荒野の隠れ家

「さぁ、行きましょう」


「待てよ。露営の準備がいる」


「私はどこでも寝られますよ?」


 普通の人間ならすぐ逃げ出しそうなあの坑道みたいなアジトになじんでいるだけのことはあるな。とはいってもいい場所で寝た方が体力は回復できる。


 魔王軍のモンスターも見なくなったとはいえ、まだ危険な原生モンスターはいくらでもいる。万全に近い状態を維持できるようにするのは冒険をするうえでは大切なことだ。ギリギリの状態で前に進むのは愚策だと俺は身をもって知っている。


「治癒法術があるならいいじゃないですか」


「そうやって甘えてると痛い目に遭うぞ。『まだいけるはもう危ない』ってのが冒険の旅の基本なんだよ」


「そういうものですか。私にはわかりませんが」


 あの黒い風に襲われたことをすっかり忘れているんだろうか。あれはわかっていたところでどうしようもなかったが。


「余裕があれば非常事態に対処しやすいだろ。旅に予定通りなんて言葉はないんだよ」


「では早く用意を済ませてください」


 本当に巻き込んだことを悪かったと思ってるのか、こいつは。アジトから必要なものをもらい旅支度を整える。パーティでの旅はそれなりに荷物を分けられるのでよかったが、二人旅となると難しい。キラは体力がある方じゃないから荷物持ちは俺になる。


「ま、このくらいなら昔と変わんねえか」


 荷物持ちも雑用だった俺が一番量を持っていた。騎士ナイトのダマスカスが筋力なら間違いなく一番だったはずなんだがなぁ。


 だが、今はその経験も悪くなかったと思っている。なんでも自分でできた方が役に立つ義賊団の中では、俺の経験は役に立っている。こうしてどこかに遠出するときだってきちんと準備するものがわかっているというだけで気分が違う。


 知らない道より知っている道の方が早く目的地に辿り着くように、知っているということは何より成功に繋がるのだ。


「何をニヤニヤしてるんですか? 気持ち悪い」


「人生を振り返ってたんだよ」


「まだ死なないでくださいよ。寝覚めが悪いですから」


「走馬灯じゃねえよ!」


 縁起の悪いことを言っているキラを置いていくように歩き出す。実際もう何度か死んでいてもおかしくない。これから会いに行くドルイドだって性根がねじ曲がっていたら一戦交えるかもしれないのだ。


 フォートへと向かって進んでいく。何度も通った道なのに、ずいぶんと様変わりしている。特に魔王城が近い場所は黒い風の影響が大きかったのか、まさに廃墟に近い。まだこの辺りの片付けに衛兵たちが派遣されていないんだろう。


 暗がりに少しずつ黒い城が見えてくる。今は城主の不在で水を打ったように静かになっていた。


「今日はこの辺りで休むか」


「よくこんなところにいようと思いますね」


 魔王城跡のすぐそば。俺が荷物をおろすと、キラは少し不機嫌そうに眉根を寄せた。


「まともに残っている建物がないからしかたないだろ」


 黒い風の影響で周囲の木々や山肌が持っていかれている。そのせいで露営に適した場所が残っていないのだ。


 突然の雨にうたれる可能性も考えるなら、たとえ元は敵の根城でも屋根があった方が良いに決まっている。


「ちょうど真ん中からぽっきりと折れてますね」


 黒い闇のような色をした塔のあった辺りがなくなっている。折れたというよりも消滅したと言った方がいい。それだけの魔法を受けてあいつらは無事だったのだろうか。セレンは回復だけじゃなく防御法術も得意だったから無事だとは思うが。


「いまさらどんな顔して会いに行くんだ、って話だよな」


 あそこで立ち去った俺にあいつらと会う理由なんてもう残ってはいない。それにこの義賊団暮らしも悪いと思っていない。


 あの時に俺たちは進む道を分けた。ただそれだけのことだ。


 観光地にもならない魔王城跡を後にして東の荒野に出る。少しワンプから離れるだけで一気に雰囲気は様変わりする。砂地の土地には人間の姿はなく、魔王軍のモンスターたちも姿を消した今、ただまっさらな大地が続いているだけだ。


「本当にこんなところにドルイドが住んでるのか?」


「あくまで噂ですから。交流を避けるのにはこれ以上ない土地ですし、とりあえず住めそうな場所を探しましょう」


「住めそうったってなぁ。最低限必要なのは水と屋根だな」


 砂漠一歩手前って感じの場所でドルイドと言えど住むのは簡単じゃない。水は魔法で確保できるかもしれないが、屋根はどうしたものか。アジトみたいに山もないしな。


「だったら地下ですかねぇ」


「地下に何かあるのか?」


「この辺りは地下水が豊富な土地だったと聞いてます。でも今はこの状態ですから、つまり」


「地下水脈の跡が洞窟状になってるってことか」


 そこなら雨風をしのげるのはもちろん、水も少しは確保できるところがあるかもしれない。隠れ家にするにはちょうどいい場所だ。


 あたりに洞窟の入り口がないか探してみる。入り口に立て看板でもあればいいんだが、もちろんそんなもんがあるはずもない。

もうどれくらい探しているのか。やっぱりここにはいないんじゃないか? そう思ってキラの方を向いた。懸命に探している背中にふと初めて会ったときのことを思い出す。


「なぁ。そいつってドルイドなんだよな」


「えぇ。そういう話ですが」


「ってことはそいつ体内に魔素を持ってるんだよな」


「かなりの長寿でしょうからそうでしょうね」


「お前、魔力を感じて場所を察知できるんじゃないのか?」


 魔王城の方へ来たのも魔力の異常な渦を感知して様子を見に来たからだった。ここいらにはモンスターの姿もない。魔力が出ていればそこにドルイドがいるだろう。


「わ、私は気付いていましたよ。いつユーマさんがそう言うのか待っていただけです」


「じゃあ、早く探してくれ」


 俺には見えないものを探すように辺りをキョロキョロと見まわしている。こうしていると外見相応の少女らしく見えるんだが。今回ついてきたことといい、モンドといい勝負の鉄砲玉だからな。


「あ、いました!」


「マジか?」


 っていうかそんな簡単に見つかるのかよ。適当な予想だったんだが、こいつもほんとにバカだな。っていうか俺が最近出会うやつバカしかいないんだが。


「この下ですね」


「ここ荒野のど真ん中なんだが」


「どこかに入り口が、こっちに魔力の障壁?」


 ただの砂地にキラが手をつっこむ。それと同時にずるりとキラが地面に吸い込まれていく。


「危ねえ!」


 落ちていく体をつかむ。ただの砂の地面じゃ俺の体を支えるものがない。そのまま二人して謎の穴に落ちていった。

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