秘術の代償は

「まぁ、見てなって」


 さっきまで目でようやく追えていたニグリの姿が細部まではっきりと見える。まるでアリの行進だ。止まっているのと大差ない。ちょっとお返ししてやるか、と地面を踏みしめる。


 その瞬間に全身に激痛が走った。


「痛ってぇ!」


 何度も自分の体を魔法で焼いていなければ痛みでのたうち回っているところだった。最近はこんなのばっかりでもうすっかり慣れちまったけどな。


「人間の体はマギノワールと順応しない。結局使ったところで傷つくことに変わりはなかった」


「そんで諦めたってわけか」


「この世には過ぎた力だ。わしが死ぬまで出すつもりもなかった。貴様の体に魔素がなければこの秘術も失わせることができただろうに」


 どうだろうな。この魔法があることはエルフが知っていたわけだからな。人間が誰でも魔法が使える方法があると言われれば、飛びつくやつはいくらでもいるだろう。


「その命も長くないだろう。後は好きにすればよかろう」


「そんな簡単にくたばるつもりもないけどな」


 息を吸って、いつものように気功法で傷を癒す。マギノワールによる身体強化の代償はこれで帳消しだ。ついでに魔力も消費できてむしろ寿命が延びそうなくらいだ。


「んじゃ、最後に一発」


 少し悟ったように穏やかな顔をしたニグリの腹に加減した拳を叩きこむ。マギノワールで硬化した肌を衝撃が貫通していく。いい手ごたえだ。


「き、貴様」


「殴られっぱなしは性に合わないんでな」


「……もういい。わしから言えることはここまでだ。とっとと消えてくれ」


 苦々しい顔をしたニグリが俺を睨んでいる。満面の笑みで返してやると、冷や汗を拭ってニグリも笑い返した。


「硬化した体は簡単には風化しない。もしかするとどこかで亡骸が転がったままになっているかもしれぬ。どこかで見つけたら、それをとむらってやってはくれぬか?」


「そのくらいなら構わねえが、別に今の俺は旅をしているわけじゃないからな」


「それでも構わぬ。わしはもう誰かと関わるつもりもない」


 ドルイドのニグリがあとどれほど生きていくのかはわからないが、世界を旅してまわるようには見えない。俺ももう世界中を回るってこともないだろう。


「やっと追いつきました! 大丈夫ですか!?」


 洞窟からようやく出てきたキラが俺とニグリを見比べている。向こうはマギノワールを解除して肌の色も普通に戻っている。ドルイドの体は魔力に強いってのは本当だ。


「年寄りに対して優しさのないやつだ。早く帰るといい」


「あぁ。暇があったらまた殴りにきてやるよ」


「ふん。茶の一つも出さんぞ」


 すっかり頑固じじいみたいになってやがる。こういう態度をとるやつは久しぶりに他人と話して喜んでいるんだ。田舎でもだいたいそうだった。


「あのー、話はついたんですか?」


「あぁ、しっかりできるようになったし、さっさと帰るぞ」


「いやいやいや。ドルイドの秘術ですよ? 少なくとも数か月。数年かかってもおかしくないものですよ!?」


「ま、俺が天才だったんだろ」


 魔素を持つ人間のために作られた秘術だ。今の俺がすぐ使えない道理もない。まだわからないという顔をしたままのキラを置いてアジトに向かって歩き出す。


「いやいやいや。意味がわからないんですけど!」


「いいから帰るぞ」


 数日とはいえアジトを空けるとなんとなく恋しくなってくる。マギノワールを使えば一瞬で帰れそうだが今はキラもいるからな。


 晴れ渡った空を見上げながら、俺はゆっくりとした歩みで荒野を戻っていった。

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