義賊団の戦果

「すみません。お塩ってもうなかったでしたっけ?」


「キラがないって言うんならないんじゃないか? 誰も使わないだろ」


 モンドがいなくなった部屋を片付けていると、キラがひょいっと顔を出した。リーダーらしくモンドの部屋を使え、とあいつらが言うんだが、正直言って部屋の中でやるような仕事もない。そのままにしておけばいいと思うんだが、ここが空っぽだとあいつらも落ち着かないんだろう。


 手元のモンドのトレーニングセットをまた床に投げ、俺はキッチンへ向かった。


「だんだん物が増えてきたな」


「みなさんがいろいろと準備してくれましたから」


「男ばっかりのときは、料理なんて焼くか煮るかしかなかったからな」


 一応バランスのとれた食事ではあったが、メシといえば焼いた肉と野菜のスープが基本だった。それでもこのアジトと比べればかなり豪華な食事で、なんの文句もなかった。


「いつの間にかこんなに立派になっちまってなぁ」


 きれいな手作りのレンガ窯に金網をかけて鍋を置き、手作りの戸棚も三つになった。そろそろ土の壁が気になってきたから、ここだけ壁を何かで覆うかという話も始まっている。


「ここを使うのは私だけですし、あまりここにお金をかけるのもどうかと思うんですが」


「どいつもこいつもキラばっかりだからな」


 もしかすると俺よりリーダー代理に向いているかもな。女王制ってのも案外悪くない。それに俺は誰かを引き連れるよりも一人で前線に立って戦っている方が性に合う。


「今は人もいねえし、俺がひとっ走りしてきてやろうか」


「ユーマさんがですか? でもリーダーなのに」


「他にいないんだからしょうがないだろ。俺ならウェルネシアに行っても今日中に帰ってこられるぞ」


 なによりずっとあの部屋の中に閉じ込められるなんてお断りだ。外に出られるときに出ておかないと、陰気でカビが生えてきちまう。


「でも」


「メシがないとあいつらの機嫌が悪くなるからな。これもリーダーの務めってことだな」


 まだ渋っているキラの意思が固まらないうちに念押しする。実際帰ってきてキラのメシがないとあいつらが不機嫌になるのは嘘じゃない。まったく贅沢になりやがって。


「それじゃぱぱっと行ってくる。他に必要なものもないな?」


「はい、特には。よろしくお願いしますね」


「任せとけって」


 アジトを飛び出して、一気に全速力で街道を走り出す。マギノワールの練習にもちょうどいい。痛みはあるが、この痛みに耐えられなければ生きてはいけない。これから先ずっと付き合っていかなくちゃいけないんだからな。


「っと、ここだな」


 向かった先はウェルネシアから南、潮の匂いがする海岸線。この辺りに確か港町があったはずだ。メシだってできた手が一番うまいんだ。塩だって同じだろう、ってことで来たんだが、海洋モンスターの姿が消えて安全な航海ができるようになったこともあって町はかなり栄えているようだ。


「これならすぐに見つかりそうだな」


 ちょっとくらいなら奮発しても、キラのためと言えば誰も文句は言わないだろう。

 俺が一発殴ったら壊れそうな防壁に一つついた防衛門に近付いていく。その瞬間に警備をしていた町人の顔色が青ざめるのが見えた。


「モ、モンスターだ!」


「は、早く衛兵を!」


「衛兵なんてもう撤退しちまったぞ。この辺りは安全だって言ってたじゃないか!」


 やべえ。俺の黒い肌は異質なものだったことを思い出す。ワンプから出てなかったから何も考えずに出てきてしまった。


「ま、待て。俺は人間だ! ちょっと見た目が変なだけで」


 自分で言っていて悲しいが、それより今は落ち着いてもらうより他ない。相手が野盗か何かなら問答無用で殴り飛ばしてしまえばいいんだが、ただの町人相手にそんなことはできない。


「騙されんぞ! で、出ていけ!」


 武器と呼ぶにはあまりにもボロボロの槍を必死に構えて俺を威嚇している。勇者候補生でも衛兵でもないただの市民ならこんなものだ。こういうやつらが何の憂いもなく暮らせるように俺たちは戦っていたのだ。


「も、もしかしてユーマさんでは!?」


 どうしようかと慌てふためいているところに、助けのような声が聞こえる。だが、頭に白髪が混じり始めた初老の男の顔に俺はまったく覚えがなかった。


「以前ワンプで助けていただいた者です。覚えていらっしゃいませんか?」


「あ、あぁ。あの獣肉ビーストミートの行商人か」


「どうしたんですか、その黒い肌は」


 何とか落ち着いて聞いてくれるやつがいて助かった。魔王城から発生した黒い風の影響であることを説明するとすんなりと聞き入れてくれる。一度命を救っているんだ。俺たちのやっていたことが間違っていなかったと言われているようで嬉しくなる。


