禁じられた実験
勇者候補生をしのぐ戦闘力、複数の属性を扱う魔法の才能、半分ならずもののような俺たちをまとめる統率力。
どれをとっても立ち上がったばかりの政府には欲しい能力だと思っていた。そんな男をこんなところに閉じ込めてまで欲しい価値ってなんなんだ?
「一つだけって、どれだよ」
「お前はどうして俺が魔法を使えると思う?」
「そんなもんわかりきってることだろ。魔法使いは才能だ」
魔力の掌握。未だに解明されていない先天的な能力。少なくともニグリの秘術が秘密のままである限りはそう考えられている。それにニグリの説明も感覚的で、理論立てて誰しもが魔法を使えるようになる、と言い切るにはまだ実証が足りない話だ。
「複数の属性を操る魔法使いは希少だけど、いないってわけじゃない。その一人だってことだろ」
その男がどうしてワンプで義賊団なんてやっているのか、と聞かれればその答えはわからないが、俺だってこうしてリーダー代行をやっているんだ。勇者を諦めたやつなんていくらでもいる。その原因は何も弱いからってだけじゃないはずだ。
「俺様はな、生まれつき魔法なんて使えなかったんだよ。それどころか蹴りのやり方も拳の握り方すらも知らなかった」
そんなバカな。俺よりは年上とはいえ、モンドだっておっさんと呼ぶにはまだ早いくらいだ。そんなやつが子どもの頃から鍛えずにあの強さにまで上りつめられるのか。
才能、そんな一言で片付けてしまうには辛い現実だ。魔法は才能だとそう言ったばかりだっていうのに。
格闘は誰にでも強くなる権利がある。ただしそれは最後まで諦めずに戦い続けるやつだけに与えられる権利だ。だからこそ、俺は拳だけは信じ続けてきた。それを軽く凌駕する存在なんて見たくはなかった。
「魔法ってのは俺様たちが思っているよりも恐ろしいもんだ。簡単に人生を狂わせる。生まれたときから持っていなかった者ならなおさら、な」
遠回しの話は先が見えてこない。俺はバカなんだ。モンドだってよく知っているだろう。それとも俺の隣に立っているセレンの存在が気がかりなんだろうか。それほど警戒しなくちゃならないものがここにあるって言うのか?
「シルバ王だって立派な王だが、聖人君子じゃねえ。魔法使いという自分と同じ姿をした強力な存在を敬い、そして恐れていた」
「だったらなんだって言うんだよ」
「わからないものを理解して、自分の手のひらの上に乗せる。それが賢いやつの考え方だ」
魔法使いの研究。そんなものやってるなんて話は一度も聞いたことがない。ましてやそんなものが続いていれば、ギアが作った魔術師団はもっと早く完成して魔王の天下も終わっていただろう。それに、だ
「その話とモンドに何の関係があるって言うんだよ」
「その男は唯一の研究成果だ。それがその男の価値だ」
「ギア!」
声に呼ばれるように振り返ると、そこには驚いた様子もないギアが鋭くモンドを睨みつけて立っていた。俺がここにたどり着くのは想定していたってことか。昔の足手まとい呼ばわりと比べればだいぶ評価が上がったな。
「強引に割り込んでくると思っていたが。なるほどセレンが手引きしたか」
「ギアさん。あなたはいったい何を?」
「奉仕活動をしているお人好しには関わり合いのない話だ」
ギアはセレンに侮蔑の視線を送って威嚇すると、すぐに俺の方に目を移した。事実上一国の支配を握っている男とは思えないほどの嫉妬に満ちた目だった。
「研究成果って何の話だ?」
「お前はどうやって魔力の掌握を会得した?」
「あ? だからモンドに言われて」
「なぜその男はその方法を知っていた?」
なぜ、って言われても考えたこともなかったな。そもそも気合とイメージなんて方法と呼べるほどいいもんじゃない。モンドの言っていることはやればうまくいくが、決して頭で考えて理解できるものじゃない。それでもやるのはモンド自身への信頼があるからだ。
モンドは黙ってうつむいたまま、何も答えなかった。代わりにギアが苦々しい表情で答える。
「以前にも言ったな。魔王軍との戦いが長期化したのは魔術師の不足が原因だと。それを数十年も考えない王ではない。後天的な魔術師の育成は国政の課題だった」
「それとモンドが何の関係があるんだよ?」
「まだわからないか? その研究の唯一の成果。国が作り出した昇華魔術師がその檻の中の男だ」
モンドが国の? 魔術師研究の? よくわかんねえ。実験の対象として使われてたってことか?
「俺たちが勇者候補生になったときにはそんな話なかっただろ。それに実験が成功したなら魔術師不足は起きてないはずだ」
「そうだ。王は一時的に実験を行ったがすぐにとりやめた。失敗が続いたこと、被験者に大きな負担がかかること、そして唯一の成功例から逃げられたことからな」
実験、と言葉で言ってしまえばたやすいが、実際はニグリが言っていたのと同じ方法だ。人間の魔力勁路に魔力を送り込み、危機的状況を打破するために魔力の掌握を発現させる。
今の俺ならわかる。あれは拷問と呼んでもいいほどの痛みを伴う。軽装備でモンスターと殴り合っていた俺がそう思うんだから、ちょっと魔法に憧れているくらいの人間が体験すれば、どんな表情になるかは簡単に予想がつく。
たとえモンドとはいえ、まだ未熟だったって言うなら逃げ出してもおかしくない話だ。国家を相手に逃亡生活をしようと思えば、強くなることは絶対条件だ。
魔術が使えるだけじゃ足りない。戦闘をこなし隠れ、逃げ続ける必要があった。
結局先に折れたのはシルバ王の方で、そうしてあのワンプに義賊団が生まれたってことだろう。
「それを俺が継いで研究を続けた。その成果があの魔法部隊だ。もはや剣士も騎士も格闘家も不要だ。これからの時代はすべて魔術師による戦闘になる」
「大地を焼き払ってか。魔法による悪影響は考えないのか?」
「魔法による戦闘は周囲に甚大な被害を与えるが、それは不可抗力だ。そのために周囲から人間を遠ざけている。その後の修復も行う計画はある」
だからこそ人の少ないワンプが選ばれたんだろう。ギアの計画はいつも正論で、単純に言い返すことは難しい。そうやって俺はあのパーティから追い出されることになったのだ。
「なら前みたいにパーティを組んで小隊で戦えばいいだろ。衛兵や勇者候補生だったやつはまだまだいる」
「非効率だ。わざわざそんなことをする必要がない」
「そうすりゃ大地を傷つけないで済むだろうが」
まったく話が平行線だ。大切にしているものが違うんだから当たり前か。
「お前と議論をしている暇はない。牢の中に入ってもらおう」
「今のてめえに俺が捕まえられると思ってんのか?」
「その言葉、お前の後ろにいるやつにも同じことが言えるか?」
そう言われて俺は牢の中でうなだれたままのモンドを見た。そうだ、いくら魔法による強化がなされているといっても、モンドがこの牢屋を破れないはずがない。
「てめえ、いったい何しやがった?」
「俺は何もしていない。何もしないことが俺の提示した条件だ」
どういう意味だ? 遠回しに言っているってことは、俺をバカにしてるってことだ。それはわかる。こっちは敵意むき出しだっていうのに肩透かしを食うようでやる気が失せる。
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