黒い肌を持つ意味

「おい、あいつの体を傷つけられるか?」


「さっきてめえが止めたんじゃねえか」


 最初に一発入れておけばわかったんだけどな。


「まぁ傷つくかどうかじゃねえ。気合でぶち破ってやるよ」


「むちゃくちゃだな。まぁいい。前は魔力を流し込んだが、それでは足りなかった。

やはり直接ルビーの魔法を打ち込む必要がある」


 三年前は魔力を魔力勁路から流し込んで内部に詰め込んで爆発させたんだったな。結局自爆だったらしいが。


「お前も体内にはダメージがあるんだろう」


「まぁ、な」


 最近はすっかり慣れてしまって気功法もあまり使わなくてもなんとかなるようになってしまっている。三年もあんな無茶を続けて生き延びていると体の方も嫌でもついてくるらしい。


「ならば燃やし尽くすまでだ。ダマスカスは護衛。セレンは援護を」


 了解、と短い答えが返ってくる。さすがに息も合っているな。俺は周りの闇の塊を振り払いながら、ペントライトへと一歩ずつ進んでいく。


「そんなおもちゃばっか使ってねえで拳で語ろうぜ」


「野蛮だな」


「魔王様にそんなこと言われたかねえな」


 危ねえもんを考えなしに振り回す子どもにゃ過ぎたおもちゃだ。もっと拳を鍛えて強くならないとな。


 とりあえず一発目だ。隙は小さく動きは早く。潜り込むように体を沈めて相手の顎を狙う。中身は何だか知らねえが人間の形をしているなら殴りやすくて助かる。


 低い姿勢からまっすぐに伸ばした左。やつはそれをたやすく手のひらで受け止めた。


「甘いな」


「やるじゃねえか」


 ヘタクソな防御だが、硬い体を生かした止め方だと思えばおかしくはない。ちょっとくらいはおもしろくなりそうじゃねえか。


 後ろから斬りかかったギアの剣をさばき、距離をとる。


「私を侮ってもらっては困るな」


「ほざけ。速度を上げるぜ」


 一発で当たらないなら十発。十発で当たらないなら百発だ。

 魔法が通る小さな隙間でいい。それさえ作れば、あとは魔法の扱いだけは一級品のルビーがなんとかしてくれるだろう。


「おらおらおらぁ!」


 ガードの上から幾度となく拳を打ちつける。


「優雅じゃないな」


「てめえを倒せるならなんでもいいんだよ!」


 硬い肌と言っても俺と同じようなもの。腕にわずかに傷ついた肌に、正確なギアの刺突が刺さる。引き抜くと同時に赤黒い血が噴き出す。


「やれ!」


「りょーかい! まとめて灰にしてやるから!」


 合図もなしにぶっ放す。飛び退いて何とか避けたが、ルビーのやつ、今小さく舌打ちしなかったか?


 燃え盛る炎が肌を焼く。これが直撃して無事でいられるとは思いたくない。


「ちっ、さすがに硬てえな」


 もう何年も感じていなかった拳の痛み。戦っているときは興奮しているから気にならないが、一度落ち着くとズキリと痛む。あいつの肌も魔力で硬質化しているのか。魔力ってのはやっぱり簡単に扱えるものじゃねえな。


「油断するな。消し炭にするまで安心できないぞ」


「怖えこと言うな。同感だが」


 黒々と上がっていた煙が少しずつ消えていく。黒と黒が混じってペントライトの姿はなかなか見えない。


「気をつけろ、まだやつの魔法は」


 何が出てくるかわからない、ってか。何が出てきてもぶん殴って壊してやりゃいいだろ。


 魔力の流れが変わる。ただの人間である俺やギアにもわかるほどの強大さ。だが、この感じを俺は知っている。思い出そうと思った瞬間、ペントライトの拳が俺の腹を捉えていた。


