乙女の夢は殴れない
「別に急に消えたりはしないさ。俺は死に急いでいるわけじゃない」
「だったら危険なところに行かなくてもいいじゃないですか。さっきの魔術師さんの魔法ならきっと勝てますよ」
「そういうわけにはいかねえ。俺の手で倒さなきゃ意味がねえんだよ」
「やっぱりそうやって自分一人で先に行っちゃうんですから」
俺はやりたいようにやっているだけだ。モンドを連れて帰ってきたのも、これからペントライトを倒しに行くのもすべて俺のわがままでしかない。
やっぱり俺にはリーダーなんてのは向いていない。自分のわがままを突き通しているやつについてくるのは骨が折れる。相当なお人好しか物好きだけだろうな。
「たまには私にだって頼ってください。一応法術だって使えるんですよ。セレンさんほどじゃないかもしれませんけど」
「知ってるさ。それでもやっぱりお前には戦場には出てほしくないんだよ」
「私だって役に立てるはずなんです。ユーマさんは過保護です」
それはこんなところにいるからそう思うだけだ。この世界に住んでいるほとんどの人間は戦いなんてものは忌避するもの。野蛮なものだと思っている。魔王の恐怖に恐れながらも目の前の生活に追われて自分ではない誰かが倒してくれると盲目的に信じていた。
だからこのアジトの中で何もしないで待っていることを不満に思ったことなんてない。むしろそうしていてくれた方が安心できる。
戦場は必ず誰かが傷つく場所だ。この黒い肌を持つ俺でさえ、戦い続ければ俺より強いやつが現れるかもしれない。そんな場所だ。
そんなところに自ら行くやつなんてバカだけだ。だったらそれは俺だけでいい。誰かの背中を追ってまで行くような場所じゃない。
「本当に助けが必要だったら隠すようなことはしねえよ」
「ユーマさんが助けを求めるときなんて想像できませんよ」
「だったら信じて待ってろよ。俺がちゃんと帰ってくるようにな」
それだけで俺には力になる。法術による戦闘補助なんかよりも俺にとっては何倍も。ここにいる誰にも欠けてほしくない。それも俺のわがままだ。だからそれを押し通すために俺は戦いに行くんだ。
「ユーマさん。そろそろ参りましょう」
「あぁ、わかった。すぐ行く」
待ちくたびれたのか、セレンが俺の部屋に顔を出す。それと同時にキラの表情がぶすっとして口先が尖った。
「そんな顔しないでください。別にユーマさんをとったりしませんわ」
「そ、そんなこと思ってないです!」
「素敵な方に囲まれてユーマさんが羨ましい限りですわ」
ほら見てろよキラ。これが大人の対応ってやつだぞ。ここは俺を含めて中身が子どものやつらばっかりだから見慣れないけどな。
「んじゃ、ちょっと片付けてくるわ」
「絶対に帰ってきてくださいね」
「あぁ、そのくらいの約束なら簡単だ。守ってやるよ」
俺だってくたばってやるつもりはない。モンドとも約束している。またここに帰ってきて全員でバカみたいに必死に生きる。それが俺の生き方だ。
「絶対ですからね!」
ダメ押しするキラに大きく拳を天に突き上げる。この拳に賭けたっていい。
「さて、じゃあ行くか」
「はい」
またセレンを抱きかかえてやろうとすると、小さく手を払われる。それはちょっと傷つくぞ。
「ユーマさんはもう少し乙女心を理解できるように努力すべきですわね」
「なんだよ、急に。男ばかりの生活なんだからそんなもんわかるわけないだろ」
「あら? 意外とわかっていらっしゃるんですわね。罪作りな人」
思わず視線を逸らす。そんなことすればバレバレだ。キラの気持ちに気がつかないほど俺も鈍感ではいられなかった。
それでも相手はエルフだ。最後にこっちが悲しむのならまだしも、残されるのは向こうなのだ。キラはまだ若い。歳は少し下なだけだが、長命種なら赤ん坊と大して変わらないくらいの歳だ。だったら気の合うエルフの相手もいつか見つかるだろう。俺に固執する必要はないのだ。
「普段はまっすぐ行くばかりでしたのに、こういうところは臆病なんですね」
「そういうことにしといてやるよ」
「他のことはまっすぐやりたいようにやる人ですのに。拳以外で人を傷つけるのは嫌がるんですね」
そういうセレンは戦いでは癒しと守りが担当のくせに、こういうときには容赦なく痛いところを突いてくる。その性格があるからあのギアともなんとかうまくやっていけたんだろう。
「さて、そろそろ気分もよくなってきましたし、急いでウェルネシアに参りましょうか」
「俺をいじって気分を変えるなよ」
「乗り心地が悪いですからね。ああいう風に抱きかかえられるのは女の子の憧れですけど、ユーマさんは荒れ道を行く古い荷馬車よりひどいものでしたわ」
「夢を壊して悪かったな」
俺の知る限り、今の俺より速い生き物は見たことがない。それでも駄載獣のように乗るのに適した背中もない。そりゃ乗り心地は最悪だろうな。
「これからウェルネシアに行く間は我慢しますが、ちゃんと勉強しておくといいですわ」
「気が向いたらな」
こんな体でいまさら誰かを口説くつもりもない。俺自身の命すらいつまで持つかわからないのだ。誰かに使ってやれるほど俺の人徳は高くないつもりだ。
セレンを抱え上げる。せめてアジトに帰るときよりは居心地よくしてやろう。実際にできるかはわからないが、気合があればなんとかなる。俺は今までもそうやって来たんだから。
「んじゃ、酔いそうになったら言えよ」
「言ったら止まってくれますか?」
「急停止して振り落とさないようには努力する」
「それなら我慢します」
そうしてくれると助かる。俺自身はなんともないから一度も気にしたことがなかったが、やっぱり一気に加速して急に止まるっていうのは普通の人間の体には負担がかかることなんだろう。
とはいえ急がないわけにもいかないからな。セレンには我慢してもらおう。こっそり法術で自分を癒していたりするのかもしれないな。
少し柔らかいワンプの土も俺の足にはよくなじむ。セレンには悪いが速度は落ちそうもない。
沼地から街道を一気に駆け抜ける。途中でいくらかの旅人を見つけて視線を避けるように道を変えた。最近は平和になって市民も旅行として街を行き来することも増えた。それをまた恐怖で止めようとしている輩がいる。
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