モンドの役割

「そうだ。モンドって男を知らないか? 笑い声がうるさくて、髪を油で固めたバカデカいやつなんだが」


「私はウェルネシア以外の町も回っていますから、すべての人が分かるわけでは」


 そう言いながらセレンは俺の顔をじっと見た。俺の顔に何かついているか。真っ黒な肌の上だとよく目立つが。


「その方はユーマさんに似ていますか?」


「似てないと思うが。そういやギアは似てきたって言ってたな」


「私、一人心当たりがありますの」


「本当か!?」


 今の俺には手がかりがない。たとえ間違っていてもそこに行くだけの価値はある。ただセレンの顔が少し曇っていることに不安を覚えた。


 モンドを知っているのなら、そんな顔にはならないはずだ。あの力に溺れない男は見ているだけですっきりとした気持ちになるはずだ。


「そこに案内してくれるか?」


「えぇ、それは構わないですわ。ただ」


「ただ?」


「いえ、まずは行ってみましょう。私の助手ということにしておきますから着替えてください」


 ボロ布を巻きつけただけの今の俺はどう見ても野盗か乞食だからな。いい服を着ると動きづらいし、俺は出稼ぎに出てないから首都に入るような服は持ち合わせてないからしかたないんだが。


 医療法術師の白いローブに袖を通す。同じく白い頭巾と手袋をつけると肌はほとんど見えなくなりそうだ。


「あまり居心地がよくないかもしれませんが、我慢してくださいね」


「うちのアジトと比べれば天国だな」


 医療のためのものということもあって埃っぽさが少しもない。いくら掃除しても砂ぼこりが落ちてくるアジトはどうにかしたいところなんだが。


「宮殿の方に行くのでそこまでの辛抱ですわ」


「あぁ、気にせずゆっくり行ってくれ」


 やっぱり宮殿の方か。ウェルネシアの都市内もだいぶ様変わりしているからな。案内してもらえるのは助かるな。


 石畳を蹄鉄ていてつが叩く音が規則的に聞こえてくる。その横をときどきロングシールドの擦れる音が通り過ぎていく。


 ギアは本当に俺を捕まえるつもりだったんだろうか。かなりの数の衛兵を用意していたことは間違いないが、あいつは俺の実力だって知っているはずだ。衛兵をいくら集めたって簡単に捕まらないことくらいわかっていそうなものだが。


「着きましたわ。私についてきてください。話す必要はありませんから」


「わかった。頼む」


 荷物を持ってセレンの後に続く。頭巾を深くかぶり、顔を隠した。ギアはともかく他のやつは俺の顔を見ただけじゃ誰かわからないだろう。肌さえ見せなければ平気なはずだ。


「こちらで急患がいるというお話を聞いてきたのですが」


「急患、ですか? そのような話は」


「お願いします。時間が遅れればそれだけで命にかかわるかもしれません」


「セレン様ならギア様もお許しくださるでしょう。どうぞ」


 さすがは勇者一行の法術師様だな。一般の兵士じゃギアの威光があっても門前払いするわけにはいかない。


 それにセレン一人で何かできるわけじゃないという安心感もあるだろう。法術師は確かに治癒や防御のエキスパートではあるが、戦闘能力という面で見れば衛兵にも劣ってしまう。あくまで戦える人間のサポート役だ。


「あ、この男は?」


「その方は私の助手です。私の考えに賛同してくださっているのですわ」


「そうでしたか。では中へ」


 思った以上にすんなりと中へ通された。昔はシルバ王とその側近たちがいたんだが、今は新政府の要所として使われているらしい。


 昔は結構飾り気が多かったと思うんだが、今は機能美というか無駄が一切省かれているように見える。これもギアの趣味だろう。


「それでどこにいるかわかるのか?」


「以前お会いしたことがあるだけですから、今もいるかはわかりませんが」


「変に目立つとマズいし、とりあえず行ってみるか」


 宮殿の中をセレンは迷いなく進んでいく。何度か来ているというのは嘘ではないらしい。だが、奥へ続く廊下を歩いた後、セレンは地下に向かう階段を下りはじめる。


「おいおい、こっちって」


「はい。地下牢です」


「こんなところにモンドがいるのか?」


「モンドという方かはわかりませんが、私がその人を見たのはこの先です」


 見張りの衛兵に話を通し、セレンは薄暗い地下牢の中を進んでいく。夜だからか明かりも最小限に抑えている。


 地下牢と言ってもかなりきれいに掃除が行き届いている。ネズミが巣食っているというようなこともなさそうだ。それにしてもなんだってこんなところにモンドがいるんだ?


「私は恵まれない方の治療に回っていますから、こうして囚人のお世話のために何度かここにも来たことがあるのですわ」


「貧しい村だけじゃなくて囚人もか。本当に優しいやつだな」


「元々私は勇者なんて向いていませんでしたから。こうして誰かのお役に立てるならどこへだって参りますわ」


 そういや義賊団のやつらも俺が来るまで薬草の調合法も毒耐性の装備も知らなかったんだよな。国が安定してくれば少しずつ教育も普及していくんだろうか。勇者候補生の頃に少しでも勉強しておいたことが役に立つとも思っていなかったが。


「勇者一行なんだから、いくらでもいい生活ができただろうに」


「それならユーマさんだって同じじゃないですか」


「俺は途中で諦めたただの義賊さ」


 楽しくやっているっていう意味では間違いじゃないけどな。


 広い地下牢の中でも最も奥まったところに一つだけ一際目立つ牢がある。ここだけ新しく作り直したらしく、格子がきれいに輝いている。


 その中に入っている男の顔は俺が探しているものだった。


「モンド!」


 駆け寄って格子をつかむ。その瞬間に俺の腕を炎と雷と風が襲った。


「おっと、アブねえ」


 衣服を貫通して直接肌にダメージを与えるようになっている魔法罠らしい。鎧なんかの対策なんだろうが、俺の場合は肌の方が硬いからな。借りた服が破れなくてよかったくらいだ。


 それにしても三重に魔法罠がかけてあるなんて厳重なんてもんじゃないな。


「ユーマか。ついにこんなとこまで来ちまったか」


「どういうことだよ。政府で仕事してたんじゃないのか?」


 いったい何をやらかしたらこんなところにぶち込まれることになるんだよ。牢が厳重なのはモンドの実力を考えれば必要かもしれないが。


 ギアとは意見が合わなさそうだってことはわかっていたが、だからって牢屋に放り込まれるなんて相当なことだろう。


「仕事? そうか、お前らはそう思ってくれてたのか。なら黙って出ていった価値があったってもんだ」


「どういうことだよ? もしかしてずっとここにいるのか?」


「お前は俺を高く買ってくれていたらしいな。だが、あの男にとっては俺の価値は一つだけだ」


 あの男、ってのは間違いなくギアのことだろう。それにしてもモンドの価値っていわれてもなんのことだ?

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