四章 拳で壊すもの、拳で救うもの

約束の守り方

「それじゃ行くか」


「お前が仕切るな。俺が先導する」


 ギアに引っ張られ、隊列の後ろに下がる。こうしてゆっくりと街道を歩くのも久しぶりだ。最近はどこもかしこも走り抜ければ一瞬の距離だったからな。


 これだけの数とともにっていうのも久しぶりだ。アジトには仲間は出稼ぎに出ていて、いつもいるのは俺とキラだけだった。そのときは俺も慣れない仕事をさせられていたせいで、あまり話もできなかったしな。


「でさー、本当にこいつ役に立つの?」


「てめえはさっきの見てなかったのかよ」


「だってギアは木剣だったじゃん。本気じゃなかったし」


 ルビーの噛みつきを受けて、俺はやれやれと言葉を返す。せっかく俺が感慨深く歩いているっていうのにこいつときたら。


「それでも昔より強くなってるだろ」


「昔とか言われても知らないし」


 俺はもちろん、もうギアもセレンもダマスカスも説明してやったっていうのに、こいつは未だに俺のことを知らないやつだと思っている。名前を忘れていても不思議じゃないようなやつだが、どうしても過去の俺と一致しないらしい。


「もういい。諦めろ」


「だってギア!」


 今のはたぶん俺に言ったんだと思うぞ。そりゃ三年前と比べれば肌の色がちょっと変わっているかもしれないが、そろそろ気付いてもいいだろ。


「苦労されてますわね」


「これも女の扱いに含むのか?」


「どうでしょうか。あのギアさんでも手を焼いてますからね」


 まぁ戦闘になればあれでも頼りになるからな。一人だけ火力が違う魔術を好き放題ぶっぱなすんだからな。こっちは避けなきゃならないから大変なんだが、それを差し引いても強いからギアも扱いに困っている。


「ダマスカスは相変わらずだしな」


「頑固な方ですから。だからこそ頼りになりますわ」


「俺としてはあいつから守ってほしいくらいだ」


 騎士のダマスカスは俺たちより一回り歳が上ということもあって、こうして無駄話に付き合うことはない。ギアに言われたことを淡々とこなす仕事人だ。つまりこういうときにはまるっきり頼りにはできないってことだ。


「これから魔王城に行くってのになぁ」


「前と違って地方のモンスターを倒して回らなくて済むんだ。すぐに終わる」


 さすがに一度倒しているやつは余裕が違うな、なんて言ったらまた渋い顔をするだろう。俺に魔法部隊をぶち破られて、さっき殴られた頬は違和感が残っているはずだ。いくらギアでも簡単には切り替えられない。


 まだうだうだと文句を言っているルビーを全員が無視して、ようやく疲れたルビーが黙ってくれるようになった頃、ワンプの大地が見えてきた。


 ここに帰ってくると落ち着くような気がする。もうすっかりエネットに次ぐ俺の故郷と言ってもいい場所だ。


 また数日が経ったが魔王の大型魔法で新しく大地に傷ができているようなところはない。まぁ当たり前だ。約束はしっかりと守られている。


「時間はかけたくない。本来なら荒野側に回って被害を小さくしたいところだが」


「被害を出さなきゃいいんだろ。全部ぶん殴ってぶっ壊すだけだ」


「お前には大型魔法の破壊を頼む。外すなよ」


 外したら被害甚大だからな。このワンプにもう手出しはさせねえよ。改めて身を引き締めてワンプの湿地に足を踏み入れる。それと同時に聞き慣れない鳴き声が出迎えてくれた。


「そういやこないだモンスターが出てたんだったな」


 何匹か倒した覚えのあるワニのモンスター。この間見たときよりも数が増えている。魔王の力が徐々に戻っている。というよりも強くなっていると見た方がいいんだろうか。


「ま、物の数じゃねえな」


 何匹出てこようが関係ない。全部まとめてぶん殴るだけだ。隊列から躍り出て、一番近い一匹の顎を砕く。そのまま次へと移る。ルビーが杖を構えた頃には二十匹のモンスターが転がっていた。


 そういやルビーとダマスカスにはマギノワールはまだ見せてなかったな。俺の速さに愕然として言葉も出ないって感じだ。


「隊を乱すな。と言いたいところだが、緊急事態だからな」


「あぁ、ザコに時間はかけてられねえ」


 目に見えるザコを片っ端から片付けつつ進んでいく。それにしても数が多い。一匹一匹は弱いといっても地面を埋め尽くそうとするほど出てこられると話は別だ。あくまでこっちは五人のパーティ。数が増えると足も鈍る。


「ギア、隊を分けろ」


「分けたところでこの数じゃ両方足止めを食らうだけだ」


 クソが、衛兵たちじゃ進行が遅れるからと連れてこなかったのは間違いだったな。いくらギアとはいえこんな数の力で行く手を阻んでくるのは予想ができなかったんだろう。少なくとも三年前より小賢しくなっている。


「大型魔法の対応策ということだろうな。一発の発動に時間のかかるものに対抗するなら数によって的を増やせばいい」


「冷静に分析してんじゃねえよ」


 それより打開策を考えてくれ。こういうときに頭を使うのは昔っからてめえの役目だろうが。


「おらぁ!」


 俺の後ろで何かを叩きつける音がする。剣じゃない。剣だとしてもギアやダマスカスの持っているような切れ味の鋭いものじゃない。


「よ、ユーマ。苦戦してるな」


「マンガン! 何やってんだよ」


「何って。俺たちの仕事はワンプを守ることだろうが」


 それはそうだけどよ。ちゃんとモンドにみんなを守るようにって約束したはずなんだが。


 そのモンドはどこだよ、と聞こうとした矢先、俺の真横を衝撃波が駆け抜けた。巻き込まれたモンスターたちが舞い上がって飛んでいく。


「おい、モンド。なんで全員出てきてんだよ。仲間を守るってのはどうした?」


「守ってるだろうが。実際誰も死んでないぞ」


「そういう問題かよ」


 屁理屈をこねるのはギアだけで十分なんだが。俺の呆れた顔を見て、モンドはにやりと口を歪ませる。


「俺様は仲間を守るって言ったんだ。お前も含めるに決まってるだろ。ここは俺様たちに任せて、お前らは行ってこい」


「ちっ、カッコつかねえな。助かる」


 目の前のモンスターをぶん殴る。後ろのやつも巻き添えに吹っ飛ばして道を作った。


「おい、ギア! 行くぞ!」


「先導するなとあれほど。やつに続くぞ!」


 俺が強引に開けた道に続いてギアたちが走ってくる。義賊団の仲間もいくらかついてくる。それもモンスターの群れと戦いを挑んで少しずつ離れていった。フォートの跡地を抜け、魔王城の側に辿り着く。ザコは仲間に任せてきた。心配ない。モンドは必ず約束を守る。


 魔王城はひまわりのように天に向かって高く伸びている。こんな禍々しいひまわりはごめんだが。


 広がっていた薬草地帯は残っているようだが、このままだとモンスターたちに踏み荒らされて消えてしまうのも時間の問題かもしれない。


 俺たちがとっとと倒せば、この薬草たちを育てた魔素の存在も確認できるだろうか。

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