第15話 狭い浴室。
「相変わらずせっまい……」
「宿と比べるな、宿と」
流石に比べる対象が酷いと思ってしまう。相手はいくら南地方のとはいえ、立派な宿。対するのはただの一般人な俺の家だけ。浴槽が小さいのも、仕方ない。
それにしても、こうやって狭い浴槽で入るのも、なんだか久しぶりに感じてしまう。昨日一緒に入った筈なのだが、妙に落ち着けなかった。
……こうやって密着するのが、落ち着くとは……我ながら邪な考えだと思ってしまう。
「私はこの狭いのが好きだけど?」
「それなら良かったが」
こいつも俺と同じ様に、こうやって密着したままの風呂に慣れたからか、好んでるはずだろうな。偏見だが、龍は広いところを好みそうなイメージはある。それは翼の大きさ故の所か、もしくは……尻尾、と言いたいが、少なくとも人間時の彼女に尻尾など一切無い。
「はぁー……やっぱこういう、慣れた浴槽で、いつもの距離のほうが……落ち着けるよね」
「だなぁ。相変わらず、お前の翼のせいで俺は痛い目にあってるが」
鋼の様に硬い彼女の翼が毎回当たっては痛い。痛いが……これくらいのほうが、寧ろ安心するまである。……俺は決してマゾとか、そういうのではない。
ただお互いに、この距離が安心する、というのは確実にあるからだ。
「それで、さっきまで何考えてたの?」
「リアフィールド。俺たちはもしかするとだが、すごいヘマをしたかもしれんな」
ただ相手が相当なやり手だと考えれば、なぜ未だに襲ってきてないのか。
昨日は屋敷を襲ったこともあり疲れがまだ残っている。……そして無防備な時間も幾つか合ったのだが、何一つ起きなかった。
遊ばれている、とも考えたが……それも、無い。
「考えても仕方ない……って、レウィスがいつも言ってるでしょ?」
「今回は割と一大事だと思うぞ? もしかすると、お前と同じくらい、強いやつかもしれないしな」
「私と同じくらい?……「私は最強の使い魔だ」と言っていたのは…だーれ、だっけー??」
確かにそんな事言ってた覚えはある。……ここでそれを持ち出してくるのか、こいつは。
「今回は話が違う。お前でさえ魔力を感じれなかったやつだぞ?」
「はぁー……主様は……」
また”主様”と呼んできては俺の正面を向き、珍しく真剣な眼差しでいる。
「使い魔が不安になるのはいいけど、主様が不安なのは駄目。……私は最強の龍だからな?」
「……お前、本当バカだなー?」
何かを勘違いされているのか、まるで俺が不安に見えているようだ。
不安、というよりも現実を見ているだけだが……こいつにとって、それは不安に見えたというわけか。
……駄目だ、つい笑ってしまう。
「……な、なんで笑ってる?」
「自分から「最強の龍だ」なんて言うからだよ……あー、面白いな。やっぱ最高の使い魔だよ、アザル」
こいつなりの励まし方なのだろうが、なんでか笑ってしまう。
「……私は別に、変な事は言ってないけど?」
「個人的に面白いと思っただけだ。あんまり気にするな」
こいつが昨日変に悩んでいた時にかけた言葉を、まさか返されるとは一切思っていなかった。
……そしてやっぱり、今日もこいつのことはよく分からないままだ。俺の使い魔なのだが、態度も大きくまるで俺が使い魔にも見える。主従関係がまるで普通ではない。
それなのに''仕事''の時は俺を主と呼び全力で守ってくる。そして仕事が終われば、こうやってまた態度が大きく……。
「はぁ……やっぱ私は、こういう狭い風呂が好きだけどね?」
「なんだよ、唐突に」
親戚の子くらいだと思えばいいのだろうか。……それにしては、余りにもべったりしている気がするが。
それ以外だと、妹……がもしかすると近いかもしれない。何はともあれ、こいつは俺のことをただの便利な召使いとしか思ってないのは確実だろうな。
こうやって毎日……ではないが、定期的に翼を洗ってあげたり、着替えも準備しては、何なら髪を梳くのだってやらされる。
考えれば考えるほど、俺はただの召使いだな、こりゃ。
「何してるんだ、レウィス?」
久しぶりに最近手入れをしていない大型ナイフを見ていたところ、まるで初めて見たかのように後ろからいつもの、声が聞こえる。
……今回は珍しく、寝なかったのか、こいつは。
「武器の手入れ」
「……魔術以外に、なんか使ってた……?」
「お前が来る前までは幾つか小道具があったからな? 今は必要ないが」
前は魔術すらままならないから、こういう''仕事''をする際は様々な小道具を使ったもんだ。
一般的な人が想像出来るような武器や、騎士団くらいしか入手のできないようなものまで。……今はこいつがいるから、全部無駄なものにしかなってはいないが。
「ふーん……」
「その前にちゃんと頭乾かせ、風邪引いても知らんからな?」
「馬鹿か、レウィス? 私はそもそも龍だから、そんな人間の病気にかかるわけも無い……」
「ああ、そうだったな。ただそんな''龍''でも、今は人の形をしているから、気をつけろよ」
こいつが風邪をひいたときなんて、考えたくもない。
「……それで、その小道具って……その、指輪?」
「……そういえばお前には説明してなかったな、指輪について」
彼女が気にした''指輪''というのは……一面真っ黒で、真ん中に小さい宝石が埋められている指輪だ。ぱっと見ただの黒い指輪だが、ちょっとした……いや、でかい仕掛けがある。
「誰でも魔術が使えるようになる代物だな」
「……魔力が無いと普通は使えないはずだけど?」
「普通は、な。ただこの指輪自体に魔術を一つ行使できるような魔力が込められているもんだ。……例えば、これだ」
他のと違い比較的新しめの指輪を見せる。
余り傷もなく、宝石自体の輝きもまだ強い指輪だ。
「あの人攫いの?」
「お前を攫おうとしたあの人攫いのだな。これは……お前も見た通り、テレポートの魔術だな」
指輪を使い魔術行使を行っていた、そうすればなんであいつがなんで逃げなかったのか、説明がつく。こういう指輪は魔術が使える反面指輪自体が耐えきれなくて破壊、なんてこともしょっちゅうある。
そして奴はそれを恐れて、使うのを躊躇ったと。……つくづく馬鹿なやつだなとしか感想が出ない。
「……ま、私には関係ない話か」
「お前が近くにいれば、俺にも関係ない話ではあるな」
昔はこういうのをよく使っていたが、最近は知っての通りアザルのおかげで使う必要性が無い。
……ただ、一応手入れはしておく。いざという時のために、もし万が一……アザルの力が使えないときに、な。
「……ま、私は寝る。 どうせ近くにいたら邪魔になると思うし」
「へぇ? 邪魔になるって分かってるなら寧ろ居残るのがお前のはずだが……って……」
おやすみを言う前に颯爽とあいつは部屋に入っていった。微かに「おやすみー」と気だるげに、そして眠たそうな声が聞こえてくる。……全然長くない話だったはずなのだが、これが眠気を与えたって事か。
まぁ仕方ない、過ぎたことはあまり考えないでおこう。
今は使っていた小道具達の手入れが最優先だ。……あいつには理由を聞かれなくてよかったとは思う。
リアフィールド対策のための手入れ、なんて言えるわけがないからだ。
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