剣と拳の鍔迫り合い

 宮殿内を進む。兵士の詰め所を通って奥に進むと、屋内なのに柔らかい土の床になっている一部屋があった。兵士が訓練するための場所だ。


 とはいっても魔法部隊が新設されたことで兵士というより街を巡回する衛兵がほとんどのようであまり使われているような気配はない。


「本気でやるわけにもいかない。有効部位に三度攻撃が当たった方の勝ちだ。構わないな?」


「ま、いいだろ。時間もないしな」


 ギアが壁にかけられた木剣に手を伸ばす。


「ちょっと待った。別に俺には剣なんて通じねえ。真剣でいいぜ」


「バカを言うな。訓練で真剣を使う流派がどこにある」


「固っ苦しいやつだな」


「お前と違って常識があるだけだ」


 本気じゃなかった、なんて後で言い訳されても嫌だが、しかたねえ。とっとと魔王を倒して、こっちの決着もつけたいところだ。


 普段持っているものよりもやや太いが、木剣の影に身を隠すように構える姿は懐かしい。衰えているような印象は受けない。貴族の中で生まれ、他の家を出し抜くために鍛えた剣技は変わっていないように見える。


 だが、それはまだ構えだけだ。本当の技が見られるのはこの後、剣を振るい始めてからだ。


 俺はギアに向かって半身になって両腕を挙げた。たとえ当たっても痛くもなければ傷もつかないとしても、攻撃をかわし、受け流すのが拳で戦う者の技なのだ。


「使わないのか?」


「てめえだって木剣じゃねえか」


「お前の価値はその魔法だろう」


 なにもわかってねえなぁ。なめてもらっちゃ困るぜ。マギノワールはあくまでも補助に過ぎない。もしも俺と同じ速さで動けるやつがいたとしても、動きが素人ならまともに拳は当たらないだろう。


 所詮はこんな小さな塊でしかない。一度放った拳は相手に当たるか完全に外さない限り止まらない。


 敵にこの拳をぶつけるたびに俺は拳の当て方を知る。狙ったときに当たるイメージを頭と体に植え付ける。後は気合で補ってやる。そうして強くなっているのだ。


「見せてやるよ。俺だってワンプで遊んでたわけじゃねえんだ」


 高速での戦闘は俺の思考にだって負荷はかかる。それをずっと続けてきたんだ。マギノワールがなくても、戦えるってことを教えてやらないとな。


 俺の動きを見ようと守りに入っているギアに、牽制をかねた左を打ち込む。リーチの差は大きい。守っている相手の懐に入るには勇気と相手の動きを見る必要がある。何度も繰り返してきた経験は嘘をつかない。


 誘われた木剣が俺の左側にわずかに傾く。すぐに体を回して右足からギアの左に踏み込んだ。


 距離がなくなる。ここなら俺が有利だ。双拳の連撃は簡単には剣ではさばけない。


 左、顔を逸らしてかわす。右、左腕で受ける。崩れた体にボディを狙って左。


 捉えた、と思ったが、体を後ろに飛び退かせている。威力は半分以下だ。


「動きが硬いな」


「数秒で終わっては立場がないだろう?」


「言ってくれるぜ」


 踏み込んで追撃、の前に膝が飛んでくる。そういやそうだった。こいつの強さは剣に頼りきりじゃないことだ。常に一番使えるものを使う。そのためには右手で剣を握りながら蹴りだって飛んでくる。


 それに比べて俺は拳一辺倒だ。肘や腕も使うが基本的には強く握って固めた拳を相手にぶつけることしか考えていない。困ったら根性でどうにかしてきた。今はそれに加えて気合とイメージだ。そりゃギアも嫌な顔をするさ。


 戻す膝について体を前に進める。真正面からの攻撃は効果が薄い、なんてギアは考えているだろう。だったら薄まろうが関係ない威力でぶん殴るだけだ。


「おっらぁ!」


 マギノワールはない。手加減はいらない。


 ギアの顔面にめがけて全力で拳を叩きつける。あと少しで届く。そのわずかな隙間に木剣が割り込んだ。


「ちぃ!」


 舌打ちはギアのもの。今の俺はガードされたくらいじゃ諦めない。ガードされたらそれごとぶち抜くイメージで殴ればいいだけの話だ。


 俺はこいつの顔面を叩きたい。だったらそのわがままを通すために、木剣おまえにどいてもらうだけだ。


 派手な音と同時に弾けるように木剣が真っ二つに折れる。それでも止まらない俺の拳がギアの顔面を捉えた。


 救国の英雄が地面に倒れ伏す。その姿を衛兵が驚いて動けないまま見つめていた。ルビーだってセレンだってダマスカスだって、こんな風にギアが倒れたところを見たことなんてないだろう。


「なぜ拳を下ろす? まだ一撃だぞ」


「木剣が折れちまっただろ」


「お前は敵の武器がなくなったら攻撃を止めるのか? 訓練にならないだろう」


 地面からようやく顔を上げただけってのに、よくそこまで強気でいられるもんだな。だが、その顔色は明らかに怒りを含んでいる。それだよ。負けて悔しいって顔を俺は見たかったんだ。


 セレンが法術を唱えてギアの傷を癒す。それを振り払ってギアは新しい木剣を手にとった。


「続けるぞ」


「やっぱりそんなおもちゃじゃ面白くねえよ」


「いいだろう。なら望み通り」


 ギアが腰の剣に手をかける。それを制するようにダマスカスがギアの右腕を捻り上げた。


「そこまでだ」


「離せ!」


「熱くなるな。本当に倒すべき敵は他にいるんだ!」


 寡黙なダマスカスがここまで言うとなると、さすがのギアも黙らざるを得ない。ギアは俺の方を睨みつけたまま、手にとった新しい木剣を壁かけに戻した。


「この勝負は預けるぞ」


「望むところだ。とりあえず俺の実力に問題ないことも証明できたしな」


 まずは魔王の方が先だ。どうせギアとは倒した後でも戦えるしな。


 俺は拳を払う。そこにセレンの大きな溜息が聞こえてきた。


「どうしてユーマさんは人の気持ちを分かっているのにそういうことをするんでしょうか」


 他にやり方を知らないからだよ。ギアが効率にこだわるのと同じで、俺はこういう不器用なやり方しかできないんだ。


 赤くなった頬を擦りながら作戦の確認をするギアを見ながら、意外にあいつと俺にも似たところがあるのかもしれないなんて思っていた。

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