魔術師団

 義賊団の仲間たちは商人としての実力もつけていった。それでも義賊団を抜けたいというやつは現れなかった。俺はラプトル討伐のときに使える、とギアに判断されたようでときどきモンスター討伐の依頼が入っている。


 どうしようもないと思っていたが、あんがいなんとかなるものだ。これからもモンドとの約束は守ってやれそうだ。


 俺はギアや商人たちから送られてきた書類に目を通している。一応税金とやらも払わなくちゃならないらしい。


 賊ではないという扱いをしてもらっているわけだが、これはこれで面倒ごとが増えるんだから困る。


「あいつはちゃんとやってんだろうなぁ」


 モンドは一度もここには帰ってきていない。いくら政府に雇われたからって休みがとれないわけでもないだろう。それにギアでさえ何度かここに足を運んでいるっていうのに、あいつは何をしてるんだか。


 そろそろこの机で書類の山に目を通すのも飽きた。政府で身に着けた力で俺を助けてほしいところだ。


「ちょっと休憩しませんか?」


「あぁ。そうする」


 何度やってもこの作業は慣れないな。書類に目を通し、契約の内容を理解する。受け取った給与の総額を計算して政府に報告する。そして通知を受けて税金を納める。魔王がいた頃はこんなことやらなくてよかったんだがなぁ。


 キラからコーヒーを受け取って少しすする。金があるおかげで水以外のものもたくさんキッチンに並ぶようになった。キラが欲しいと言うと、あいつらこぞって買ってくるからな。完全に妹のように可愛がられている。


「俺はもともとこういう仕事は得意じゃないんだよ」


「義賊には関係のない仕事ですからね」


「俺の仕事はほとんどないし、俺がやるしかねえんだけどな」


 本当なら義賊団を解散して商人たちのところに住み込みでもさせてもらった方があいつらだって幸せだろう。でも誰もそんなことをしようともしない。だったらせめて俺ができることくらいはやってやらないとな。


「なんかモンスターが大暴れしてくれればなぁ」


「そんな物騒なこと言わないでください」


 そりゃありえないからこうして冗談が言えるわけだからな。そう思ってコーヒーに口をつける。それと同時にマンガンが俺の部屋に駆け込んできた。


「ユーマ、モンスターが出た! 何人かで対応してるが、出てくれ!」


「モンスター? またラプトルか?」


「いや、それが。と、とにかく早く来てくれ!」


 最近は戦闘なんてなかったが、俺たちは金剛義賊団だぞ。いまさらモンスターの一匹や二匹でうろたえるようなことはないだろうに。


「わかった。すぐ出る」


 キラのコーヒーを置いて、俺はマンガンとともにアジトの外に飛び出した。


「どのあたりだ?」


「ワンプの中央あたりに残った小さな沼だ。それが、どうも毒性モンスターらしい」


「毒性? なんで今になって毒持ちがワンプに」


 確かに年数を経てワンプの大地もいろんなところで苔が生えてきている。そのおかげが生態系も昔に近くなったが、毒性モンスターは魔王の配下ばかりだったはずだ。


「先に行ってる。一応周囲に被害者がいないか探してくれ」


「わかった」


 救護はマンガンに任せて体内の魔力をつかむ。三年間毎日続けていれば嫌でもうまくなる。これができなくなった瞬間に、俺の命は高速でカウントダウンを始めるんだから。


 目的地までの時間はまばたき半分。一気に到着した沼にわいた大あごをもつワニのような一匹の体を貫く。見覚えがある。過去に何度も行商人が襲われているのを助けた。


「全員無事か?」


「あぁ、ちょっと噛まれたやつはいるが、応急治療は済んでる」


「あとは俺が片付ける。全員退避。ケガ人には治療。残ったやつは周囲の警戒。毒消し薬がないやつはアジトに戻って取りに行ってくれ」


「わかった!」


 全員が一気に沼から飛び退く。安全を確認して俺は沼に目を移した。


 さっき倒したワニ型が三匹。それから赤褐色の瞳を持つヘビのモンスターが二匹。どちらも確かに牙に毒を持っていたはずだ。そして魔王を倒した後からは一切見なくなっていたやつらでもある。


「こいつら、魔王の配下じゃなかったのか?」


 そもそも魔王が消えたら配下も全部消えるとは限らない。だが、今までどこかに隠れていたんだろうか?


