自由な人質
「人質だ。俺様がここにいて研究に協力すればお前たちの生活は保障される」
「人質? 俺たちが、ってどういうことだよ?」
どちらかと言えば立場的にはモンドの方が人質のように見えるんだが。もちろんこの牢屋が本来の役目を果たしているんならって話だが。
人質って言葉の意味はわかってるのか? 俺たちは今もワンプで自由気ままに生きている。確かに新政府から仕事を回してもらっているが、それがなくなったって新しい仕事場を探すだけだ。
こいつらから切り捨てられたところでただ死んでいくようなひ弱なやつは一人もいない。
「魔法部隊が結成された今、あんな賊の集団など一瞬にして消すことができるということだ。お前たちは自由に生きているように見えて俺たちに首筋に剣を突きつけられているのと変わりはない」
ギアの口元に笑みがこぼれた。自分が作り上げた魔法部隊。それがこうして活躍していることが嬉しくて仕方ないんだろう。俺たちを手玉に取っていることが楽しくて仕方ないんだろう。
だから俺は、その浅はかな考えを大声で笑い飛ばしてやる。
「ハッハッハー! そんなもんで俺たちを脅しているつもりか? てめえの頭も衰えてきたな!」
「なにがおかしい? お前は戦えるかもしれんが、お前の仲間にも同じことが言えるか?」
「当たり前だ。俺たちを誰だと思ってんだ。モンドの下に集まった金剛義賊団だぞ」
そんなもんで脅されたくらいで逃げ出すやつがいるとでも思ってるのか。俺たちをなめてもらっちゃ困る。
賭けてもいい。あいつらは絶対に勝てっこない、と笑いながら、それでも誰一人逃げ出さずに戦うだろう。俺としてはとっとと逃げてくれた方が助かるかもしれねえが、それでもあいつらは逃げ出さない。そして俺も誰一人として殺させない。
「あいつらは俺がモンドを連れて帰ると信じている。だから俺も、あいつらがてめえの兵隊なんかに負けねえと信じている。それが俺たちの仲間だ」
「くだらないな。お前と話していると虫唾が走る。衛兵、こいつを捕らえろ。口では強がっていても抵抗はできないはずだ」
身を翻し、ギアが地下牢を去ろうとする。その背中に俺はさらに嫌味をぶっかけてやる。
「この間もそうだったな。魔王を倒した英雄様が勇者候補生崩れの賊相手に逃げ出すのか? それとも剣の腕がなまって、俺にすら勝ち目がないとでも思ってんのか?」
「魔法で力を得ただけの三下が調子に乗るなよ」
「魔法の力? 違うな。こいつは俺自身の力だ。俺が死ぬ気が手に入れた結果だ」
黒い風が全身を焼き、魔素が体の中を侵し、雷が全身を走った。
それをすべて歯を食いしばって耐え、取り込み、自分の力に変えてきた。
剣技や体術とは過程が違うかもしれないが、この力は天から知らない間に与えられたものじゃない。俺が自らつかみとった力だ。
「俺の拳はマギノワールを手に入れた日から止まってるわけじゃねえ。日々鍛え続けてる。てめえがそうやって言い訳を並べている間もな」
「魔法を手に入れるのに必要なものは幸運。これだけだ。先天的だろうが後天的だろうが、運のないものに魔法の神は微笑まない」
「さっきから言い訳ばっかりだな。そういうてめえは魔力の中に放り込まれたことあんのかよ?」
あれだけの魔術師を生み出しておいて、自分は安全なところから高みの見物かよ。そんなに欲しいなら自分で手に入れればいいだけの話だろ。
ギアは俺の声に答えない代わりにゆっくりと自分の右手にはめた白いグローブをとった。明かりに照らされてその右手が浮かび上がる。
「その手は……」
「黒い肌は見慣れたものだろう。いまさらどうして驚く必要がある?」
当たり前だ。俺以外の人間でその肌を持ってる奴なんて見たことがない。魔力によって変質した肌。長い間、魔力にさらされていなければここまで変質はしない。
何度も成功させてきたという魔力の掌握の発現。この手を見ればギア本人は数回試した程度ということはないだろう。
