魔法とは気合である

「何すんだバカ野郎!」


「今ので楽になったか?」


「あ、そういえば」


 冷静に俺の拳を手で受け止めながらモンドは笑った。なるほど体内に溜まった魔力を消費すれば体が楽になるのか。


「だからっていきなり骨折るやつがあるか!」


「これでどうにかなりそうか?」


「根本的な解決には。一人の人間の体を治癒するだけでは足りないでしょう」


「大事な仲間のためなら心を鬼にして毎日蹴ってやるんだがなぁ」


 そう言ってモンドはもう一発、俺の左足にローキックを放つ。なんとかガードは間に合ったが、打撲するには十分な威力だ。


 治癒魔法が届かないのは本当に表面の皮膚だけで、ここは魔力で硬化してしまっているから治す必要もない。それこそ勇者候補生の頃のように毎日死ぬ寸前まで戦っていれば命はだいぶ長らえるかもしれないが。


「何か方法を探しましょう」


「おうよ、俺様の大切な家族だからな!」


 そう言いながらモンドはまた俺を蹴り飛ばす。ずいぶんな愛情表現だぜ、まったく。


「俺様はちょっとこいつと話がある。席を外してくれ」


「え、でも」


「大丈夫だって。心配するな。殺しゃしねえからよ」


 ずいぶんと恐ろしい言葉を聞いた気がするんだが大丈夫かよ。


「お前、これからどうするつもりだ? 俺様に一生蹴られ続けるのか?」


「それをどうにかする方法を探すんだろ」


「違うな。探す前にやることがある。お前は自分にできることをすべて試してない」


「何かあるって言うのか?」


 だが、魔力勁路が切れてるんじゃ魔力を外に出すことはできない。傷がなければ気功法は使えない。


「その有り余った魔力を魔法に変換して自分に放つんだ」


「知らないのか? 扱える魔法は普通は一種類だけだ。法術が使える俺は他の属性の魔法は使えない」


「バカ野郎。やってみないことにはわかんねえだろうが!」


 容赦のない蹴りが動けない俺の顎を的確にとらえた。意識が持っていかれるところだった。気功法で傷を癒すと少し体が軽くなる。俺は土まみれの顔を拭って立ち上がった。


「魔法なんてのは要するに気合とイメージだ。それでなんとかなる」


「なるわきゃねえだろ」


「たとえばこうだ!」


 モンドが空を蹴る。その瞬間に音速の衝撃波ソニックブームが俺の体を切り裂いた。いくらモンドの蹴りが鋭いといっても物理的には不可能だ。


「風の、魔法?」


「ほら見ろ。気合だ。魔法を使える自分をイメージしろ。そして気合で魔力を掌握しろ」


「モンド、魔法が使えるのか」


 ただの脚力バカかと思っていた。人を惹きつける魅力はあると思っていたが。


「おら、次だ!」


 今度は地面を踏みつける。大地が隆起し、石の槍が俺を天高く打ち上げる。そこに今度は洞窟の中にもかかわらず雷が寸分違わず落ちてきた。俺の身が焼かれる。


「嘘だろ?」


「俺様は天才だからな。なんだってやりゃできるんだよ」


 一人の魔法使いが使える属性は一種類。これは数ある勇者候補生たちでもそうだった。パーティにいたルビーだってかなりの破壊力を持つ炎の魔法を使っていたが、それでも他の属性はまったくだった。


「気合とイメージがありゃなんでもできる。おら、やってみろ!」


「あいかわらずむちゃくちゃなこと言いやがる」


 ただ連続で魔法を食らったおかげで体はだいぶ軽くなった。ボコられれば元気になるってのも嫌なもんだな。


「イメージか」


「なんだっていいぞ。できればデカくて強いのがいいな」


 デカくて強い、か。一度ライトニングドラゴンの討伐に行ったことがあったな。


 激しい雷の魔法と硬い龍鱗で剣も魔法もろくに通らなかったんだが、俺の拳がドラゴンの急所に当たって倒したのだ。たぶん俺が唯一あのパーティで活躍したときと言ってもいい。


 あの雷をイメージする。雲一つない空から突然現れる人を焼く恐怖。それが俺の体から生まれる姿を想像する。後は、気合だ。


「おっらぁ!」


 大声とともに気合を入れる。その瞬間、全身を焼けつくような痛みが走った。


「があああ!」


 外から受けた傷は数知れないが体内に直接流れ込んでくる魔法なんてのは初めてだ。意識が飛びそうになる。痺れるような痛みにまた地面に倒れ伏した。


「何かあったんですか?」


「心配いらねえから入ってくるな!」


 エルフの少女に今の姿を見られないように気功法で体を癒す。こんなに俺が苦しんでいるところを見せちまったら、あの子は間違いなく傷つくだろう。


 俺がどんなに苦痛に顔を歪めても、ただの女の子を悲しませることは絶対に許せない。


 歯を食いしばって立ち上がる。モンドはにやりと笑顔をこっちに向けていた。気楽なもんだぜ、まったくよぉ。


「ほら見ろ。できるじゃねえか」


「できた、って言えるのか?」


「ほら、もう一回やってみろ」


「あ、あぁ」


 ちょっと心の準備をさせてくれ。雷を直接内臓で受け止めるんだ。いくら勇者候補生として死線を潜ってきた自負のある俺にだって痛覚はある。ましてやこんな痛みは受けたことがないんだ。


「どうした? もう降参か? 諦めるのか?」


「誰が、諦めるって? ふざけるなよ、俺はもう二度と諦めたりなんてしねえんだよ!」


 一度このワンプで諦めたことがある。それは今でも心に残っている。あのままついていけば、俺は死んでいたかもしれない。それでもあそこで俺は離れなきゃいけなかったんだろうか。


 もしかしたら今、俺はウェルネシアの王の前で最高の名誉と報酬を与えられていたかもしれない。そう思うときがある。


 だが、これが現実だ。途中で諦めたやつはどんなに駄々をこねたって勇者になんてなれやしない。もう魔王はいない。勇者は必要ない。ただ勇者になれるやつは結局最後まであきらめなかったやつなんだ。


「おらぁ!」


 もう一度あの雷をイメージする。一度痛みを持って体で覚えたからかさっきより魔法の力をつかんでいる気がする。


 その分威力も上がっている。全身をまた電流が駆け巡って体を焼く。


 来ると分かっていれば、歯を食いしばって地面を無様に転がれば耐えられなくはない。こんな姿は誰にも見せられないだろうが。


「なかなかやるじゃねえか」


「モンド、この状態じゃなかったらぶん殴ってるぞ」


「お前のいい姿が見られて俺様は満足だ」


 モンドの目からは、一筋の涙が伝っていた。


「ありがとよ。生きていてくれてな」


「何言ってんだよ。俺が死ぬと思うか?」


「死なねえさ、当たり前だ。この金剛義賊団の仲間は誰一人殺させやしねえ。それが俺様、金剛脚のモンドだ」


「これで恥ずかしいのはお互い様だな」


 男ってのは苦しむ姿も悲しむ姿も誰にも見せたくないもんだ。それを俺たちは分かち合った。それで今は十分だろう。

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