持て余す平和な日に

 モンドが行ってしまってから数か月が経つ。ギアはきちんと約束は守った。元々効率をやたらと気にするだけで不義理をするやつではない。だからこそ、あのときの含みのある言葉が気になってはいるんだが。


 ときどき新政府の役人が来てはうちのならずものでもできる仕事を持ってきてくれる。一番多いのは配達員関係だ。行商人を助けてきたおかげで商人の間では金剛義賊団の評判は悪くない。


 それに沼地をパトロールして鍛えた足は行商の荷物持ち兼護衛はもちろん、近距離の配達要因としても最高の仕事ができる。


 手先が器用なやつには俺が調薬のやり方も教えてやったことでそっち方面の仕事ももらってきている。


 モンスターたちがいなくなって義賊団の商売もあがったりだと思っていたが、やればなんとかなるものだ。それもこれもモンドとギアのおかげだというのが、辛いところだが。


 そしてリーダー代理になった俺はと言うと。


「はぁ~、暇だな」


「リーダー代理が溜息ばかりつかないでください」


「しょうがないだろ。俺には仕事来ないんだから」


 もちろん俺だって何度か商人のところに足を運んだ。ただ、俺の姿を見た瞬間に表情は一気に曇っていった。いや、曇るくらいならまだいい。モンスターが襲ってきたと勘違いされて衛兵を呼ばれることもあった。


 マギノワールを身に着けてから、肌の変質は進んでいる。元々黒かった肌は硬質化が進んでドラゴンの鱗のようになっている。とても一見して人間だとは思えない。


「そこらのやつよりいい働きができるんだけどなぁ」


 リーダー代理とは言ったものの、俺は毎日こうしてアジトに引きこもっているばかりの日が続いている。ろくに計算ができるやつがいないから収支をまとめたり食事をつくったりはするんだが、どうみてもリーダーってよりも下っ端の仕事だ。


「まぁその黒い肌で人前に出るのは簡単じゃないですからね」


「ここにいるやつらは気にしないからすっかり忘れてたぜ。普通は俺を見たらバケモンだと思うに決まってるわな」


 この黒い肌はモンスター、それもかなり上位種のものに近い。ギアが俺を見て魔王のようだと言ったのも頷ける。人型をして人語を解する能力があるとなれば勇者候補生なら当然警戒してかかるべき相手だろう。


「そういうキラはどうなんだ? エルフの集落に帰らなくていいのか?」


「そんなことしたらユーマさんが寂しがって死んじゃうじゃないですか」


「んなわけあるか!」


 正直なところ早く帰った方がいいと思っているんだが、少しもそんな素振りを見せてくれない。こんなバケモンと区別のつかないやつと一緒にいても何も楽しいことなんてないだろうに。


 それに、エルフが自分たちの集落を作って暮らしているのはそれなりにわけがある。人間同士の争いごとに関わりたくないというのもあるが、やはり違う時間を生きている種族は結局繋がり合えないとわかっているからだ。


 俺たちの長く思える一生は彼らのそれの四分の一にも満たない。違う時間の流れを持つ種族が交わり、つまりは恋に落ちたりするとひどく悲しい結末しか待っていないことをエルフたちは知っているのだ。


 こんな岩肌を掘って暮らしている義賊なんて人間の中でも特別下の方に当たるだろう。そんなやつらの誰かに万が一にでも恋なんてしてしまったら、きっと報われない。


「そんな難しい顔してないで、外でも歩いてきたらどうですか? お昼は飛びきりおいしいものを作っておきますから」


「俺の気も知らないで」


 俺はこんなに気を揉んでやっているっていうのに。親の心は子どもには届かないってやつか。俺の子じゃねえけど。


「んじゃちょっといってくるわ」


「はい。お昼には遅れないでくださいね」


 すっかりアジトの母親気分だな。これは出ていくつもりは少しもない。俺の気苦労はとうぶん解消されないだろうな。


 外は少しずつ太陽が昇っている。やや暑く感じるほどの晴天だった。散歩だと言って出てきたが、俺にとってワンプを回るのはずっと続けてきたパトロールの仕事でもある。今はすっかり役に立たなくなっているから散歩と変わらねえけど。


 そこかしこに草木が芽吹いてきている。あの黒い風の被害から少しずつ回復している姿を見ると嬉しくなってくる。


「いやいやいや。老後の趣味で庭いじりしてるじじいじゃねーか」


 現実の俺はろくに働いていないだけにさらに性質たちが悪い。せっかく手に入れたこの力も平和な世の中じゃ使いどころがない。


「けど使わねえと俺の命がもたないからな」


 体内に発生した雷をつかむ。俺の散歩はまばたきする間に終わってしまう。


「マギノワール」


 広いワンプのぬかるんだ土地を蹴り、鳥が一度はばたく間にそのすべてを回る。日に日に体になじんできているような気がする。痛みも減ってきた。だが、まともな魔法じゃないことはよくわかっている。あまりいいことじゃないっていう予感はしている。


 キラにそれを言うつもりはない。そんなことを知ったらあいつはまた治療法を探してあちこちを回るだろう。どうせあの黒い風で死んでいてもおかしくなかったんだ。いまさらあがくつもりもない。


 魔王城が廃墟となりフォートも解体された今、わざわざワンプにやってくるような人間はほとんどいない。


 アジトに仕事を持ってきてくれるだけ前よりも少し歩いていく人の姿が増えたくらいだ。


「ん、あれは?」


 その見渡す限りの平原の中を歩く見覚えのある姿。もう二度とこんなところには来ないと思っていたんだが、まさか気に入ったなんてこともないだろう。


「ギア。政府のお偉いさんがわざわざこんなところまで来るとはな」


 一気に距離を詰めてギアの前に出る。一瞬見開いた目がすぐに元の冷淡な色に戻って、ギアはわざとらしく呆れたように首を振った。


「いきなり出てくるな、足手まとい。俺はいつも必要なことをしているだけだ」


「ビビっといて足手まといなんてよく言えるな」


「黙れ。不意をつかれただけだ」


 眉間に深くしわが刻まれている。これは間違いなくビビったことを隠している。だけど今ここで追及したところでギアの機嫌が悪くなるだけだ。ここに来たってことは俺たちに用事があるってことだ。下手に不機嫌にさせるのは面倒事を呼びそうだ。


「そんでどうしたんだ?」


「お前には関係ないだろう」


「それもそうか。ちょうどいい。メシくらい食っていくか? キラが用意してくれてんだよ」


 最近はみんな外に出払っていて話す相手もキラばかりだ。ギアでもいないよりマシだろう。


 キラが嫌ってわけじゃないが、あいつと二人でいるとどうしてもこの黒い肌があの日のことを思い出させる。そのとき、キラが自分自身を責めているように見えてしまうのだ。


「お前、あの男に似てきたな」


「あの男ってモンドか?」


「そうだ。昔はもっと不満を溜め込んだ目をしていた。今も自由というわけでもないだろうに、どうしてそんなに笑っていられる?」


「さあな。うまい生き方ってのを見つけたんじゃないのか」


 こうして大きな責任ももたず悠然とした大地を前に暮らすってのは悪くない。せっかく手に入れた力を持て余していることには違いないが、勇者として魔王を倒さなきゃいけないと思うよりは気楽になった。


「お前がどう生きようと俺には何も関係のない話だがな」


「てめえから言い出した話だろうが」


 関係ない、なんて言いながら結局メシは食っていくらしい。意外と素直だな。絶対に無視して帰っていくと思ったんだが。

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