厭世のドルイド

「さて、行くか」


「どこにだ?」


「巡回して助けられそうなやつを探す。魔王軍のモンスターだって全部消えたとは限らないだろ」


「お前は一応病人だぞ。休んでおけ」


 そんなことを言われたのは初めてだな。魔法、この気功法を使えるのは生まれつきだった。そのおかげでケガも病気も一瞬で治癒できる俺にとって病人なんて言葉はまったく無縁だった。


 親にだって言われたことのない言葉をこんな場所でよりによって俺の骨を折った男に言われるとはな。


「行くさ。休んでたら俺の拳が腐っちまうからな」


「そうだな。ユーマらしくなったじゃねえか」


 それから数日が経ったが、解決法は見つからなかった。キラ、と名乗ったエルフの少女も自分に責任があると言って協力してくれている。


 俺はというと変わらずワンプのパトロールに出ていた。魔力の黒い風に焼かれたワンプは倒れた木々が沼の中に落ちてその姿をまったく変えていた。今まではまったく太陽の光が届かなかった大地が照らされている。


 モンスターも魔王がいなくなってからはすっかりと姿を消し、どこかの牧場から生き延びた牛や羊がワンプに新たな住まいを求めてやってきている。


 まさに天下泰平。俺の身に宿った力はこの世界ではあまりにも大きすぎて無駄が多い。だからこうしてその力を自分に向けて自分で傷つかなくちゃならないのだ。


 誰もいないのなら大声で叫んでもいい。痛みをこらえず空に声として吐き出してから、俺は少し重い足でアジトへと戻った。


「それは確実なのか?」


「少なくともそういう話があるというのは事実です。真実かはわかりませんが」


「何もないよりはマシか」


「よう、どうした?」


 そういえばここ数日キラの姿が見えなかったな。まだ子どもだっていうのに魔力の渦を感じてワンプに単身で調査しに来たりとエルフの感覚は人間のそれとはまた違うんだろう。


「ユーマさんの症状を抑えられる可能性が見つかったんです。噂レベルの伝承ですけど」


「なんでもいい。教えてくれ」


 今の状態から変わる可能性があるなら何でも試してみなきゃいけない。それにしてももうちょっと早く話が来れば体内を雷で焼かずにすんだんだが。


「フォートから先、魔王城跡を越えたあたりに厭世えんせいのドルイドがいるそうなんです。そのドルイドが自身の体に魔法を使う方法を知っているらしいんです」


「自分の体に魔法が使えれば気功法なしでも魔力を消費できるってことか」


「本当にそのドルイドがいれば、ですけど」


 それでも可能性があるなら行ってみるだけの価値はある。少なくとも毎日体内を雷で焼くよりいいはずだ。


「詳しい場所はわかるのか?」


「いえ。ただあの辺りは住めるような場所がほとんどないですし、この間の黒い風でさらに減っています」


「探せばなんとか見つかりそうだな」


 視界の悪い沼地をいるかもわからない商人を求めて何度も探し続けていたんだから、荒野を探すくらいどうってことはない。それにしても厭世のドルイドか、厄介そうなやつだな。


「ドルイドはエルフと同じように人間と特別敵対しているわけではないですが、教えてくれるでしょうか?」


「ダメなら聞き続けるまでだ」


 やる前から諦めるとか途中で止めるなんてことはもうしないと誓ったばかりだ。そのくらいの障害で立ち止まってられるか。モンドの意味不明な教え方のおかげでなんとか新しく魔力も掌握できた。命はなんとか繋いでいけるはずだ。


「んじゃ早速行くか」


「モンドはここにいろよ。リーダーだろ」


「つれねぇなぁ。寂しいこと言うなよ」


 リーダーとしての資質は認めるが、交渉事においてこれほど不安な人材もない。俺様一番、俺様大正義を地で行くからな。実力を認めている相手ならともかく、気難しそうなドルイド相手に連れていくわけにはいかない。それになにより。


「てめえがいないと誰がアジトをまとめるんだよ」


「なるほど。俺様がいないとここは困るからなぁ」


 本当だよ。ここから出ると目立つんだからな。パリパリに固めた髪に陽の当たらなかったワンプにいながら浅黒い肌。大柄で筋肉質な体。


 今はフォートもお役御免だからいいが、ここらに人が増えたらさらに金剛義賊団は目立つことになるだろう。


「私はついていきますよ」


「いらねえよ。それより自分の住処に帰ったらどうだ?」


 エルフは人との交流を積極的に持たない種族だ。交易をすることもあるし、モンスターに襲われたときは助け合うことはあるが、基本的には特定の住処にエルフだけで集まって集落を形成している。


 エルフ側がどれほど人間との交流を忌避しているのかはわからないが、人間の中でも特別アウトローなこの場所に長くとどまっていいことなんてないだろう。


「助けてもらった人に恩も返せないようでは帰れませんから」


「そんなに大層なことはしてねえよ」


 これは言っても聞かなさそうだな。元々ここに来たのだって一人で魔力の調査が目的だった。責任感や義務感なんてものは犬のエサにもならない。そんなことを俺は何度も突きつけられてきた。


 だからこそ、この無意味に思える意志を守ってやりたいとも思う。


「んじゃ、さっさと行こうぜ」


「はい。もちろんです」


「こっちのことは気にするな。どうせ最近は暇してるしな」


「帰ってきたらアジトがなくなってたりしないだろうな?」


「人の数はいる。なにか商売でも始めるかねぇ」


 モンドがやったら一瞬で大赤字を出しそうだ。とっととそのドルイドに会って帰ってこないとマズいかもしれねえな。


「じゃあな。落ちてるもん拾って食べるなよ」


「俺を何だと思ってんだよ」


 ここから魔王城跡の先となれば数日かかる。俺一人なら半日ほどで済むんだが、キラを連れているからな。かといって置いていったら後から一人でついてきかねない雰囲気がある。まったく子守りも楽じゃないな。

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