本屋のクリスマスイブ

@kuronekoya

昔のサッカーってリベロとかスイーパーってポジションがあったんだよ

 ラッピング、ラッピング、レジ打ち、ラッピング、お問い合わせ、ラッピング、レジ打ち、ラッピング、棚整理、ラッピング……。


 おっといけない、少し意識が飛んでいたようだ。

 クリスマスイブに書店員が働いているのはサンタクロースの友だちだからっていうのは、誰の小説に書いてあったんだっけ。


 クリスマスプレゼント用のラッピングをしていたはずなのに、ひと月くらい前、12月のシフトの相談をしていた時の店長の雑談を思い出していた。



   ☆☆☆



「昔のサッカーってさ、リベロとかスイーパーってポジションがあったんだよ」


 23日から25日のシフトで煮詰まっていた時に、ふと店長が漏らした言葉。


「リベロってバレーボールみたいなのですか?」


 入社2年目の正社員、春野さんが訊く。


「いや、その頃は逆にバレーボールにはまだリベロってルールはなかったなぁ」


 店長は苦笑いして答える。


「あの頃のサッカーって、今みたいに狭いスペースで10cm単位のポジション調整したりなんかしないでもっとおおらかだったんだよねぇ。ディフェンスもさ、相手フォワードにストッパーって今で言うセンターバックの選手を付けて、さらにひとり余らせるわけ。で、それがディフェンスを抜け出してきた相手のボールを大きくクリアするのが仕事ならスイーパー、機を見て攻撃にまで絡んでくるならリベロって呼ばれてた、そんな感じかな」


「つまり何をっしゃりたいんです?」


「ああ、この店をサッカーチームに例えてみてたんだよ」


 そう言って店長は照れ笑いした。



   ☆☆☆



 万全の体勢で臨んだつもりの昨日の23日、祝日。結果的にシフトはグダグダになってしまった。

 その反省をもって組んだはずの今日のシフトも、予定通りまわっていたのは昼頃まで。

 交代で休憩を取り始めた頃には、お問い合わせやラッピングでどんどんシフトはグダグダになってしまっていた。


 店長に倣ってサッカーに例えるなら、ハーフタイムと言える昨日の閉店後にチーム戦術は修正したのに、それが機能したのはせいぜい前半10分程度だったような、そんな状況。


 今は店長代理の俺がカウンターの斜め後ろに作った臨時の作業台でラッピングをしながら、レジの行列を見つつスタッフの休憩、棚整理、お問い合わせの対応、そしてレジ打ちのローテーションを臨機応変と言えば格好いいけれど、行き当たりばったりにギリギリ回している。

 簡単なラッピングならこの場で俺が。変型判でちょっと面倒なのは、お客様には少し待ってもらってバックヤードで店長と本来は事務がメインの桐野さんに包んでもらっている。


「店長代理! 絵本のプレゼントのご相談です」


「男性? 女性? 贈り先はどんな人?」


「おじいちゃんが幼稚園に通うお孫さんの女の子にプレゼントだそうです」


「じゃあ、お客様には少しだけ待ってもらって、バックヤードでラッピングしてる店長を呼んできて」


「わかりました!」


 ――去年はもっとスムーズにまわってたよなぁ。



   ☆☆☆



「この店をサッカーのチームに例えるなら、フットワークの軽い春野さんは点取り屋のフォワード。広い視野で回りを動かす高梨たかなし店長代理はゲームメーカーの10番。僕は万一に備えて、いざという時には前線に顔も出すリベロ。そして中盤の底で全体のバランスを取るボランチが暮林さん……」


 そこで佐藤店長はひと呼吸おいて俺たちを見た。


「昔ここでバイトしてた的場くんって人がこっちに転勤してきて、今、暮林さんとつきあってるんだろう?」


「そうらしいですね。右手の薬指に華奢な指輪するようになりましたし」


 と返事したのは、去年シフトを融通してもらった春野さん。


「僕はね、もしかしたら来年の今頃には暮林さんは退職してる可能性を考えてるんだ」


 俺もその可能性は考えてはいたが、もう少し先の話になるだろうと思っていた。


「的場くんがまた転勤になったら、今度はきっと彼女はついて行くだろう。でもね、彼女の年齢からして、妊娠出産のことを考えるとあまり時間はないんだよ。年明けにでも『婚約しました』って言ってきてもおかしくないと思ってる」


