薬草地帯とラプトルの群れ

「この辺りだ。最後にやつの体内に溜まった魔力が爆発した」


「それがあの黒い風の正体だったんだな」


 魔王城跡の最上階は激戦を物語るような爪痕が残っていた。ここまでたどり着いたのはギアたちのパーティだけだったらしい。


 体内に魔力を溜め込んだ状態で相手に魔法を放てば、炎が燃え広がるように魔力も膨大なエネルギーを生み出す。


 それを掌握して自分の力にするのがマギノワールというわけだが、そうやって聞くと俺がいかに危ない術を使っているかがわかるな。


「東の荒野には人が住んでいないし、西のワンプもフォートから人がいなくなれば誰にも被害はないと思ったんだが」


「悪かったな。逃げてるやつらの保護をしてたんだよ」


「俺の計画に傷をつけられたな」


 こういうときにギアがする心底不満そうな顔は本物だ。その理由が俺がこの体になってしまったことじゃなくて、自分の作戦がうまくいかなかったことに対するものじゃなけりゃ少しは見直してやれるんだがなぁ。


 結局魔王城跡は何の問題もなく、数十年も経てばただの過去の栄光を残す場所になるだけに思えた。


「大丈夫そうだな」


「そうだな。ここまで警戒する必要もなかったのかもしれない」


「警戒するに越したことはないだろ。次からはちゃんと護衛をつけておけよ。政府の役人なんだろ」


「お前は、今の俺を見て何も感じないのか?」


「何も、ってなんだよ?」


「バカに聞いたところで無駄だったな。忘れろ」


 まったく聞きたいことがあるんならはっきり言やあいいだろ。こんなやつの下でモンドはちゃんとやってるんだろうか。毎日イライラさせられそうだ。気楽にあなぐら生活をしている方が俺にはいいのかもな。


 魔王城の最上階から降りてくると、少しずつ本来の姿を戻しつつある緑の絨毯が迎えてくれる。湿地のじめじめしたワンプも懐かしいが、こういう牧歌的な雰囲気は故郷のエネットを思い出させる。


 エネットには一度も帰っていない。ギアが約束を守っているだろうから、エネットも少しは楽になってくれているだろう。ずっと帰ってこない俺をどう思っているのか。もう死んだと思われていてもおかしくない。


「ん? なんか妙だな」


 エネットを思い出しながら見た魔王城を包む草地に違和感を覚える。なんだろうか。悪い予感ではないんだが、都合がよすぎるというか。


「なんだ、言ってみろ」


「いや、よくわかんねえけど、気のせいだろ」


「その判断は俺がする。バカは思ったままに口に出せ」


 ったく、まだその違和感の正体はわかってないってのに。久しぶりの顔合わせでもこいつはまったく容赦ないな。


「あっと、そうか。やたらと薬草類が多いんだ」


「薬草が?」


「あぁ、これもそうだし、これも。おい、これエリクシルに使えるマンドレイクの双葉じゃないか?」


「そんなバカなことがあるか? こんな場所で?」


 俺の薬草に関する知識はちょっとあるくらいで専門の学者じゃない。それでもここは明らかに他と比べても植生が違う。なんでよりによって魔王城の近くに都合よく薬草があるんだよ。


「おかしいと思わないか? ここはワンプと荒野地帯の境だぞ」


「そうだよな。薬草が育つ環境じゃない」


 薬草類は大気中の魔力を取り込んで掌握し、法術に変換して成分としてその細胞内に回復効果を溜め込む。つまり薬草の群生地は近くに大きな魔素を持つものが必要だ。


 もちろん大気や地中にもある程度の魔素は存在するが、薬草の産地は大樹の近くや外敵のいない長命の動物が住む平和な土地だ。


 そういうところはたいていエルフやドルイドたちの集落があって、人間の市場に回ってくる薬草のほとんどはエルフたちとの交易で手に入れたものだ。


 決して豊かな土地とは言えない場所にある魔王城。それも最近まで傷つける側の魔王の根城だった場所だ。大きな魔素の存在なんて確認できない。キラがいればわかるのかもしれないが。


「調査隊を派遣するか。なんだあれは?」


 荒野の方から砂煙とともに連続した足音が聞こえる。


「あれは、モンスターか。魔王軍の残党か?」


「いや、ありゃ野生種のラプトルだな。群れ丸々一つ分って感じか」


「応戦するぞ。少し付き合え」


「へいへい。いらねえって言っておいて人使いが荒いな」


 それでも昔ならこんなことは言わなかっただろう。この状況ならせいぜい囮になれ、と言われればマシな方だ。そのまま死んでエサになってもいい、くらいなら平気で言うやつだ。その方が時間が稼げるからな、とか言って。


