魔法をぶん殴れ

「いいか。よく見とけよ。こんなもんはな!」


 マギノワールによってつかんだ雷が全身を走り抜ける。それと同時に俺は拳を強く握って、地面を蹴り込んだ。


「思いっきりぶん殴って、ぶっとばしちまえばいいんだよ!」


 真っ黒な拳を真っ赤に燃える炎に叩きつける。


「バカな! それは魔法で生み出した炎だぞ! 殴れるわけがない」


「殴れると思えば殴れるんだよ。気合とイメージだ!」


 炎だってこの世界に存在しているんだからどこかに殴れるだけの粒みたいな何かは存在しているはずだ。そこを殴ったことにすればいい。


「それじゃ、返すぜ!」


 拳を振り切って飛んできた方向に魔法を打ち返す。とはいってもぶつけるわけにもいかねえからな。できるだけ何もないところに返してやる。それでも同じように大地が抉れ、吹き飛んだ。やっぱりこれは危険すぎる。荒野の方にぶっとばせばよかったか。


 目の前で起きた信じられない事実と、降り注ぐ土で一瞬にして魔法部隊は混乱の渦に飲み込まれる。自分の力が返ってくるとこういうことになるのだ。それほど大きな力を振るっていることに気がついていなかったのか。


 俺は努力と仲間のおかげでこの力を手にすることができた。少しずつ強くなってきたつもりだ。拳を痛め、体を傷つけながら少しずつ積み上げてきたものが、この硬く壊れない拳だ。


 マギノワールを手に入れたときは一気に飛躍したかもしれねえが、そのときにはもう強くなることの責任の重さを理解していた。


 自分が持つ力の大きさはそのままその責任の重さになる。あれだけ大きな力を使っておきながら、返されただけで子どものように慌てふためいている。自分たちの使っている力を理解できていないってことだ。


 蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた魔法部隊を目で追うことすらせず、ギアは俺の真っ黒な姿を睨みつけている。さすがに落ち着いている。


 その心を支えているのが、その腰に差している剣だということにどうしてこいつは気がつかないんだろうか。魔法を使えなかったお前をここまで押し上げてきたのはそれを振って敵を斬る技術だ。


 だからお前はこうして政府の要人になって、魔法部隊なんてたいそうなものを作ってもまだそこにそいつを置いているんだろう?


 俺がどんな力を手に入れようと、この拳を一番信頼している。同じようにギアにとっても一番信用できるものは、共に戦ってきたその剣のはずなんだ。


「ほら、どうした? 自慢の魔法部隊はもう終わりか?」


「貴様ぁ!」


 ようやくギアが剣をその手にかける。


 勝った。俺のわがままを押し通して、やつを改心させた。


 そんな気分に浸る間もなく、轟音がワンプの大地を響き渡った。


「なんだ!? まだ隠してたのかよ!」


「違う! 今のは向こう、魔王城からだ」


「バカな。そんな話聞いたことねえぞ」


 魔王があんな巨大な魔法を使ったら、今頃ギアだって生きてはいないだろう。さっきの魔法部隊とは違う。黒い闇が刃となって切り裂くように振り下ろされた。肉を骨ごと断つような一閃が緩く湿った大地に大きな傷跡として残っている。


