黒の魔法

「わしのマギノワールは本来はこんなものになるはずではなかった。人間たちすべてがこの便利な魔法を手にするはずだった」


 元はそんな名前ではなかった。その名を決めるためのよい結果は得られなかった。


「魔力の発現のために魔力勁路から魔力を流し込み、体を魔力で傷つけさせる。そうすると人間は防衛本能を刺激され、魔力の変換を習得する、という理屈だ」


 それって俺がモンドに言われてやったことと同じだな。あいつは気合だとか言っていたが、あんがい理屈は合っていたらしい。脳筋理論もバカにならないな。


「って体内に魔力を流し込んだら俺みたいに」


「そうだ。体内に魔素が生まれる。その後は貴様がもっとも知るところだろう」


 ただ生きているだけで魔力が体内に発生する。そしてそれが少しずつ体と反応して黒く変質していく。俺の場合は黒い風による影響なんだが。


「体内に生まれた魔力をすべて消費できるわけではない。余った魔力はいくらかは魔力勁路を通って体外に排出されるが、その際に肌との接触で変質が起こる」


「そうなるとこんな風に黒くなるってわけだ」


 黒く硬化した肌は、モンスターのそれに近い。ひび割れて線の入った部分はドラゴンの鱗を思わせる。


「その姿、もはや人と呼べるものではないだろう」


「それならそれでいいさ。俺はユーマという存在であって人間じゃないといけないわけじゃない」


「……話を続けよう」


 さらに生み出され続ける魔力は魔力勁路から出し切ることができず、少しずつ体内に溜まっていく。それが限界を超えたとき、起こるのは肉体の崩壊。それはキラも言っていたことだった。


「強制的に発現させた魔力の変換は力も小さい。肉体の崩壊は遠からぬうちに起こるだろう。そこで効率よく魔力を変換せずにそのまま利用する方法を編み出した」


 それが、黒の魔法マギノワールだ。とニグリは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「小さな魔法を体内に発生させる。すると体内に滞留している魔力に連鎖する。これで魔力の変換が少ししかできなくても大量の魔力を消費することができる」


「俺が魔法を使ったときにやたらと痛かったのはそのせいだったのか」


 俺に魔法のセンスがあったのかと思ったがそうでもないらしい。


「でもそれじゃ一瞬で体がズタズタになっちゃいますよ」


「それもそうか。俺は気功法でなんとかなるが」


「そうだ。だから発生した魔法を体内に取り込む術、それがマギノワールだ」


 魔力の掌握と同じように、すでに発生した魔法を掌握する。すると体内に魔法を取り込むことができる、らしい。


「効果は身体能力の強化。反応速度の上昇。法術のバフに近いが、魔力を体に取り込む関係で身体全体と反応が起こる。全身を黒く染め上げてもなお生きていたい、と貴様は思うか?」


 ニグリは何かを思い出しているのか、やや遠い目で俺を見た。


「それだけ知ってるってことは、誰かがやったってことなんだろ。そいつはどうなった?」


「そうだな。我々ドルイドなら魔素を体内に持っていても生きることができる。貴様の言う通り、マギノワールを生み出すために犠牲になった者がいる。やつは、結局わしの前から消えてしまった。今はもう人間の寿命などとうに尽きているだろう」


 魔法を使う痛みに耐えられなかったか、それと変質していく自分の体が嫌になったか。俺はこの黒い体もそれほど嫌いじゃない。そう思うのはその代わりに助けたキラが今ここで生きているからかもしれない。


「他の人間で試したってことは、俺にも使えるってことだよな?」


「人ではいられなくなるかもしれぬぞ」


「そんなことはどうでもいいさ。さっきも言ったろ。俺は俺であって、人間でも化け物でも同じもんだ。関係ない」


 生きていれば何か起こることもあるだろう。こうして自分の体が変質することもあれば気合とイメージなんてむちゃくちゃな理屈で使えなかったはずの魔法が使えるようになったりする。


 普通でいられないことが怖いなら、俺の心はとっくに折れているさ。


「……その魔素とともに生きるならマギノワールは有効だろう」


「よかったな。また役に立つときが来たぞ」


「そうだな。ここで生き長らえていただけの価値はあったかもしれぬな」


 そう言ってニグリはゆっくりと立ち上がる。


 またぞわりとした寒気が全身を走る。また石の槍が飛んでくるかと思ったが、飛んできたのはニグリ本人だった。


 懐に潜り込まれる。速い。モンドと変わらないくらいだ。

 そのまま掌底で腹を突き上げられる。腕でカバーしたが、威力はそのまま。洞窟の薄い天井を割り、外まで放り出される。


「これがマギノワールってことか」


「その通りだ。魔法を体内に取り込むということはあの膨大なエネルギーすべてが身体に力を与えるということだ。むろん、耐えられればの話だ」


「この黒い肌がちょうどいいかもな」


 壊れなけりゃ傷ついてもいくらでも治してやれる。今までまったく役に立たないと言われていた気功法が俺の命を繋いでくれるとは思わなかった。なんでも使えるところはあるもんだ。


「で、それはどうやってやるんだ?」


「わしはまだ決心がつかぬ。帰ってもらおう」


「ったくいい歳して後ろ向きなじじいだな。一度起きたことは認めて諦めて、前に行くしかねえんだよ」


 自分が天才ではないと知ったときも、夢を諦めて背を向けたときも、肌を焼き、自分に死が迫っていると知ったときも。どんなに駄々をこねたって現実は変わってはくれない。


 それならどうするのか。


 気合と拳で自分の道を切り拓くまでだ。


「ひん曲がった根性叩きなおしてやるよ! かかってきやがれ!」


 関節の硬くなった指を強く握って拳を作る。どんな相手だろうと、どんな魔法を使おうと俺はこいつを信じている。


 素早い動きに拳を合わせる。ニグリの拳と撃ち合わせる。マギノワールで硬化した拳はどちらが強いとも言えない。長命種とはいえ、じじい相手にこんなザマじゃちょっと傷つくぜ。


 ニグリの肌も黒く変色している。さっきの話からしてドルイドには一時的なものらしいが、魔力を体に入れるということは変質を起こすということなんだろう。


 やたらと素早いじじいを目で追いながら拳を振る。動きは速いがモンドとは違う。魔法使いだからか狙いが粗い。パターンも少ないおかげで慣れてきた。


「そんじゃそろそろ盗ませてもらうか。わざわざ見せてくれて助かるぜ」


 読めている攻撃に拳を合わせる。流れている魔力を感じ取る。と言っても俺に繊細な魔力の感覚なんてわからない。後は気合とイメージで埋める。


 体内の魔力を雷に変換する。それをもう一度つかむ。体の中に手はないが、なけりゃ勝手に頭の中で作ってやればいい。


 イメージの手が体内を焼く雷のしっぽをつかむ。それを飲み込むように体に染みこませていく。


「こういうことだな」


「貴様に使いこなせるか、その力」


 奪われたことにニグリは動揺した様子はない。まぁ、教える気はないが勝手に盗めってことだったのはわかるしな。

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