信じる強さ
「今がいいならそれでいいじゃねえか」
「お前もそこにいる男と同じことを言うな。だから気に食わない。俺にワンプで切り捨てられたこと、まだ恨んでいるだろう」
「いや、全然。いちいちそんなこと気にしてても腹は膨れねえからな」
生活が保障されている勇者様と違って、義賊の俺たちは黙っていては生きていくことすらできない。過去に囚われていては明日の
「何故だ! なぜそんな顔でいられる! 一度挫折し、力を手にした人間が、どうしてそんなに野心もなく凡庸に生きられる? その力をどうして振るわずにいられる?」
「振るうもなにもちゃんと使ってんだろ。ラプトル狩ってやったの忘れたとは言わせねえぞ」
「ごまかすな! その力、事実一国を揺るがすほどのものであることを認めよう。そして今や俺は、お前を栄光の一歩手前で切り捨てた俺はこの国をしきっている。ならば、なぜお前は反逆者にならない? 慕う男を牢に閉じ込めた俺から施しを受けてなお、お前はどうしてそんなに平然としていられる!?」
旅をしていた期間はそれなりに長かったつもりだ。こいつの嫌な部分は全部見てきたとさえ思っている。
それでもここまで取り乱しているところは見たことがない。セレンですらそうなんだろう。隣で目を丸くして言葉を失っている。あの冷酷で目的の達成に忠実なあのギアが、子どものように駄々をこねる姿を見られるなんて考えたこともなかった。
「てめえは難しく考えすぎなんだよ。その腰にある剣は飾りかよ」
「剣では魔法の代わりにはならない。剣は誰にでも平等に与えられる。その先は努力次第だ。魔法は違う。生まれた瞬間にその優劣を分ける。必死に取り戻そうとしてもこのザマだ」
俺と同じことを言いやがる。自分だってわかってんじゃねえか。その剣を手にすることができた理由は自分の努力だってことを。だが、それだけじゃない。その剣がどうして魔王の中にまで届いたのかわかってない。
「違うな。手に入るかどうかじゃない。信じられるかどうかだ」
気功法を会得したときも、マギノワールを手にしたときも。俺にとって一番信頼できるものはこの拳だった。急に手に入れた大きな力より常に共に戦い続けた拳の方が頼りになる。
実際マギノワールによって身体能力が強化されても、戦い方自体は昔から変わっていない。
この握り固めただけの拳。あとはせいぜい肘くらいだ。体全身が硬化した今でも使うのは人間にとって硬い部分。敵の攻撃も真正面から受けても大したことはないとわかっていてもきちんとかわす。
自分が身に着けてきた技能は結局新しい力を手に入れてもすべてなくなるわけじゃない。むしろずっと自分を守ってきてくれた力の方が頼りになる。
「信じたところで力の差は埋められない。想いなどという幻想で強くなるなど論理的じゃない」
「まったく頭のかてえやつだな。わかったよ。今から俺が証明してやる」
「何をするつもりだ?」
「俺の拳も金剛義賊団も、てめえが適当に作った魔法部隊なんかに屈してやらねえって言ってんだよ」
その言葉と同時にギアの顔を殴りつけてやる。マギノワールは使っていない。魔法じゃない純粋な俺の拳だ。
真正面から受けた鼻から血が滴り落ちる。ギアは雑に鼻を拭ったが、それでも剣は抜かなかった。
不意打ちでも昔のギアならかわすか防御くらいしただろう。完全に頭に血が上っている。ここまで来たら限界まで沸かせた方が落ち着くのも早そうだ。
ありありとわかる殺意を向けるギアの睨みを受け流しつつ、俺は牢屋の中でうつむいたままのモンドに背中を向けたまま言った。
「俺が裏切らない限り、てめえも俺を裏切らないんだったよな? 俺はまだてめえを裏切ってねえぞ。先に行って待ってるぜ」
セレンの腕をつかむ。ここに置いていったらこいつも牢屋に放り込まれそうだからな。ここまで付き合ってもらったんだ。ここから助け出すくらいはやってやらないと後味が悪くなる。
「おっしゃ。じゃあちょっと遊んでやるか!」
「衛兵! かかれ! こいつを捕らえろ!」
ギアが叫ぶと同時に地下牢に集まってきていた衛兵が流れ込んでくる。町中にいたやつらが集まってきてんのか。こんな夜だっていうのにどいつもこいつも真面目で面白くねえやつらだ。
「ちょっと失礼するぜ」
「え? そんなはしたないですわ」
抗議するセレンを無視して抱き上げる。お姫様抱っこ、というにはこれから通る道は荒々しすぎるかもしれない。
「よっと、なかなか頑丈な橋だな、こりゃ」
集まった衛兵の兜を踏んで飛び継ぐ。この様子だと宮殿内から外の通りまで衛兵だらけだろうな。
それでも俺を追いかけるのは簡単じゃない。そんな鎧を着こんだ体で俺の姿を捉えられるかよ。マギノワールも使わない。衛兵の横をすり抜け、上を飛び越し、剣をかわす。
義賊になってからも戦い続けてきた。マギノワールを手に入れてからもそれに甘えたことはない。パーティから離れたときの俺とは比べられない実力はある。今ここでそれをギアに見せてやる。
セレンの荷馬車はすでに押さえられている。面倒ごとに巻き込むことになるが、アジトまで連れて帰るしかなさそうだな。
「悪いな。思った以上に大事になった」
「構いません。私から言い出したことですから」
「んじゃ、ちょっと飛ばすぜ」
ギアに見せつけるためにここまで来たが、アジトまでこのままで行くのは面倒だ。それにギアが魔法部隊を義賊団に差し向けるっていうのはあながち嘘じゃない。あの場所を戦闘区域にするって言っているんだから強引な方法をとる可能性はある。
「マギノワール」
「それが、今のあなたの力なんですね」
「俺の、って言えるかはわかんねえけどな」
キラが探してきて、モンドのコツを教わって、ニグリに譲ってもらった力だ。
俺が一人で手に入れたものじゃない。俺が自分で手に入れたのは、この拳の握り方と振るい方だけだ。
入ってきたときと同じように防壁を駆け上がり、見張りの魔術師の横をすり抜けてウェルネシアを出た。人間どころかモンスターの中にも同じことをできるやつはまずいない。
だが、今は便利なものは使わせてもらう。次はアジトで迎え撃つ。そしてご自慢の魔法部隊を蹴散らして、あいつにもう一度剣を抜かせてやる。
「ユーマさんがどんな生活をしていたのか、少し興味がありますわ」
「見たら驚くぞ。ギアも落ち着かないみたいだったからな」
「ふふ、私もいろんな場所を旅してまわっていますから。簡単には驚きませんわ」
英雄一行の一人が牢屋にまで出張っているとは思わないだろうから、セレンは驚かなくても出会う相手には行く先々で何度も驚かれたんだろうな。
少しくらい昔話をする時間はあるだろう。アジトへ戻るまで。牢屋の中にいたままだったモンドはどうしているだろうか。
すぐに戻ってくるとは思っていない。だからこそ、俺はアジトを守り続けなくちゃならない。それがあいつとの約束だからだ。
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