「とにかくまずは片付けるか」


 このくらいわけもない。こちらを睨みつける毒々しい眼光も気にならない。そんなもんいくらあっても俺を傷つけることはできないのだ。


 手近なヘビの尻尾をつかむ。そのままぶん回してワニに投げつけ、重なったところをまとめて拳でぶち抜いた。


 こいつらを一匹相手にするだけでも昔は注意が必要だった。今はまったくそんな必要はない。


 背中に飛びかかってきたやつを肘で貫く。空いていた左の手刀でヘビの首をはねる。残った一匹の頭に拳槌けんついを振り下ろして終わりだ。


「楽勝だな。アジトに戻るか」


 いったいどこからわいてきたのかわからないが、これからも出てくるなら面倒だな。暇潰しの散歩の回数を増やした方がいいかもしれない。戦えるならいい気分転換にもなる。


 死体を近くに埋めてアジトに戻ろうと立ち上がったときだった。またマンガンが俺のところに息を切らして走ってきた。


「まだモンスターが残ってたか?」


「いや、モンスターじゃない。モンスターの方がマシかもしんねえけど」


「なんだよ、はっきり言ってくれ」


「なんかまた建ってるんだよ」


「何が?」


「魔王城が。前よりデカくて、アジトからでも塔の一番上が見えるくらいの」


 魔王城が、復活した?


 そんなバカなことがあるかよ。昨日の夕方俺は散歩に行ってたんだぜ? いくら体がなまってるからって、アジトから見えるほどデカくなった魔王城があったらいくらなんでも気付く。たださっきは飛び出していったから魔王城の方角は見なかったしなぁ。


「見に行った方が早そうだな」


「あぁ。一応周りに他の被害者はいなさそうだ。団員の治療はキラがやってくれてる」


 キラなら安心だな。それじゃひとっ走りして見てくるか。誰かが魔王城に住み着いたんだろうか。それにしても建て替えが早すぎるが。


「あ、俺たちもついていくからな。危険な相手かもしれねえんだから」


「別に俺なら一人で何とかなるだろ。危険なら引き返すさ」


「ダメだ。一人で行かせると、もう、帰ってこないかもしれないだろ」


 マンガンの言葉が少しずつ弱くなっていく。


 理由は違うが、やはりあいつが帰ってこないどころか顔一つ見せに来ないことに思うところがあるんだろう。


「じゃあ一度アジトに戻るか」


「おう。いつもユーマにおんぶにだっこじゃ顔が立たないからな」


 それはこっちのセリフだ。金を稼いで食いもんを買ってきてるのは他でもないてめえらなんだから。


 アジトに戻ると、団体客が入り口の前でたむろしていた。この光景には見覚えがある。前もろくなことにならなかった。それに今回は数が違う。前は百人というところだったが、今回は軽く倍はいそうだ。やや厚手のローブに新政府の国章が大きく描かれているのが見える。


「ま、魔王城が復活したってんなら来ないわけがないか」


 それにしても早い。俺の知らないところで何か予兆があったのかもしれない。


「ギア。やっぱりあれは本物なのか?」


 マンガンの言った通り、ここからでも高くそびえたつ魔王城の塔が見える。俺が最後に登った最上階よりも一段か二段ほど高くなっているように思えた。


「無駄話は不要だ。新政府として命令する。これよりワンプは戦闘危険区域に指定する。いますぐ避難しろ」


 簡潔な説明は事務的でこっちの事情なんて考えるつもりもない。


「ふざけんな! それで、はいそうですか、って引き下がると思ってんのか!」


「答えは聞いていない。これは命令だ」


「俺たちはこのワンプの平和を守ってきたんだ。モンスターが出たからって逃げ出すと思ってんのかよ」


 なんで俺たちがこんな洞窟の中でずっと住んでいると思っているんだ。モンドとの約束を誰一人として破るつもりはない。モンドが裏切らない限り、金剛義賊団はここに居続けて、ワンプの平和を守り続けるのだ。