 元から黒かったペントライトの肌がさらにその深さを増しているように思える。


「マギノワール!」


「知っているのは貴様だけではないということだ」


「おもしれえじゃねえか。やっぱ戦いはこうじゃねえとな」


 腹に伸びた腕をつかんでペントライトを放り投げる。まったくあのじじい、秘術とか言いながら結構知られてるじゃねえか。まぁいい。単純な速度で俺に追いついてくる相手なんていなかったからな。格闘は身体能力だけじゃねえってことを教えてやるよ。


「おらよ!」


 大振りの右腕を誘いに使う。どんなにマギノワールで体の速さが上がっても反応速度は変わらない。こんなフェイントも戦いでは有効になる。相手も同じ速さならなおさらだ。


 体を逸らす。隙ができた腹に本命の左のまっすぐ。鈍い手ごたえが確かな威力を感じさせる。だが。


「やっぱ硬ってなぁ」


 拳ってのは体の一部だ。鍛えたところで武器のように簡単に手入れをしたり痛んだからと取り換えることはできない。


 だから一番硬い部分で体の柔らかいところを狙うわけなんだが、こいつの場合はそうはいかない。俺と同じで全身どこも硬化してしまっているから、格闘の基本中の基本が当てはまらない。


「どうした?」


「相手の心配してる暇があんのかよ」


 その歪んだ微笑みに早く一撃ぶち込んでやりたいところだ。


 だが、その前に聞いておかなきゃならないことがある。


「お前、もしかして人間か?」


「ほう、どうしてそう思う?」


「ニグリはマギノワールを使ったときだけ黒く変わっていた。てめえは最初からだったな」


 魔王なんて大層な名前をもらってやがるから勝手に俺とは違う何かだと思っていた。だが、よくよく考えれば今の俺だって何も知らないやつからすれば魔王と何も変わらない。異質な肌を持つ化け物だ。


 マギノワールを、そして体内に魔素を持つのなら、元はただの人間だったとしても、世界を相手に戦い、誰かを傷つける手段なんていくらでもある。


「マギノワールを使えるやつは俺以外に確実に一人いる。死んでるって聞いてたけどな」


「そうだ。私の体はすでに黒に染まっている。人ではない何かに変質した。長い時を生きるために必要だったのは、魔力を消費し続けることだった」


 魔力が体内に溜まりすぎれば暴発する。生きるために大量の魔力を消費する。そのために一番消費の大きなものは命を吹き込む召喚魔法。つまりこの大量のモンスターが生まれ続けるってわけだ。


 他人の迷惑なんて少しも考えずにな。


「魔力で変質した体はすでに人の寿命の鎖さえも断ち切った。貴様の体ももはや私と同質に近付いているだろう。永遠に朽ちることのない漆黒の体へと」


「てめえが生き続けている理由がそれか」


「その通りだ。貴様はマギノワールの痛みを感じるか? 答えずともわかるぞ。もはや痛みなどなく、ただの強化法術と同じように使っているだろう」


 反論のしようがない。まるで見ていたかのように言い当てられた。


 ここまで城を上ってくるためにもマギノワールを使い続けてきた。それでも痛みはほとんどないと言っていい。最初は歯を食いしばって何とか耐えていたはずの痛みだったのに。


 今も体には掌握した雷の魔法が全身を走っているはずだ。それなのに俺の体は何ともない。慣れただけだ。そう考えていたはずだった。


「私たちが生きるために必要なものは食事でも身の安全でもない。ただ魔力を消費し続けることだ」


 ペントライトの言葉は、俺にはできない、という意味を含んでいる。実際やつの真っ黒な唇が歪んで見えた。


「だから自爆しても体は平気ってわけか」


「治癒には時間がかかるが、無理ということはない。魔力を消費できるだけむしろありがたい話だ。貴様にはよくわかることだろうがな」


 黒い肌は普通の攻撃では傷つかない。裏を返せばその体を治癒させるのに必要な魔力は膨大だ。俺の体ももっと簡単にケガしてくれればいいんだが、実際はそうもいかない。

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