「肌は変質した。魔力の掌握は手に入らない。魔素すらも俺の体には溜まらなかった。いったい何故だ? 理論に問題はない。成功例も多数ある。なのにどうして俺にはそれが成功しない?」
握りしめた拳は人間のそれと変わらない力だ。俺のように体内で魔力をつかんで強化することもない。その手から魔法が生み出され外に放たれることもない。
「お前たちは幸運だ。これだけの研究を続けても魔法を得られるかは最終的に神の手に委ねられる」
「なんでそうまでして魔法が欲しい? 別になきゃ困るもんでもないだろ」
「持つ者には決してわからない。持たざる者の苦悩など」
持たざる者なんて言われても、俺だってずっと魔法なんてろくに使えなかった。今だってマギノワールも気功法も本来の魔法からは遠く離れた出来損ないみたいなもんだ。
それでもそんな苦い顔をするようなことは一度もなかったはずだ。俺は拳で道を切り拓いてきたつもりだ。仲間に恵まれたことは否定しないが、それは魔法の力で作ったわけじゃない。
「持たざる者ってなんだよ。そもそもてめえは他から羨まれるくらいの持つ者側だろうが」
この世界にたった四人。魔王を倒した勇者という栄光。そして大国の新政府の実権を握るという権力。
平民、その中でも下から数えた方が早い俺みたいな義賊なら、普通はいくら羨んでも足りないくらいの力だろう。
そのギアが欲してやまない力、魔法。それがどれほどの価値を持つのか俺にはわからない。
「そんなものは後からいくらでも手に入る。知識を蓄え、剣を振り、決して情に流されなければ、な」
「そうだ。お前にはその剣があるだろ。なんで魔法にこだわる必要があるんだよ。剣の道だって一夜で手に入るものでもない。十分誇れる力だろ」
「生まれたときに授かる神からの勝者の証だからだ。魔術師が生まれた家はそれだけで大きく地位が上がる。魔王を倒す可能性を秘めた子だからだ」
そういやこいつは貴族の出だったな。権力を持ち富を持つ貴族たちの中で格を分けるのは名誉だ。それは長らくの間、魔王を倒すことだった。
辺境の村出身の俺ですら魔王を倒せば金がもらえると息巻いて出てきたくらいだ。それがすべて名誉へと直結するなら貴族であっても欲しくなるのもわからなくはない。
「俺の家は数年来、魔術師は出ていなかった。前線基地としてのフォートもできていた。魔王討伐に成功すれば家の名は上がる。魔法による高火力を持つ魔術師が生まれればその可能性は高くなる」
「結局ペントライトはお前が倒したじゃねえか」
「結果の問題ではない。魔法が使えなかったから俺は剣をとるしかなかった。他の家にはいくらかの魔術師もいた。その時点で俺は後れをとっていたということだ」
そこからギアは剣の道を極めた。誰にも文句を言わせない成績で勇者候補生となり、パーティを組んで旅へと出た。
その中に、貴族出身の者はいなかった。だから俺があのパーティの中に選ばれたのだ。幼い頃から魔王討伐に向けて修行を積む貴族と違って、平民の出なら気功法が使えるだけの俺くらいでも上の方に入る。
その後のギアの活躍は俺も知っている。俺を道中で使い捨て、フォートに集まった他の勇者候補たちも囮として使い、魔力を体内に直接流し込むというおぞましい方策を使って魔王を打ち倒した。
「栄光は手にした。だがそれは予定通りに過ぎない。俺にとって欲しても手にすることができなかったもの。幼い頃のあの劣等感を払拭するもの」
「それが魔力の掌握の実験だっていうのか」
「当然だ。あの期間が無に帰して初めて、俺の人生は完全になる。魔法が使えない、というただそれだけで見下されたあの日々を一掃する。そのために必要な犠牲は差し出す」
その結果がその黒い手か。次々と隣で成功者が出続ける中、自分に魔力を与え続けた結果は何も得られなかった。
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