勇者と義賊の散歩道

「急にお客さんを呼ぶなんて珍しいですね」


「ちょうどそこで会ったんだよ」


「強引に連れてこられただけだ」


 天井の低い部屋に入った政府高官の制服はどう見ても場違いだ。この間はアジトの前までしか来なかったからな。


「こんな穴倉でメシなんていくらギアでも初めてだろうな」


 どう見たって廃坑を再利用しているようにしか見えない。これもモンドの豪脚で掘り進めたらしい。最初は嘘だと思っていたが、あの実力を見た後なら信じられる。


「場所を選ばなければ食べられないほどヤワじゃない」


「知ってるさ。地面がモンスターの血まみれの中でメシを食ったのも一度や二度じゃないからな」


 メシを食えるときっていうのは周りに敵がいないときだ。いざというときに腹が減ってちゃ生き残れないからな。モンスターを倒した後はメシを食べる安全な場面が多いのだ。


「私がちゃんとお掃除してますから。そんなところと比べないでください」


「悪かったよ。キラ様様だ」


 暇だから、っていうのもあるんだが、このアジトの整備もどんどん進んでいる。地面は固めて歩きやすくなったし、洞窟の補強もほとんど済ませてしまった。


 出稼ぎに出ている仲間にいらない材木をもらってきてもらって、家具も新調しようかと考えているところだ。


「メシも毎日食えるしな。モンドと、ついでにてめえにも感謝しといてやるよ」


「足手まといの感謝など何の価値もない」


「まぁ、そう言うなって」


 不服そうなギアをおいて俺は昼メシに意識を移す。さすがにいつも獣肉ビーストミートとは言わないが、市場で買ってきた魚と野菜のスープにバゲットがついているんだから十分豪華なもんだ。


 問題はこの食事に俺が少しも貢献していないってことなんだよな。いい仕事の一つでも回ってくればいいんだが。


「そういえば今日はなんでこっちに来たんだ? 俺たちに用があったんじゃないんだろ?」


「魔王城の調査だ。警戒のために近付いていなかったがそろそろ中を確認しておくべきだと思ってな」


「一人でか?」


 そりゃ今は一番高かった塔の部分もなくなって廃墟というよりもがれきの山と呼んだ方がいいくらいになってはいるが、それでも魔王がいた場所であることには変わりない。


 一度ニグリのところに行ったときにも通ったが、何もいないことがわかっていてもなおどこか背中を震えさせる恐ろしさがあった。


「俺も一緒に行ってやろうか?」


「いらん」


「そう言うなって。危ないことがあるかもしれないだろ」


 昔の俺ならいざ知らず、マギノワールを覚えた俺が邪魔になるなんてことはない。ギアだってそう思っているはずだ。メシの途中だっていうのにずっと渋い顔をしているんだから間違いない。


「まぁ食後の散歩がてら足を延ばすのも悪くないな」


「勝手にしろ」


 ようやく諦めたらしいギアはそこから黙ってメシを食っていく。一応こいつは名家の出だったはずだ。こんな場所でもメシの食い方には品があるな。田舎から出てきて今は義賊やってる俺にはできない芸当だ。


「素敵な昼食でした。ごちそうさまです」


「いえいえ、お粗末さまでした」


「俺となんでそんなに態度が違うんだよ」


 キラには丁寧な言葉でお礼を言って頭を下げる。俺にもその半分でいいからいい顔をしてほしいところだ。


「俺も魔王城までいってくる」


「わかりました。気をつけてくださいね」


「言っておくが、俺は頼んでいないからな」


「わかってるさ。俺が勝手に散歩に行くだけだ」


 まったく面倒なやつだ。それは昔っからと言われれば間違いないんだが、よくそんなかたっ苦しい生き方ができるもんだ。モンドと何度も衝突してそうだな。


 フォートを抜けて魔王城跡へと進む。政府に入ってもギアの体は衰えていないらしい。キラを連れていたときはここまで来るだけで半日以上かかったんだが、その十分の一ほどの時間で着いてしまった。


 勇者は困っている人を助け、世界中のモンスターを倒しながら最後はここに向かって旅をしていた。そのために選び抜かれ、鍛え上げた体は常人とは遥かな差を生んでいるのだ。


 以前に通ったときはまだ禍々しさを残していたが、今は周囲の緑もずいぶんと戻ってきていて、世界を恐怖に陥れた魔王ペントライトの名残は現実から過去になっていきつつある。


「何もなさそうだな。しかしわざわざ勇者様直々に、それも一人で調査なんてな」


「どんな危険があるのかわからないなら最も強い人間が行くべきだ」


「ならルビーも、ってあれがいると調査って感じじゃなくなるな」


 形が残っているのが気に入らない、とか言って跡形もなく燃やし尽くしそうだな。本当にすぐに魔法をぶっぱなすのをやめてくれればあれほど優秀な魔術師もそういないんだが。


「そういやセレンはどうした? あいつなら調査に適任だろ」


「セレンは旅に出た。政府入りを断って各地の傷病者を助けに行くと言っていた」


「はは、あいつらしいな」


 新政府の役人なんて願っても願ってもなれない重要な役職を蹴ってまで。あいつは自分の法術を誰かのために役立てたいと言うんだ。それができるのは確かにあいつだけかもしれない。


「いない人間の話をしても仕方がない。中も確認する」


「はいよ。そういや俺は初めて入るんだな」


 ここで起きた死闘の中に俺の姿はなかった。どれほど苛烈な戦いがここであったのか。今の俺にはまったくわからない。


 あちこちが炭化しているのはルビーの仕業だろう、というのはすぐに理解できるが、聞いた話だと相当な数の勇者候補を正面から突入させて、別動隊が裏から入ったって話だ。ということはこっちが別動隊のルート、ギアたちがいた方ってことか。


「魔王ってどんなやつだったんだ?」


「気になるか?」


「まぁな。戦いたかったとは言わねえが、魔王がどんなやつだったかは気になるな」


「今のお前に似ていた。黒い肌に覆われた体はろくに剣も魔法も通じなかった」


 魔力によって肌が変質していたのか。この肌はモンドの蹴りもニグリの石の槍もルビーの爆炎も通じなかった。


 衝撃が貫通して体内にダメージは出るんだが、それもかなり軽減されている。簡単に撃ち破れるものじゃない。


「そんなやつどうやって倒したんだ?」


「魔法は通らなくても魔力は通る。相手の魔力勁路にルビーの力で剣に滞留させた魔力を流し込んだ」


「おいおい、そんなことしたらやべえことになるんじゃないのか」


「相手を倒すのならこれ以上ない方法だ」


「あいかわらずえげつねえな」


 体内に掌握していない魔力が入ると耐えられないことは俺の体が証明している。だがそれは人間の体の話だ。エルフやドルイドは自分たちの体に魔素を持つように、体内に発生した魔力にも変質しない特性を持っている。


 ってことは魔王は人間だったってことか? いやそんなはずはないか。魔力に耐性がない他の生物だったってことか。少なくともエルフやドルイドじゃなかったってことだ。魔王ってんだから魔法に強そうなもんなんだがな。


 だが、魔王がこの世界に現れてから確か八十年余りが経っているはずだ。魔素に耐性のない生物で衰えることもなしに、そんなに長く生きられるものがいるんだろうか。

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