ドルイドの秘術
「痛ってえ!」
岩肌に思いっきり背中を打ちつけた。硬い皮膚を貫通して、鈍痛が全身に走る。ちょうどいい気功法で魔力を消費するチャンスだ。なんだか自分がひどいマゾみたいな思考になってるな。
「すみません。かばってもらってしまって」
「気にするな。丈夫さだけが自慢なんだよ」
荒野はろくに魔素がないからこういうときは体内に魔素があるっているのはありがたいな。いや、他のときは完全にいらないどころか猛毒みたいなものなんだが。
「しかしこんな暗いところで何やってんだ?」
「他の人に会わないためでしょう。暗いのはむしろいい条件なんじゃないですか?」
「それにしたって住めるもんか、ここ?」
人間とドルイドは種族が違うから、明るさに対する興味が違うのかもしれない。人間は夜になっても火がなきゃ寝られないやつだっているのに。
キラはそれなりに前が見えているようで、薄暗く足場の悪い洞窟の中をひょいひょいと進んでいく。こっちはその背中をなんとか追いかけていく。
「たぶんこのあたりだと思うんですが」
「魔力の気配がするのか?」
俺にだって体内に魔素があるんだから少しくらい魔力に敏感になれないものだろうか。気功法を使うときも体に入ったことはわかるんだがどこに魔力があるのかはわからなかった。息を吸い込むのもただの癖で、本当は必要ないのかもしれない。
今はいらないくらいの量が腹の奥から湧き出してきて気持ち悪い。魔力ってのは本来はエルフやドルイドだけが扱うべきものなのかも、と思ったりもする。
「あ、何か、います」
「どこだよ?」
俺は前がよく見えないんだが。そう言おうとして、キラがそっと俺の腕にまとわりつくようにして身を隠した。それなりにヤバそうなもんか。そっと息を殺して一歩ずつ前に進んでいく。
「あれ、死んでねえよな?」
ぼんやりとドルイドの姿が見えてくる。ローブに身を包み、岩に腰かけて微動だにしない。まったく生気が感じられない。
世俗を嫌ってこんな
「やべえ!」
俺の腕をつかんでいたキラを突き飛ばす。背中を打ったかもしれないがそれで済んで感謝してほしい。
俺の腹に石の槍が刺さる。キラを突き飛ばした分、かわすのが遅れた。正確に俺のど真ん中を狙った一閃は魔力で硬化した肌を貫くことなく、石の槍が崩れ落ちた。
攻撃魔法を得意とする種族の、さらに高齢のドルイドでさえこの肌を傷つけることはできないらしい。
ダメージを負った内臓を癒しながら前に進むと、ミイラかと思っていたドルイドがゆっくりと立ち上がった。
「貴様、人間ではないな」
「いや、人間だ。ちょっと腹の奥にいらねえもんが入ってるだけでな」
「魔素は人間の体には過ぎたるものだ。何故それを手にした」
地下でひっそりと暮らしていたからかどうやらあの黒い風のことは知らないらしい。俺だって好きでこれをもらったわけじゃないが、キラの隣でその不満をベラベラ話すわけにもいかない。
「マスターニグリ。エルフのキラと申します。これには事情がありまして」
背中を払ったキラが間に入ってくれる。俺が話すよりはいくらか取り合ってもらえそうだ。同じ長命種ということもあって、ドルイドやエルフは人間よりも互いを信頼している節がある。
魔王が討伐されたこと。そのとき黒い風が周囲を大きく破壊したこと。そしてその影響で俺の体内に魔素が発生し、体表の魔力勁路が焼き切れてしまったこと。
こうやって聞いていると俺はずいぶん悲劇のヒーローになっている。もう命を懸けてまで倒すべき相手もいないのに。それが一番の悲劇かもしれない。
「ふむ。事情は理解した。それでもわしを尋ねた理由にはなるまい」
「あなたの知るという、秘術を教えていただきたいんです」
その言葉を聞いた瞬間にニグリと呼ばれたドルイドの体が震えた。怒った、というよりも怯えたという風に見えた。
さっき俺に無言で石の槍を飛ばしてきたやつだ。臆病者って感じでもないと思うんだが。
「なぜそれを」
「エルフの集落には風に乗って様々な情報が流れ込みます。たとえあなたが隠し続けていたとしても、多くのエルフの誰かの耳には入ってしまっているものです」
「長き耳を持つ者は他人の噂話が好きなようだな」
じじいらしい嫌味をキラは顔色一つ変えずに首を振った。最近いろんなところに出かけていると思っていたが、エルフの里を回って情報を集めていたらしい。俺や義賊団のやつらじゃ絶対に見つからなかっただろう。
本当はさっさとこの体の問題を片付けて集落に帰してやりたいところだ。あんな男所帯にいてもキラには何の得にもならない気がする。
「あの術は、決して人が持ってはならぬものだ」
「どういうことだよ?」
俺がニグリに詰め寄る。威嚇なんて何の意味もない。身じろぎ一つしないまま、ニグリは話を続けた。
「今の貴様が一番理解していることだろう」
「魔素によって体が破壊されるってことか」
「多くの魔力を変換することなく体内に受けると魔素が生まれる。これは我々が老齢になって持つ魔素とは違い、不純物だ。体を蝕み続けることになる。それは貴様の短い人生の間、呪い続ける」
そんなものもう嫌というほど体感している。そもそも死にかけているところを謎の気合でどうにかしてここまでやってきたのだ。
「っていうかその秘術ってなんなんだよ。法術系の魔法じゃないのか?」
俺の体をなんとかできるというんだからすっかり魔素を取り除くとかそういう
「それすらも知らずにここまで来たのか?」
「当たり前だろ。可能性があるならまずやらないとな」
「正直に言いますと、噂を聞いてなんとかなるかもしれないと来ただけなんです。どうか診てはいただけませんか?」
こっちは運よく何かが起こらないかと思っているくらいのものだ。効果がなければそれでも諦めはつく。だが、門前払いを受けたんじゃ前には進めない。ダメならダメで結果をもらわなきゃいけないのだ。
ローブの奥の目が怪しく光る。目の前にいた俺の手をニグリのしわがれた手がとった。
「これは、魔力沈殿が起きているのか」
「この黒いのか?」
「その黒い風、というのは高濃度の魔力を変換せずに放出したものだろう。魔力とはすなわち強い生命力だ。少量を変換しただけで莫大な魔法に変わることからもわかるだろう」
「それが肌についたらなんでこうなるんだよ?」
「命のぶつかり合いによって変質するのだ。傷つけるもの、治すもの。奪うもの、与えるもの。すべてが魔力の中には含まれている。その詳細はわしも観測できない」
俺の体と魔力の中に含まれるものが様々に干渉しあった結果、最終的に残ったのは黒く硬化した肌だったということだ。生命力ってのはつまりは生存能力だとも言えるし、確かにそれならより強く変化したとも言えなくはないな。
「それはもう治らないんだろ。それは諦めてもいい」
「魔素から生まれる膨大なエネルギーを体内で効率よく消費したい。そういうことだな」
「はい。そのためにニグリさんの秘術を応用したいんです」
これだけニグリが言い渋る秘術。いったいどんなものなのか。
「あの悪魔のような魔法の使い方が役に立つというのか?」
「ユーマさんには気功法がありますから」
「少し昔話をしよう。秘術、マギノワールの話を」
そう言ってニグリはまた座っていた場所に腰に下ろした。薄暗い洞窟の中だ。そろそろ松明の一つもつけたいところなんだが、二人はまったく気にしている様子はない。しかたない。俺も近場の岩壁にいい場所を見つけて腰を落ち着けた。
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