「おい、ギア! 緊急事態だ。知ってることを全部話せ」


「……俺たちが魔王を討伐したとき、いや今またここにいるということは討伐したと思ったときか」


「前置きはいいからさっさと話せよ」


 ギアはまだ言いたくなさそうに口元を撫でたが、俺が急かすのをしかたなく聞き入れたように話し始めた。


「お前が受けた黒い風を覚えているか?」


「忘れられると思うか?」


 俺の全身を焼き払ったあの忌々しい炎のような風を忘れられるはずがない。その黒は俺の体にこうして残っている。


「魔王ペントライトは追い詰められたときに、全身に溜まった魔力を解放した」


「お前が魔力勁路から魔力を流し込んで内部から破壊したんだろ。その話は聞いた」


 頭の回るギアのことだ。よく思いついたと思う。俺なら一生かかっても気がつかないだろう。そのまま殴り続けて勝つだけだ。


「その話は半分本当だ。内部から破壊されたことは間違いないが、それを選択したのはペントライト自身だった」


「自爆したってことかよ」


「あるいは道連れを狙ってかもしれないな。俺にもあんなことは予想外だった。フォートから兵士たちを逃がしておいたのは正解だった」


「その道連れ自爆と今の攻撃にどんな関係があるんだよ」


 今の話はどう考えても大型魔法とは繋がらない。いや、頭のいいやつにならそれでわかるのかもしれないが、少なくとも俺にはさっぱりだ。


 どうして頭のいいやつは小難しく考えて遠回しな言い方をするんだろうな。もっとまっすぐ殴りつけるようにガツンと答えを言ってほしいもんだ。


 ギアの方は俺とは反対に今の説明で答えのわからない察しの悪さに嫌そうに顔を歪めている。最低限の説明で理解しないのは効率が悪いとでも言いたげだ。だから昔っからこいつとは反りが合わないんだ。いまさら変わるわけもないからしかたない。


「魔法部隊を使った大型殲滅魔法は俺がその自爆からヒントを得て生み出したものだ。大量の魔力を集結させれば威力は大きくなる。そのために多くの魔術師が必要だった。そしてそれをやつは一人で行使できるということだ」


 つまりギアと同じようにこれからの戦争ってやつは大型の魔法を使った撃ち合いになるって魔王も考えていたってことか。まったくどいつもこいつもどうして自分の体を信じてやれないんだ。強くなる意志さえあればいくらでも強くなれるはずなのに。


「ってことはさっきみたいなのが何度も飛んでくるってことか?」


「やつの体内には魔素がある。体内から無限に湧き出てくる魔力がどれほど強いかはお前が一番知っているだろう」


「ならとっととぶっ倒さねえと尋常じゃない被害が出るぞ」


 あれだけの人間がかかわってようやく撃てる魔法だ。いくら魔王ペントライトといっても連発できるものじゃないはずだ。それでも何発も撃たれたらあっという間にワンプは荒野になってしまう。


「それより人間の安全の確保が先だ。こちらの部隊は一度退かせてやる。お前も賊を一度どこかに隠せ。空のアジトを奪うような真似はしない」


「んなこと言ってもいつ飛んでくるかわかんねえんだぞ」


 逃げてる背中からあんなもんが飛んできたらどんな被害が出るかわかったもんじゃない。アレも殴り飛ばせばいいんだが、結局どこか別の場所が傷つくだけで解決になっていない。原因からぶっ飛ばしてやらなきゃならない。


「わかった。お前はあの魔法を警戒して、来たらはじき返せ。その間に俺が避難させる」


「そんなこと言ったって俺が残るって言ったらあいつら簡単には動かねえぞ」


 あのバカみたいにデカい魔法を目の前で見ても、誰一人として逃げ出すやつはいなかった。敵うはずなんてないとわかっていながら、だ。


「面倒なやつらだ。とにかく俺は部隊を退避させる。動かないやつらはその後だ」


 あいかわらず効率重視だが、切羽詰まった状況で冷静でいてくれるのはありがたい。あとはこういうときに嫌でも従いたくなるくらいのリーダーシップのあるあいつがいてくれればな。


 まったくいつまでヘコんでんだよ。こういうときに帰ってきてほしいのに。いないやつのことを愚痴ってもしかたがない。魔王城の方角を睨む。次は全力であそこまでぶっ飛ばす勢いで殴ってやる。


 魔王城が一回り大きくなったように感じる。闇が包み込むように生まれている。


「来るか」


 拳を強く握る。イメージしろ。あの闇の刃を砕いて拳を突き上げる自分の姿を。


「やってやるぜ!」


 さっきより遠くまで。思いを込めて叫ぶ。

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