「肉食モンスターか。この薬草地帯を目指してくる草食モンスターを狙って巡回しているようだな」


「そうだろうな。ま、今回は相手が悪かったってことだ」


 だが、今の俺にはあの大群のラプトルでも物の数じゃない。


「マギノワール」


 使うごとに少しずつ痛みが少なくなってきている。慣れてきたのか、なじんできたのか。自分でもよくわからない。


 ただ自分の体が雷そのものになったように感じるこの瞬間は嫌いじゃない。さっきまで遠くに見えていた景色が一瞬で手の届く範囲になるその違和感も、頭が理解してしまえば世界を征服できるような全能感に浸ることができる。


 遠くに見えたと思ったラプトルの大群も今や俺の手のひらの上で暴れているようにすら感じる。


「さ、やるか!」


 薬草の一帯を傷つけないように躍り出る。荒野側の方が広くて対応がしやすそうだ。それにしても本当にこの狭い範囲だけだな。この近くに強力な魔素があるのか?


 今はそれについては考えない。それよりもあの大群をどうにかしないとな。


 ラプトルは肉食のモンスターで人間を含む動物を集団で襲って狩りをしている。強靭な脚力と発達した顎。そして不器用だが鋭い爪を持つ腕の振り払いも脅威だ。


 だが、それはあくまでも人間に対しての話だ。


「おら! ちょっと痛てえぞ!」


 先頭を走っていたラプトルの顔をぶん殴る。人を骨ごとへし折る硬い牙を砕く。悲鳴のような大声を上げて、ラプトルが首を高く上げる。


「悪いが今日の晩メシになってもらうぜ!」


 全部やるのはさすがに食い切れないか。十頭ほど仕留めたところで逃げ去っていくラプトルを見送る。これを全部持ち帰るのはなかなかバランスをとるのが難しそうだな。


「圧倒的だな。それがお前の新しい力か」


「結局見てただけかよ。剣すら抜いてねえじゃねえか」


「それをさせなかったんだろう。恐ろしい力だな」


 マギノワールについて詳しく説明する気にはなれない。モンドも詳しく話してはいないだろうが、ギアのことだ。すでに少しは嗅ぎつけているだろう。


「どうやって魔法を手に入れた?」


「体内の魔力を気合とイメージでつかんだ。モンドの受け売りだけどな」


「参考にならんな。お前らの言うことは当てにならん」


 しょうがねえだろ。俺だってよくわかってないんだから。ニグリが言うには魔力の掌握は体が魔力によって危機的な状況にあると会得しやすい、って話だったな。


 体内に魔素があってそれが体を変質させているなんてこれ以上ない危機だからな。できるようになったのはいいが、正直手放しに喜べることじゃない。


「今日は戻るか。それはどうするつもりだ?」


「あぁ、持って帰って今日の晩飯だな」


「誰がさばくんだ?」


 あ、そういえばそうだな。俺もいくらかはできるんだが、さすがにこの数は大変だな。何人かが食肉の商人のところに行っていたはずだから、そいつらに頼むか。


 それよりこの巨体を全部抱えて持って帰るのはバランスがとり辛いんだが、ギアが手伝ってくれる様子はない。もとより期待はしてなかったが。


「それにしても獣肉ビーストミートなど硬くてまずいだろう」


「何言ってんだよ。確かに畜産の肉は柔らかいし雑味もないけど、このしっかりした赤身と肉の臭みがいいんだろ」


「お前は本当に野生児だな。今の生活が似合っているようだ」


「貴族の出のおぼっちゃまの口にはちょっとワイルドすぎるか?」


 ちょっと煽ってやっただけなんだが、ギアは無言のままさっさと帰り道につま先を向けてしまった。


「さて、俺はゆっくり戻るか」


 俺の存在なんてなくなったかのように先に進んでいく。まぁアジトに戻ればさすがに待っているだろう。冷酷だが薄情ってほどでもない。


 俺はなんとなく不安の残る薬草地帯に背を向けてラプトルの山を背負いなおした。


 それからもときどき魔王城跡に行っては周囲を探ってみたが、やはり薬草を育てていそうな魔素の存在はわからなかった。キラを連れていってもわからなかったんだから、もうなくなっているんだろう。


 ウェルネシア新政府から派遣された魔法学者たちも同様に何も見つけられなかったらしい。


 まだひと悶着ありそうな予感を感じながら、俺たちは日々を過ごしていく。それでも平和な日常は三年ほど続いた。

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