二章 新しい世界のはじまり

不機嫌な訪問者

 フォートの先まで戻ってきた頃だった。ここまで一日と半分ほど。長旅も悪いものじゃない。ここから後一日弱かかるが、なんとか夜には間に合うだろう。


 この辺りまで来ると大地の雰囲気も変わってくる。黒い風で焼き払われたとはいえ元は湿地帯だ。少しずつまた緑が見え始めている。


 あと何年かすればまたあの鬱蒼とした木々の記憶くらいは蘇ってきてくれると思うと、悪い気はしない。


「やっとここまで戻ってこれましたね」


「だからアジトで待ってりゃよかったのに」


「何を言ってるんですか。いきなりケンカ始めるような人を一人で行かせられませんよ」


 ケンカ売ってきたのは向こうの方だぞ。教えたくないというのは半分本当だったんだろう。だから勝手に盗め、と言ったのだ。わざわざわかりやすいように隠しもしないで。


 失った人間のことを忘れられもしないが、今目の前で死に向かって這っている俺を見逃すこともできない。男って生き物は数百年生きようとも不器用さからは逃れられないのだ。


「ったく、お前は俺のことなんだと思ってんだよ」


「ケンカっぱやくて、後先考えないお人好しです」


 ったく命の恩人になんてことを言うんだ。変に恩を感じられるよりは何倍もいいんだが。言葉ではそう言っていながらこうやってついてくるんだから、キラの気持ちは十分伝わっている。


「いた! 戻ってきてたか。ユーマ」


「なんだよ、テルル。お迎えとは豪華だな」


「バカ! そんなんじゃねえ! なんか新政府とかいうのがアジトにきやがったんだよ。不法占拠? とかで逮捕とか言い出してよ」


「どういうことだ? 今まで兵士だって何人も助けただろ」


「わかんねえよ! 俺はバカだから。とにかく早く来てくれ!」


 魔王討伐の捨て駒にでもされるならともかく、今の平和な国で細々と暮らす俺たちに何の用があるって言うんだ。


「わかった。テルルはキラを頼む」


 体の中の雷をつかむ。魔法の属性がマギノワールに影響を与えるのかわからないが、身体強化の中でも特にスピードに強化がかかる。格闘家にとってはこれほど嬉しいこともない。


「わかった、って、は」


 やい、という残りの言葉ごとテルルとキラを残して一気にアジトまで突っ走る。風景が高速で後ろへと飛んでいく。ものの数刻でアジトの前。普段なら絶対に見ないような数が群がっている。


 数は百近いだろうか。どうみても穏やかな雰囲気じゃない。その先頭に見知った顔があった。


 あの澄ました顔を忘れるわけもない。旅をしていた頃よりもフォーマルな服装ではあるが、同じように腰に長剣を差している。


「ギアァァァ!」


 大地を踏みしめて一足飛びに迫る。ぶん殴る代わりに胸倉をつかんでギアの体を吊り上げた。


「どこかで見た顔だと思えば、足手まといか」


「なめたこと言ってんじゃねえぞ!」


「その黒い肌。まるで魔王のようだな」


「なんだとぉ?」


 つかみ上げられていながら少しも動揺した様子もない。あいかわらず嫌なやつだ。雷鳴にも似た俺の速さに義賊団の仲間ですら驚いてるっていうのに。


「ギアを放せ! 化け物がぁ!」


 轟音とともに赤い壁が視界を覆う。


「ちっ!」


「ふんっ!」


 ギアと視線をかわす。炎の中からギアを投げ飛ばして距離をとった。


「熱ちぃじゃねーかよ、ルビー!」


「化け物がなんで私の名前を知ってるんだよ! 昔燃やしたモンスターの仲間か?」


「てめえはホントに頭の中煮え切ってんな」


「下がっていろ、ルビー」


 こいつがいると話が進まない。距離をとった俺はまだ拳を解いていないが、ギアは剣を抜く様子はない。


「何しにきやがった!?」


「領地にはびこる賊を狩りに来ただけだ。まさか仮にも勇者候補生の一人だったやつが賊に落ちているとも思わなかったがな」


 そういうてめえもムカつく物言いだ。この黒い風によって変質した肌を見ても眉一つ動かしもしないのは、勇者として必要な度胸はあるってことだ。


「賊ったって俺たちは迷惑をかけたつもりはない。ウェルネシアの衛兵や商人に聞けばいくらでも証言は取れるはずだ」


「そんなものは関係ない。国の土地に権利もなく居座る者を排除するのは当然だろう」


「シルバ王はどうした? あの方はそういうことに寛容なはずだ」


「シルバ王は退位なされた。今は俺たち新政府が国を治めている」


 そう言われるとギアの服に国旗が描かれた腕章がついている。兵士の軍服や鎧には所属を表すためにつけられる。だが、ただの文民の服につけるものじゃない。


「王は魔王との戦いでお疲れが出た。今は湯治とうじに出られている」


 シルバ王なら、と思ったがこれじゃ話にならねえな。


「剣を抜け、ギア! 俺は仲間を守るためならてめえだってぶっ飛ばすぞ!」


「愚かだな。時代遅れだ。バカにはそれがお似合いだが俺が付き合う理由もない。もう勇者はいないんだ。いつまでもそんな夢を語るなよ」


 握った拳に力がこもる。


 夢なんかじゃない。ここが俺にとっての紛れもない現実だ。全部失ったと思った俺に居場所を与えてくれた守るべき場所だ。


「俺はもう元勇者候補なんかじゃねえ! 俺が守るのは俺を救ってくれた仲間だ。俺は金剛義賊団のユーマ、黒曜拳のユーマだ!」


 昔のよしみだ。加減はしてやる。体を走る雷をつかまえて、拳に乗せるイメージを脳裏に描く。その速度は光と等しくなる。


 いけ好かない顔面をぶっ潰す。そう思った瞬間に俺の腕が絡みとられて地面に組み伏せられた。


「まーまー。そうカッカすんなよ、ユーマ。おつかれさん」


「モンド! いたならてめえもなにかしてくれよ」


「こんな団体客が来るとは思ってねえからなぁ」


 俺を締め上げたまま、モンドが笑っている。こっちもこっちでいつもと少しも変わらねえな。モンドが出ればギアとルビーがいるとはいえこいつらをまとめて相手にすることもできるだろうに。


 義賊団の仲間はさすがにおろおろしているし、新政府のやつらも俺の真っ黒な肌を見て何がなにやらわからない、と話の行方を見守っている。


「ようやく出てきたか」


「なんだよ、てめえモンドを知ってるのか?」


「ま、ちょっと待ってろ」


 俺を解放したかと思うとモンドは変わらず飄々ひょうひょうとした態度でギアの前に進み出る。俺の姿を見ても表情一つ変えなかったギアが少し目を鋭くしたように思える。


「まー、俺様たちはここでなんとか食いつないでいる身なんだよ。ちょっとくらい目をつぶってくれてもいいじゃねえかよ」


「俺たちにも交渉の準備はある。もちろんお前の態度次第だ」


「ほう。どのくらいか聞かせてみてくれ」


 熱くなっていた俺とは対照的にモンドは落ち着いた声で話し始めた。意外だった。この男がこんなにすんなりと、しかも慣れた様子で交渉のテーブルにつくなんて。いつも気合と勢いがあればなんとかなる、なんてことを言っているあのモンドが、だ

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