信じるもののその先に

「なら治らないように徹底的にぶん殴ってやらねえとな」


「先ほどから急かしているようだな。自分の命運がどこに向かっているか理解したか?」


「ハッ! 何のことかわからねえな」


 今は俺の命の長さなんてどうでもいい話だ。


「召喚魔法でさえ魔素の生み出す魔力を消費しきるのは簡単ではない。貴様の使い方では命は長くないかもしれんぞ」


「それならここでてめえを倒さなきゃなんねえな」


「命が惜しくないのか?」


「長けりゃいいってもんじゃねえんだよ」


 命の価値は長さで決まるわけじゃねえ。死ぬその瞬間に満足できるかどうかだ。だったら俺は、ここでてめえを倒しておかなきゃ満足できねえ。それだけだ。


 闇の魔法が今度は剣に形を変える。なんてことはねえ。俺はこの拳で、そいつらと渡り合ってきたんだ。振り下ろされる剣をかわし、狭い部屋の中を飛び回る。


「あのクソじじいとの約束がある。てめえを墓にぶち込んでやるってな」


「よかろう。やってみろ」


 速度が上がる。だが、剣はどこまで速くなっても剣でしかない。


 斬るか突くか。大雑把に考えればそれだけだ。わかっていればかわせない道理もない。


「おら、さっさと倒れろ!」


 斬りはらった隙に脇腹に一発。本来ならここは急所。俺の拳が当たれば悶絶して膝をつくはずだ。だが、殴ったのか殴られたのかわからないほどの衝撃が俺の腕を通じて返ってくる。


「あま、激し、動、な。相手、誘、て、ぞ!」


 ギアの言葉が風音で途切れ途切れに聞こえる。あいつにはまだこの戦いが見えているらしい。さすがだな。勇者一行の中でも一人だけ格が違うぜ。


「貴様と私の肌は同質。打ち合わせていけばお互いに壊れる。だが、私には魔法がある。一度でも当たれば貴様の勝ちはなくなるぞ」


「ハッハッハー、寝言は寝て言えよ!」


「なんだと?」


 肌の表面が傷つけば魔力勁路が焼き切れているから気功法は使えない。だが、てめえと俺には決定的な大きな違いがある。


「俺はこの拳を信じている。てめえの鍛えてもいねえ体に負けるはずがないってな。壊れるのはてめえだけだ」


「世迷言だな」


「なら受けてから震えて後悔しな!」


 突き出された闇の剣をかわし、強く握った拳に気合を込める。奴の体を貫く。その瞬間を脳裏にはっきりと描く。


 なんでも気合とイメージがあればなんとかなる。こんなバカのむちゃくちゃな理屈だけで、俺は、俺たちは困難を乗り越えてきた。


 魔王を俺が倒す。そんな無理難題だって、必ず越えてみせる。越えられると俺が信じて疑わない限り、こいつも俺を裏切らない。


「わがまま通すためなら、道理をぶん殴って押し通る! それが金剛義賊団、黒曜拳のユーマだ!」


 魔王の中心、腹のど真ん中。そこにめがけて渾身の一撃を叩き込む。


「な、だと?」


 空中に浮いた相手じゃ衝撃は全部伝わらないか。なら倒れるまで殴り続けるだけだ。


 もう一発、と狙いを定めたところに、剣の輝きが視界を横切った。傷ついたペントライトの腹。そこにギアの剣が後ろの壁ごと貫いた。


 はりつけにされ、壁に固定されたペントライトから飛び退きながら、ギアが俺に振り返る。


「やっちまえ、ユーマ!」


「上等だ!」


 なんだよ、あの野郎。俺の名前覚えてんじゃねえか。


 もう俺は勇者の足手まといなんかじゃない。だが、勇者でもない。


 俺は、俺のためにてめえをぶっ倒す。


 ムカつく物言いの横っ面を渾身の力でぶん殴る。同じ硬さだなんて自慢げに語ったその顔が衝撃と苦痛に歪む。


「そろそろ寝る時間だぜ!」


 拳が深く突き刺さる。もう痛みなんてわからない。ただ俺の方が強いということだけは最後まで疑わなかった。


 ペントライトの瞳から光が消える。こいつは闇の魔法から生まれた影でも得体の知れない魔王でもない。ただ、手に入れた魔法の力を自分で抑えられないまま、変わってしまったただの人間だ。


 ただ今は死を迎えて、穏やかな表情でそこに横たわっている。


「この剣はお前の墓標にはもったいないな」


 ギアはそう言ってペントライトの腹に突き刺さった剣を引き抜いた。


「魔力で変質した体は簡単に朽ちたりはしない。どこかに墓を作ってやらねえとな」


「本気で言っているのか? こいつは世界を恐怖に陥れた魔王だぞ」


「それでも俺は約束を必ず守る」


 その相手がたとえあのクソじじいでもだ。あいつが最初にマギノワールを教えた人間。すべての人間が魔法を使えるかもしれないという夢を乗せた人間だ。それが叶わなかったとしてもきちんととむらってやるべきだろう。


「本来なら見せしめとして吊るし上げ、市民に勝利を誇示して新政府の力を示すところだが」


「てめえはえげつねえことも平気で言うな」


「市民の期待に応えていることを証明するだけだ。こうすれば政府への不信感も減る」


 それじゃ恐怖で市民が震えあがるだけだと思うんだがな。こいつは恐怖政治でもするつもりなんだろうか。市民が立ち上がったときは迷わず俺はそっちにつくぞ。


「お前は、これからどうするんだ?」


 血のついた剣を拭って鞘に戻しながら、ギアは俺に背を向けたまま問いかけた。


「さぁな。なるようにしかならねえさ」


「ペントライトはマギノワールを持つ人間だった。そして今、お前は人間で唯一マギノワールを持っている。その意味がわかっているのか?」


「次の魔王は俺になるって言いたいのか? 疲れて寝ぼけてんじゃねえのか?」


 ギアの言いたいことはわからなくもない。力を持った人間を御することは本人の心持ち次第。ギアだっていまさら俺を疑っていないはずだ。


 だがそれがただ生きるためだとすれば、考え方は変わってくる。


「俺は魔力を消費する方法が少なすぎる。さっきの召喚魔法でも使えないと無理だろうな」


「その方法もお前ならいつか見つけてしまうんだろう。そんな気がする」


「てめえが曖昧な予想するなんて天地がひっくり返るぜ。ちゃんと考えるのはてめえの仕事だろ」


 俺はぶん殴って道を開くだけだ。生き永らえる道まで見つかるかどうかなんてわからないがな。


「お前が魔王になったときの対策を考えておかないとならないな」


「そのときはまた勇者たちを集めればいいだけだろ」


 こいつらと本気で戦ったら、と考えるとなかなか面白そうに思えてくる。まぁ戦うとしても俺は魔王としてやるつもりはないんだが。


「まぁいい。今は目の前の敵を倒したということにしておこう」


 ギアは強引に話を切ると、汚れた服を払う。それと同時に声が聞こえてきた。

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