全面戦争

 アジトにはまだギアたちの魔法部隊は来ていないようだった。一人抱えていたところで俺の速さについてこられるわけはないが、近くに遊撃部隊を残しておいたってわけではなさそうだ。あいつにしては詰めが甘いな。魔法部隊ができて落ち着かないらしいな。


 どうやら魔王軍の侵攻は収まっているらしい。草原にもモンスターの死体が転がっているような様子もない。


 アジトの入り口ではキラが待ち遠しそうに辺りをキョロキョロと窺っているのが見える。あの様子だと義賊団の方も被害は大きくなさそうだ。


 俺の姿に気がついたキラが手を振って駆け寄ってくる。なんか犬みたいなやつだな。そう思ったのも束の間、一気に顔が険しくなったかと思うと、俺とセレンを見比べて頬を膨らませた。


「ユーマさん、おかえりなさい。その女の人は誰ですか!」


「あぁ、昔パーティ組んでた法術師のセレンだ。俺と違って魔王討伐した本人だぞ」


「そういうことを聞いてるんじゃないです!」


 なんだよ、急に。モンドがいなくて怒ってるのか? と言おうとしてやめた。理由はわかっているんだ。自分をごまかしていてもいけない。


 ただそれを言葉に出せるほど俺も便利にできてはいない。どんな強敵でもぶん殴るならやってやれるのに、こういうことはうまくいかない。


「モンドならちゃんと後で来るさ。俺はまだあいつを裏切っていない。だから必ず来るさ」


「ユーマか。兄貴は?」


「ちょっとやることがあるらしい。そのうち来るだろ。モンスターの方はどうだ?」


「あのデカい魔法にビビったのか全然こねえな。おかげで体がなまるぜ」


 思ったより楽だったみたいでよかった。まぁあのワニやらヘビやらに負けるようなやつはうちにはいないがな。


「ならちょうどいい。これから暴れてもらうぜ」


「なんでだよ?」


「あぁ、ギア。政府のあいつにケンカ売ってきたからな」


「なにやってんだよ、ユーマ」


 しかたねえだろ。あいつの頭が固すぎて殴って柔らかくするしかなかったんだよ。料理でも肉を叩くと柔らかくなるだろ。アレと一緒だ。


 おそらく魔法部隊が来るのは早くても明日になるだろう。身体能力を強化するのは法術の領域だ。


 魔力の掌握を発現したのは魔術師ばかりだった。どうやら法術師にはならないらしい。元々魔術が得意なドルイドの生み出した技術だからだろう。そうじゃなきゃセレンも旅してまわる必要もないだろうしな。


「そういやそのきれいな女の人は?」


「昔パーティ組んでたセレンだ」


「なんだよ、ユーマ。ウェルネシアまで行って女連れてきたのかよ」


「だから昔の仲間だっての。ウェルネシアに入るのに協力してもらったんだよ」


 キラといい、お前らまったく人の話を聞かねえな。迷惑をかけたからこうしてかくまうために連れてきたはずなんだが、うるさくて逆に面倒を増やしただけのような気がする。


 あの場に置いていくわけにもいかなかったから他に手はなかったとはいえ、こいつらあんまり女に耐性ないからな。


「ってか政府とケンカするってことはこないだのアレが来るってことか?」


「そうだろうな。どれだけの数で来るかはわかんねえが」


「あんなもん食らったら、耐えられるのはユーマだけじゃねえか!」


 そりゃ大地を抉るほどの威力だからな。ルビーじゃあるまいし、いくら冷静さを欠いているとはいえあのギアが何の考えもなしにぶっ放しはしないとは思うが、頭に血が上っている今なら何をしだすかわかったもんじゃない。


 あのモンドですらあんなに変わってしまっていたんだ。三年という時間は人を変えるのに十分すぎる力がある。


「そんな顔すんなよ。誰も逃げねえよ」


 不安が顔に出ていたろうか。にやりと不敵に笑いながら、チタンは俺の肩を叩いた。


「ユーマが俺たちを裏切らない限り、俺たちもユーマを裏切らないんだろ? お前の口癖じゃねえか」


 そんなに言ってるか? 誰かに言われると、結構こっぱずかしいセリフだな。それは俺の信条であって誰かにも強要するつもりはないんだが。


「俺たちは金剛義賊団。兄貴が帰ってくるまで死んでもここから離れねえよ」


「誰も殺させねえさ。俺たちも政府のやつらもだ。俺たちの敵は新政府じゃねえ。あの塔のてっぺんでデカい顔してる野郎だ」


 とっとと片付けて、本物を叩いてやらねえとな。


「悪りいが、全面戦争の形になった。今回ばかりは死ぬかもしれねえ。怖いと思うなら逃げといてくれ。終わったら帰ってきてくれると助かる」


 義賊団の全員を集めて現状を確認する。大見得切って出ていったのに連れてきたものはモンドじゃなく、セレンと敵の最新鋭軍隊だって言うんだから笑い話にもならない。


 ただそれでも笑い飛ばすのがこの金剛義賊団だ。


「おもしろい話じゃねえか。たまには俺たちにもいいカッコさせろよ」


「おう。魔法の一発や二発、気合で耐えてやるよ」


 どれほどの強がりなのかわかったもんじゃないが、ここは甘えさせてもらう。相手が何をしてくるかわからないんだからな。だが、誰も死なせたりはしない。巨大魔法だろうがなんだろうが、当たらなければいい話だ。


 誰一人として逃げ出すやつはいなかった。せめてキラだけには逃げていてほしかったんだが、言い出す前に無言の圧力で断られてしまった。せめてアジトの中でおとなしくしていてほしいところだ。


 あんな魔法の前には下手な防壁を作ったところで役に立たない。やつらが来るまで目いっぱいうまい飯を食い、しっかりと休んで到着を待った。


 ギアが言っていたことは脅しでもなんでもなかった。元よりやると言ったらやるやつだ。宣言した通り、魔術師の大隊を率いてやってきやがった。情け容赦ないって言葉はこいつのためにあるようなもんだ。


「さぁ、見せてもらいに来たぞ。お前の気合というものが俺の人生をかけた研究の成果を越えるなどというバカげた妄言を」


「必死の研究の成果がその手じゃあ浮かばれないよな。その腰に差した剣が泣いてるぜ」


「戯言はそこまでだ。俺は何度もお前に情けをかけたつもりだ。それをお前はことごとく無視してきた。その結果、自分と仲間を失うことになる。後悔しろ」


 ギアが手を挙げると同時に魔法部隊が一斉に詠唱を始める。みるみるうちに大きな火球が上空に生まれ始めた。


「おい、ユーマ! 止めないとマズいぞ! お前の速さなら邪魔するくらい簡単だろ!」


「そりゃできるさ。余裕でな。だけどな、これはケンカだ。戦争じゃねえ。俺は勝つために戦うんじゃねえ。俺のわがままをあいつに押しつけるんだ」


 だったらやることは決まっている。俺が魔法部隊をかき乱しても勝ちにはならない。真正面から戦って、俺の拳がそうやって集めた魔法よりも強いってことを証明するのだ。


 イメージしろ。勝っている自分を。勝利のビジョンを。


「消えろ。俺の勝ちだ」


 ギアの腕が振り下ろされると同時に火球がアジトに向かって放たれる。団員は誰も動かない。俺の言葉を信じていた。

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