「そんなものが国の平和と天秤の左右に乗ると思っているのか?」


「そんなもん関係ねえんだよ! 邪魔だって言うんなら俺の実力試してみるか?」


 黒い肌に力がみなぎる。この力に甘えるなんて一日たりとも考えたことはない。修行だって欠かしたことはない。今なら、あるいはギアにだって届くかもしれない。


 熱くなる俺のハートとは対照的にギアの表情は冷めたままだった。


「わめくな。もうそんな時代じゃないんだ」


「んだよ、時代って。難しい言葉でけむにまこうってか」


 俺の疑問に答える代わりに、ギアは後ろに並んだ団員たちを誇示するように手を広げた。


「これからは魔術師による高火力広範囲の遠距離殲滅戦だ」


「何? ここにいる全員が魔術師だって言うのか?」


 ざっと見ても二百人くらいいるんだぞ。国中から集めたって政府の直属軍として配備できるような魔術師がそんなに集まるとは思えない。


 魔術師っていうのは魔力の掌握が行えるという才能に完全に依存する。命の危機ほどの条件がなければ、後天的に魔力の掌握を会得することはできない。


 いかに剣技の優れるギアであってもこの才能の壁は越えられない。


 実際、勇者候補生の中でも魔術師と法術師は少なく、うちのパーティに二人がついていたのはギアが期待されていたからだろう。俺は完全におまけだったけど。


「そんな人数、どうやって」


「それはお前が一番知っているだろう?」


「まさか、ニグリが言ってた」


 人間に魔法を使えるようにさせる方法。魔力勁路に魔力をそのまま送り込むことによって危機的状況を作り出し、魔力の掌握を覚醒させる。


 ニグリがマギノワールを生まざるをえなくなった方法。


 エルフの情報網を使ったとはいえキラが数日でわかったやり方だ。ギアの計画性と行動力ならかぎつけていても不思議じゃない。


「てめえ、あれがどれだけ危険なことかわかってんのか?」


「お前と一緒にするな。当然理解している」


「だったらなんで!?」


 失敗すればこの黒い肌と一生付き合うことになる。未だに多くの人間から恐れられるこの不気味な肌とだ。


「なぜ我々人間はこれほど魔王討伐に時間をかけた?」


「はぐらかしてんじゃねえぞ!」


「それは圧倒的な魔術師の不足からだ!」


 俺の訴えに少しも耳を貸すつもりはないらしい。自分の理屈を自慢げに語っているときのギアはルビーと変わらないくらい性質が悪い。


「剣士や格闘家が相手にできるモンスターの数は基本的に一体だ。だが、魔術師は広範囲のモンスターを同時に攻撃できる。つまり魔王軍の物量と正面から戦うことができる」


「だからって前衛が不要ってわけじゃねえだろ。誰がモンスターのヘイトを稼いで詠唱の時間を作るんだよ」


「だから遠距離殲滅戦だと言っただろう。敵の攻撃の届かない範囲から複数の魔術師によって生み出される巨大魔法で一気に敵を討ち払う」


 実例だ。そう言って、ギアは魔王城の塔の方へと指をさした。


 遠目に黒い点がいくつも見える。魔王城で召喚されたモンスターがワンプに向かってきているのだ。以前は木に隠れて見えなかったが、大きな木なんてまだ生えていないこともあって、アジトからでもいくらか見える。


 敵影は数キロメートル先。さっきと同じやつなら俺一人でも片付けられる。


「あのくらいなら俺たちでもどうにでもできる」


「それは同じ時間でか?」


 ギアがまっすぐに手を挙げる。それと同時に魔術部隊が一斉に詠唱を始めた。


 魔力を変換して撃ち出すといっても有効射程は当然ある。普通の魔術師なら百メートルほど。才能があると言われていたルビーでもせいぜい五百メートル程度だ。


 俺のようにゼロ距離、自分にしか効果範囲が及ばない魔術師と呼べないようなやつもいる。


 なんにせよ、どう考えたってここからはあのモンスターの群れに魔法は届かない。


 だから勇者候補生はパーティを組んで敵を引きつける役と魔法を叩きこむ役に分かれて、それぞれの役割を遂行して戦っていた。


 詠唱が終わる。まだ敵はようやく目ではっきりとワニ型だと分かる程度。明らかに射程範囲外だ。

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