「塩の買い出しですか。お強いのにそんなことまで自分でやられているなんて素晴らしいですね」


「モンスターも減ったからな。仕事があんまりないんだよ」


「そのくらいでしたら私がご用意しますよ。最高級品も交渉してきますので」


「一応そんなに金はないからいいところで見繕ってくれ」


 街に入ると騒ぎが大きくなりそうだからな。まずは外でおとなしく待っていた方がいいな。


 海を眺めてみる。水平線まではっきりと海上に浮かぶ船たちが見える。昔は漁に行くのも命がけだった。


 今は穏やかな波の上で網を引く姿が見える。誰も不安な表情などない。持っている銛は大物を捉えたときのためのもので、自衛のためにあるものじゃない。


「これを守ったのがあいつらなんだよな」


 世界から魔王を消し、モンスターを消し、恐怖を消したのはあのギアたちだ。その中に俺は含まれていない。


「ま、今の生活も悪くねえけどな」


「お待たせしました。店の店主と話がつきましたから中へどうぞ」


「俺が入っても大丈夫か?」


「はい。ワンプの金剛義賊団と言えば商人の間では有名ですから」


 あれだけ長い間行商人たちを助けてきたんだ。世界と比べれば狭い地域のひとつだったことに違いはないが、俺たちがやってきたことは無駄じゃなかったと感じられる。


 まだ少し怯えている見張りの町人に全力の笑顔を作りながら紹介してもらった店に入る。


「これってここで作ってるのか?」


「はい。ここの海岸で日干しした砂を煮詰めて作っているんですよ。岩塩とはまた違った風味がしますよ」


「塩ひとつとってもいろいろ種類があるもんだな」


 丁寧な説明に耳を傾けてはみるが、正直に言ってどう違うのかはよくわからない。俺は薬の調合はわかるが、料理はあんまりやってこなかったからな。


「肉料理とスープに使うことが多いんだ。オススメはあるか?」


「そうですね。汎用性の高さだとこの辺りが」


 そう言って慣れた手つきで店主は三つほどの小袋を持ってきた。


「こちらなんていかがでしょうか? あえてにがりの成分を少し残すことで、港町の雰囲気まで味わえますよ」


「あの暗いあなぐらじゃ、海なんて感じられないからな。いいかもしれないな」


 そう言って塩の袋を手にとる。革袋を閉じた紐についたタグを見て、ケタを数える。


「一、十……ちょっと手が出ねえな」


 元々報酬なんてもらっていなかった義賊団の収入は完全に好意によるものだ。今は働きに出たやつらが給料をもらってきてはくれるが、いくらキラのためとはいえ、これは高すぎる。


「それでしたら持っていってください」


「いや、モンスターを討伐したとかならともかく、今日は何もしてねえからな」


 むしろモンスターと間違えられて、見張りを怯えさせたくらいだ。そのうえで物をもらって帰っちまったらただの盗賊と変わりない。


「今私たちがこうして平和に過ごしていられるのは金剛義賊団のおかげなんですよ」


「いや、魔王を倒したのはギア、勇者たちだろう」


「確かに最後に魔王を倒したのはそうかもしれませんが、そこまでの道のりで多くの人が助けていたはずです。その中に金剛義賊団がいることを私たちは知っていますよ」


「そう言われると俺たちもやってきた甲斐があるな」


「ですからこちらはお礼のようなものです。これでは足りないくらいですよ」


「いや、それでも買える範囲でこっちにさせてくれ。義賊団のプライドだ」


 俺たちはあくまで誰かを助けて生きている。過去の話をいつまでもネタにしてちゃいけない。魔王はもういない。だったらまた違う形で誰かを助けていかなきゃならないんだ。


「そういうことでしたら。ではまた来てください。次も良い品をご用意しておきます」


「あぁ。期待してるぜ」


 塩の革袋を受け取る。これだけあれば大所帯でも数週間は楽に持つだろう。塩の取り過ぎは体に悪いらしいしな。外で戦闘することも減ったし、これからは少し控えた方が良さそうだ。


「さて、戻るか」


 俺たちが守った世界は確かにここにある。なぁ、モンド。それにはてめえも含まれてんだぜ。その新政府に入るなんて誇らしいじゃねえか。


 今度はいつ帰ってくるつもりだろうか。そんなことを考えながら、俺はアジトに向かって、速度を上げていった。


「本当にすぐに帰ってきましたね」


「夕飯には間に合いそうだろ」


「外に出ると本当に機嫌がよくなりますね。あ、ご飯までに部屋のお片付けは済ませておいてください」


 そういえばその途中で出たんだったな。すっかり忘れていた。土の壁があるとはいえ、夜中に音を立てることもできない。俺は稼いできてもらっている側なんだから。


「はぁ、どっかに活きのいいモンスターが問題起こしてねえかなぁ」


「物騒なこと言わないで仕事してください!」


 キラの尻に敷かれている俺に本当にリーダー代理なんて務まるんだろうか。急に不安になってきやがったぜ。

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