魔王、ペントライト

 近くのモンスターを蹴散らしながら進む。以前に調査で訪れたときと変わらずボロボロのままの城内には見上げるほどの大きな悪魔モンスターが待っていた。


「こいつ、昔燃やしたやつじゃん!」


「まぁ何もせずに待っててくれるわけないわな」


「こいつ倒すのめっちゃ大変だったんだからね! 黒いのは知らないだろうけど!」


 結局ルビーの中で俺の扱いはよくわからない黒いやつ、というところで落ち着いたらしい。もうなんでもいい。それより目の前のやつだ。


「非常に硬い体が特徴の強敵です。ルビーさんの魔法の時間稼ぎをお願いします」


 そう言いながらセレンは攻撃を防ぐ障壁をルビーにかけている。さすがに一度戦ったことのある相手だけあって手際がいい。


「つまりは攻撃が通ればいいんだろ」


 拳を固める。俺の体とどっちが硬てえのか知らねえが、俺の拳はそれより硬てえぞ。


 黒く染まった体、鍛えて固めた拳、そして気合を乗せていく。


 イメージする必要もない。貫く姿が見えた。


「邪魔だ。消えろ!」


 無駄にデカい図体。その腹の中心に渾身の一撃を打ち込む。ぶっ飛ばされたモンスターが壁をぶち抜いて地面に叩きつけられるのを見送った。


「次行こうぜ」


 見下ろした眼下でやつが立ち上がらないのを確認して振り返ると、まだ戦闘態勢をとったままの四人が俺を呆然として見つめていた。


 こんなところで止まってなんかいられない。ワンプの大地を傷つけた罪は、義賊団の仲間の思いも乗せてペントライトにぶち込んでやる。


「もはやどちらが魔王かわからなくなってくるな」


「ダマスカスがそんな冗談言うなんてな。褒め言葉だと思っとくぜ」


 あの堅物のことだから本気で言ったんだろう。そんなことは俺にだってわかる。短い付き合いじゃない。だが、今はいいじゃないか。世界が恐れた魔王と同じ力が今は味方に付いていると思えば。


 最上階を目指しながら、途中に出てくる四天王だか八王子だかを蹴散らしていく。どいつもこいつも大したことはない。一度はギアたちが倒してるんだ。もしかすると出来の悪い複製なのかもしれない。


「強いということはわかっていたつもりでしたが、これほどなんて」


「ちょっと心構えが変わっただけさ」


 俺はあのパーティではギアの言う通り足手まといだった。どこかで俺自身も役に立っていないという考えはあった。


 だが今は違う。俺は義賊団で役に立てるってことを経験した。持っている力の大小は関係ない。あるだけの力をぶつけてやれば少しでも助けになれるのだ。


 一度倒して復活してきた魔王だ。今回は二度と起き上がらないように細切れにするくらいは必要だろう。


 そうなると、ギアの頭脳、ルビーの火力、セレンの回復、ダマスカスの盾。すべてが必ず必要になる。


 俺はまっすぐ行ってぶん殴るしかできねえ。だがそれが通用する間は、こいつらの力を温存させてやることはできる。


 最上階の禍々しい扉も意に介せず殴りつけてやる。重い扉はよほど頑丈にできているようで、吹き飛ぶことなく開いた。


「よお、待たせたな」


 装飾の凝った大きなイスにでも座っているのかと思っていたが、ボロボロのままの最上階にそんなものはない。部屋の中央で際限なくモンスターが召喚されて外へと送り出されている。


 俺にそっくりな黒い肌。確かにどっちが魔王かわからないってのもあながち丸々冗談ってわけでもなさそうだ。体内に魔素があって永久的に魔法を使うことができるというこいつは、ギアにとっては仇敵以上の怒りが湧いていそうだ。


「また来たか。私は死なぬ。何度来ようと同じことだ」


「ならばそれすら叶わないほどに切り裂いてやろう」


 剣を構え、ギアがペントライトを睨みつける。俺だったらもう飛び込んで殴りつけている。怒っていても冷静だ。こうして外から見ると、こいつがリーダーになっていて本当によかったと思える。


「まぁいい。少し遊んでやろう」


 差し出された手から闇が漏れる。ただの塊だった闇がオオカミのような動物の形になって襲いかかってくる。


 闇の魔法。魔術師は炎、水、風、土、雷、氷の六種類のうちから一つを変換できることがほとんどだ。だが、ごく稀に光、あるいは闇を扱う魔術師がいる。勇者候補生にも一人か二人しかいなかったはずだ。


「魔王って呼ばれてんだからそのくらいはできないとな」


「新顔か。闇に実体はない。触れることすら叶わぬ」


「気合とイメージだ。当たると思ってりゃなんでも当たるんだよ!」


 闇のオオカミの鼻っ面をぶん殴る。霧が晴れるようにオオカミの姿が消えていった。屁理屈や御託はいらねえ。やりゃいいんだよ。


「なるほど、私の魔法を砕いたのも貴様か」


「さぁな。ここで試してみるか?」


「無論だ。ここまでたどり着いておいて生きて帰ることができるなど思っていないだろう?」


「そいつは俺のセリフだな!」


 今日ここにてめえの墓標を立ててやる。ぐっと握った拳の感触を確かめる。飛び込もうとしたところでギアの声が俺の足を止めた。


「下がれ。ここからは俺の指示に従ってもらう」


「今いいとこだろ。一発殴らせろよ」


「闇の魔法に対処するのは難しい。お前はオオカミの影を消せ」


 ちっ、しかたねえか。ここで突っ込んで隊が割れても困るってことか。


 義賊団はそういう戦略なんてものはなくて、とにかく見敵必殺の散兵だらけだからな。ケガしたらそのとき考えるってことが多い。あれで死人は出ていないんだから引き際だけはわかっているみたいだが。


 今もワンプで戦っているあいつらのためにも早くこいつを押さえないとな。


 そう思っている間にもペントライトの手からは闇がこぼれ続け、形を成していく。よく飽きないもんだと思うが、体内に魔素があるなら話は別だ。


 体の中から湧き出てくる魔力は放っておくと溜まっていくばかりに感じられる。ああやって俺も外に出すことができるならどんなに楽だったろうか。


「さっさと倒し方考えてくれよ」


「今度は蘇る余地もないほど消してやらねばならんな」


 その計画はてめえの頭ん中にしかねえぞ。早く考え出してくれよな。


 闇の形は少しずつ変化していく。オオカミの鋭い動きが捉えられると分かれば、魔力の濃度を上げて硬く変化した。それも打ち破られると分かると、今度は触手のような腕が生えてきて俺の攻撃を防ごうとうごめき始めた。


「だんだん気持ち悪くなってきたな」


 モンスターなんだからそれでいいような気もするが、ここでずっと相手をしていると頭が痛くなってきそうだ。

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