第16話 久しぶりの来客。

今日も結局何も変わらない日だ。

誰かが来るわけでも無い店に、なんとなくという理由だけで開店しておいてる。なんでも屋、なんて看板を出したところで胡散臭いなど適当に理由づけては誰も入ろうとしない。……仕方ない、といえばそこまでだが。

それでも、金に困った事はあまり無い。なんだかんだでたまに人が来ては、仕事を頼みにやってくる。そして……この前みたいに、たまたま現地で仕事を掴むことだってある。


「レウィスー……何してるの?」


こうやって何もしないときは、お互い暇つぶしをするだけ。好きに出掛けてもいいし、寝てもいい。何なら風呂……は、アザルは基本的に俺と一緒に、しか入ろうとしないから無いか。


「小道具の確認」

「……またそれ? 飽きないの?」

「飽きる飽きないとかじゃなくて、必須なんだよ」


万が一使う時が必要になり、こうやって手入れをしていなかったら……問題が確実に起こる。指輪の場合は、魔術が使えないことにもなりそうだし、ナイフの方ももしかすると切れないかもしれない。それだけは、絶対に避けておきたい。


「私の魔力だけで十分だと思うんだけど?」

「ああ、確かにな」


こいつの言ってることは割かし間違えではない。が、想定内以外の事がいつ起きてもおかしくはない。


「じゃあ聞いておくが……もし魔術自体を無効化する、なんていう奴が現れれば?」

「……そんなのあり得ない。龍以上に強い人なんかいるわけも無いし……同じ龍でも、私以上に強いのはあり得ないけど?」

「自信満々だな、お前?」


いつも通りの姿だ、こうやって自信満々で、自分が強いと信じている。……まぁ事実だとは思う。

アザル以上に強い人間を、少なくとも俺は知らない。そもそも龍ということもあり、魔力も人間のそれとは比にならない。純粋な魔力、だけだったら……最強なんて言葉がお似合いだ。


「で、お前は何してるんだ?」

「なーんにも?」


アザルのほうを見ても、確かに何もしてない。

ただ黒いソファに座っては、暇そうに俺の方を見ているだけだ。


……俺を見る瞳も、どこか眠そうな感じがする。

目を半分だけ開いては、所謂ジト目で見つめてくる。




……静かだ。誰も来ないから静か、と言う訳ではなく……後ろの奴が静かだ。

いつもならここで「暇だけど?」とか「なんかやれ!」とか言ってくるのが定石なのだが、今日は珍しく静かだ。たまにあいつの方を見ても、こちらを見つめるだけですぐに目を逸らしたり、近くにある本を読み始める。


……今日も出かけた方がいいか、そうすれば暇そうにしているあいつも、それなりに時間を潰せるはずだろうしな。


「よし、ちょっと出かけ……」


街のほうに行こうと思えば、珍しく扉の方から人がやってきたことを知らせる鈴の音が聞こえる。


「すみません、えっと……ま、まだ開いてますか……?」

扉の方からはか弱い女性の声が聞こえてくる。彼女を見れば……あざとい、がお似合いのピンクのフリルのドレスを身に纏う女性がいる。金髪碧眼、絵に書いたような美少女で『完璧』の一言がお似合いだ。


「いらっしゃいと。……ま、座ってくれ」


せっかくの客だ、ここで逃がしたら金が入らなくなる。

それにこういうドレスをした上品な人ほど、金払いはいいって昔から言われてはいるからな。


「よかった、まだ開いてまして。……えっと、彼女……の方は?」

そういってアザルの方を見る。


「お手伝いさん、みたいなもんだ」

さすがに翼を展開している状態でこれは……苦しい言い訳だと思うが、変に使い魔だなんていうよりも遥かに安全だ。


「お手伝いさんですか。……実は、ちょっと……同性の方、というよりも……ほら?」

何回もアザルの方を見てくる。いや……アザル本人じゃなく、彼女の翼、か。

いくら中央地方とはいえまだアザルのような異種族に対して苦手意識を持つ人も少なくはないから、仕方が無いことだ。


「ちょっと用事あるから、出かけてくる」

「早めに帰って来いよ?」


察してくれたのか急ぎ足で、出来るだけ女性の方を見ないで店から出ていく。……彼女には悪いが、こればかりはどうしようもない。


「これで大丈夫か?」

「あ、あはは……な、なんか悪い事をしちゃったみたいですね……」


知らない人から見れば、ただ不機嫌に出ていったようにしか見えないから、彼女のように勘違いもしてしまうのかもしれない。

もしかすると今は不機嫌なのかもしれないが、あとでいつも通りの態度に戻る。あまり気にしないでおこう。


「じゃ、改めてだな。俺は……」

「レウィスさん、ですね? 少し耳にしましたので……私はメンテラ、って言います」


……驚きだ、まさかこんな店のことを耳にするとは。少なくとも、彼女のような……育ちの良い、人が訪れるような所でもないし、耳にするはずもない。


そして彼女の名前はメンテラ、と。フルネームを教えないのもまた一種の警戒だろうか。一応、メモっておくか。


「それで、用件は?」

こういう仕事においての無駄話は好きでは無い。


「お早いお人で……ちょっと面倒な事が起きているといいますか……ストーカー被害、と言えばいいでしょうか?」

「……いや、それは騎士団にお願いしてこいよ」


もっと騎士団に言えないようなものだと思ってたら、ただのストーカー被害。わざわざ報酬を支払わないといけないような、俺の所にくる理由が一切見当たらない。

それともなんだ、騎士団の誰かにストーカーされている……そういうケースだったら、まだ理解はできるが……話を聞こうか、まず。


「私も是非そうしたいのですが……立場上それは無理、でして」


「立場上ねぇ……騎士団となんか関係が?」

わざわざ立場上騎士団に頼むのが無理だなんて、犯罪の匂いしかしない。


そう思っていたが、そんな考えも彼女の次の一言で、すべてなくなった。




「大陸騎士団のアイドル、ですので……!」

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