赤い壁

「放て!」


 ギアの号令とともに魔術部隊が一斉に杖を掲げる。その頭上に変換された魔力が送り込まれ、形を成していく。


 すべてを焼き尽くす炎の魔法。だが、その大きさは俺が今まで見てきたものとは比べ物にならない。一つの大きな球体となった炎は山一つくらい燃やし尽くしそうなほどに大きくなっている。


 ギアの手がモンスターに向けて振り下ろされる。それと同時に轟音を立てる火球がモンスターに向かって放たれた。


 攻撃と呼ぶにはあまりにも一方的だった。死んだ後に地獄というものがあるのなら、たぶんこんな光景を見ることになるんだろう。


 赤い壁がモンスターの群れを焼く。一瞬で炭のように黒く変色して塵となって消えていった。残ったのは焼き払われた大地だけだ。


「これが新時代の戦闘だ。もはや剣など必要ない」


 完全に俺を論破した。そんな顔でギアは俺の顔を睨みつけている。あぁ、そうだな。実にてめえらしい。少しの無駄も感じさせない効率的なやり方だ。


 だが、それは多くの犠牲の上に立っているものだ。結果に対して失うものが多すぎる。


「やっとワンプも元の植物が戻ってきてたんだぞ!」


 黒く燃えつくされた大地は三年前の黒い風に襲われた姿を思い出す。少しずつ湿地帯だったことを思い出していたワンプがまた破壊されてしまった。


「それに魔法の習得には危険が伴う。この部隊を作るのにいったいどれだけ犠牲を出した?」


「知らんな。きちんと同意はとってある。強制したことはない」


「そういう問題じゃねえだろ!」


「何かと戦うということは犠牲を生むということだ。お前とて今まで殺してきたモンスターの数を覚えているわけじゃないだろう」


 そんなもん覚えているはずもない。冒険のときはもちろん。ワンプに来てからもかなりの数を倒してきた。


 だが、それは敵対した相手だ。殺す覚悟も殺される覚悟もある。味方から死の危険に放り込まれるなんて普通は考えないだろ。


「五日猶予を与える。こちらも部隊配備の調整がある。それまでにここを離れる準備を整えておくことだ。ワンプは魔王軍との戦闘地域として政府の管理下に入る。わかったな」


 言いたいだけ言って、ギアは部隊を引き連れて帰っていった。部隊配備前の間は俺たちが勝手にモンスターを討伐すると思っているんだろう。やつの思い通りになるのはしゃくだが、モンドとの約束だ。必ず守ってみせる。


「あんにゃろう、勝手なこと言いやがって!」


「どうどう。でもモンスターが出たのは事実だし、あの魔法部隊に脅されちゃ、ユーマはまだしも俺たちは勝てっこないぜ」


「わかってるさ。人間同士で争ってもいいことないしな」


 また世界がモンスターで埋め尽くされて人々が恐怖に怯える生活をしなくちゃならなくなるかもしれない。そんなときにごちゃごちゃ言ってはいられない。


 ギアの言っていることは正しい。モンスターの発生源である魔王城を取り囲み、人を遠ざけ、瞬間高火力の魔法部隊で殲滅。そして魔王をもう一度倒す。


 まったく無駄のない効率的で被害の少ない作戦だ。


 だがそれが正しいからといって、他が全部間違っているわけじゃない。この自然の戻ってきたワンプを守る。誰かれ構わず後天的に魔術師にさせるリスクを払わせない。非効率的でも人や自然を大切にする道もあるはずだ。


「行くしかねえか」


「行くってどこにだよ?」


「ウェルネシアだよ」


 本当はあいつから顔を出すまで俺からは会いに行かないつもりだった。守ってくれ、って頼まれた方から会いに行くのはやっぱり負けた気がするしな。


 でも今はそんなこと言ってられない。ギアの考え方はいつものことだが、あいつならもうちょっといい方法の一つでも思いついてくれるはずだ。


「モンドに頼んでみる。もう三年になるんだ。あいつなら結構いい地位にいるだろ」


「兄貴。そっか、兄貴なら俺たちが追い出されるって聞いたら何かしてくれるよな」


「あぁ、間違いねえ」


 俺は今日までモンドを裏切ったつもりはない。だから、モンドも決して俺を、俺たち金剛義賊団を裏切ったりしていない。


「時間がない。俺だけで行ってくる。悪いがその間ワンプを頼む」


「任せとけって。ユーマや兄貴には敵わねえけど、俺たちだって結構強いんだぜ?」


「あと書類の整理も頼む」


「それは、帰ってきてからやってくれよ」


 ちっ、ついでに面倒を押しつけようと思ったんだが失敗したか。


 荷物なんてほとんどいらない。ここからウェルネシアまでは常人の足なら七日ほど。馬車でも三日。鍛えた冒険者でも一日半は見ておいた方がいい。その距離を、俺は一時間とかからずに走破できる。


「待ってろよ。モンド」


 ついでにギアの横っ面も一発殴りつけてやる。さっきはみすみす帰しちまったからな。


 俺は体を駆け巡る雷の魔法を全身に宿して、差しこむ夕日と並走しながらウェルネシアを目指した。

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