「兄弟姉妹では、下の子の方がちゃっかりしていて得をする」なんて格言もよく耳にするが、僕が兄貴に勝てたことなど、指で数える程しかない。僕はだいたいいつも、親や先生に出来のいい兄と比べられて、冷遇をされてきた。
そんな僕が唯一誇れた技術が、作文だった。
小学生の頃、どれをやっても僕より上だった兄を負かせられるのは、読書感想文や作文だけだった。兄が銀賞や佳作のところを、僕はいつも金賞や特選を取ることができた。まあ言うまでもなく、子供の技術なんて五十歩百歩だ。それは幼いながらに百も承知だったが、そうだとしても、僕は嬉しかった。
けれどその小さな誇りも、兄貴が、地獄のような受験期を終えて自由な時間を持て余す大学生になり、「小説書くわ」と言い始めた瞬間に、崩れてなくなった。アカの書いた小説は、弱小出版社の小さな賞をとるのがせいぜいだった僕の小説を虚空の彼方に消し飛ばすようにして、超大手の会社から、誰もが一度は聞いたことがあるビッグネームの賞の受賞を帯に掲げて出版されたのだった。
そのことをかいつまんでマフラーの彼に話すと、彼はさすがにシャーペンを動かしていた手を止め、僕を振り返ってこう言った。
「お前、よく死んでないな」
「ありがとう」
「俺なら首吊る」
それだけ言うと、彼はまたガリガリと始める。
「ていうか、君の名前は?」
「俺はテイ。雪宮テイ。俺の名前で本が出たら、お前、5冊は買えよ」
「変な名前」
「言われたかないな」
ノートのページをめくり、「なあ」と言う。
「作家には、どうしようもない習性みたいなものがあるよな」
「習性って?」
「余計な想像をする習性さ。で察するにお前、パクられたんだろう?」
「え」
「お前は兄貴にパクられたんだ。ずっと温めてた、とっておきの小説のネタを。だからお前はそれ以来いいものが書けなくて、こんなところにいる」
「なんでそんなこと」
「違うのか?」
僕は答えに詰まる。詰まるところ、それは図星だったからだ。
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