「確かに最近、今まで以上に雰囲気が柔らかくなりましたよね、暮林さんって」


「だろう? もしかしたら来年の今頃は産休に入っているかもしれない。でもね、たとえそれがせっかちすぎる想像だとしてもだ、彼女には休んで欲しいじゃないか、23日の祝日とクリスマスイブには」


「ですね!」


 すかさず合いの手を入れる春野さん。


「まあ、頼むから君らはもう少し先にしておいてくれよ」


 ニヤリと笑った店長に、俺は飲みかけのインスタントコーヒーを吹き出しそうになり、春野さんは真っ赤になった。

 職場では絶対バレていないと思っていたのに、やはりこの店長は曲者だと思う。


「さらに言えば、だ。僕自身、4月以降はいつ異動になってもおかしくない頃合いだ。そして本社の人間は、高梨くんと暮林さんがいるから大丈夫と思って、店長経験のないやつを僕の替わりに送り込んでくるかもしれない。今年はそのためのシミュレーションと思って、暮林さんに連休を取らせたいと思うんだ」


「そうなると、ゴールキーパーも守備範囲が広くなりますよね」


 そう言ってパーテーションの向こうからやってきたのは、事務仕事全般をやっている桐生さんだった。

 契約社員から正社員にならないか? と声をかけられたタイミングで腰を痛めてその話は流れてしまい、以来売場を離れて経理から庶務関係まで事務仕事全般を任されている。


「私、休み振り替えても大丈夫ですよ。25日に休みがもらえれば、23日も24日もフルタイムで出勤OKです。昔取った杵柄、ラッピングだけなら任せて下さい」



   ☆☆☆



 ――日本代表の森保監督が選手として活躍した頃からコンパクトなポゼッションサッカーが主流になって、ボランチってポジションが重視されるようになって、人もスペースも余裕がなくなっちゃったんだよなぁ。



 店長の言葉が予言というか呪いとなってしまったかのように、今この店はギリギリでまわっている。

 愛想のよい接客に定評のあるバイトのちあきちゃん。たとえるなら彼女は密集とは逆のスペースを任されているサイドバックといったところか。もしも彼女が何かポカをしでかしたら、たぶんそのフォローで連鎖的に人員配置は決壊する。

 が、その表情は明らかにオーバーワークとわかる。


「あおいちゃん、新刊台の整理してる春野さんにお問い合わせカウンターに入ってもらって! あおいちゃんと、お問い合わせカウンターのちあきちゃんは15分休憩。それで休憩中の鹿島くんにはレジに入ってもらって」


 改めて、暮林さんの存在がどれだけ大きかったかを実感する。

 去年はこんな指示を出さなくても、彼女が上手く動いてくれていたから。



   ☆☆☆



 夕方、正直だいぶ疲れてきた頃、バックヤードから店長が出てきた。


「高梨くん、少し休んでおいで。替わりに僕がここにいるから」


「でも、これからますます混んでくる時間に、桐野さんひとりでラッピングは大変じゃないですか?」


「大丈夫だよ。差し入れと助っ人が現れたから」


 苦笑する店長の顔でその助っ人が誰だがわかったけれど、それで安心した自分が不甲斐なく思えた。

 この経験を来年に活かさなければ、と思い直して。


「ありがとうございます。少し休憩もらいます」


 バックヤードにいたのは、やはりその女性ひとだった。

 隣には、俺が転勤してくる前にバイトしていたという男性が寄り添うように立っている。


「2時間限定のお手伝いです。あと、ケーキ買ってきましたから召し上がってくださいね」


 ドレスアップして箱を抱えて微笑む彼女の手。そこには右ではなく左手に石のついた指輪がおさまっていた。



fin.

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