第14話 人間の真似事。

「辺りも真っ暗だな」


 何時間あの酒場にいたのだろうか。確か、起きて少しして工房に行って……そのまま酒場に行ったから……十時間……いや、さすがにそこまで時間は立ってないはずだ。確かに暗くなったが、もしかするとたまたま、今日は日が沈むのが早くなったかも知れない。


「よし、そういう事だ。今日はたまたま日が早く沈んだだけ、まだ夜の六時くらいな筈だ」


 近くに時計などがあれば確認出来るとはいえ、この辺りでは無く、街の中心に大きな時計塔が一本立っているだけだ。後は建物の中にあるくらいだが……この近くでは知人もいなく、時間を確認することが出来ない。ならすることは一つ、時間がまだあんまり立っていないことを願うだけだ。


 別にこれは言い訳ではない。

 ただ、元はといえばあいつ、メカニックが悪いな。最初は奢ってもらえるし、酒場に付いていったわけだが……気がついたらあいつが酔ってはそのままこんな時間までに強制的に付き合わされた。

 そして極めつけにそいつの家まで運んでやることにもなった。最悪、だ。


「アザルの奴が文句言わなければいいんだけどな……」


 なんか約束か賭け事をした覚えがあるが、そんなのどうでもいいか。

 さっさと家に帰ろう。




「ただいまっと……」

 家の中は灯りが付いてない。……あいつ、まさかだけど寄り道してるのか?

 一瞬そう思ったが、ソファの方を見ればすぐに理解出来る。……ぐったりと心地よく寝ているのが見える。

 相変わらず着替えもせず、家を出たときと同じ様な服だ。


「ってことは、もう夜遅いか……」


 こいつが寝ているって事は、そういうことだろう。本来ならこのまま灯りをつけて、一度時間を見たり、整理とかしたいのだが……此処まで気持ちよく寝ているこいつを起こすのは、さすがの俺でも躊躇ってしまう。自然に起きてくれれば楽になるが……。


 ……なんて思ってたら、あいつの動く音が聞こえてくる。

 動く音、というよりも……翼から発する微かな音だ。


「おう、起きたか」

「……今、何時?」


 起きて最初に確認したいことが時間とは、こいつはもしかすると…変な時間に寝たやつだな。

 こいつも起きたことだし、これで問題なく灯りをつけることが出来る。指を軽く鳴らすだけで、それに反応して魔術が起動する。……変な仕組みだ。


「八時だ。寝れるように、一度起きろ」

 思ったよりもかなり過ぎていた。八時間くらい、あの酒場にずっといたって事になるのか。……今度からはメカニックの誘い、断るようにしておこう。


「……なぁ、レウィス?」

「あ?」

「んー…………」


 まだ寝ぼけたままこっちに来ると思えば、首筋に鼻を近づけた後にわざとらしく、音を出しながら匂いを嗅いでいる。……こいつ、頭でも打ったのか?


「……他の女の匂い、するよ?」

「ぶっは!?」


 こいつの口からこんな言葉が出るとつい吹いてしまう。かわいそうだが、余りにも合わないセリフだ。もう少し背筋も高く、性格も物静かだったら、グッと来る何かが有るはずなのだが……いつものこいつを思い出せば、寧ろ乾いた笑いしか出てこない。


「お前、どこでそれ見たんだ?」

「本で。確か……やんでれ、とかいう奴?」

「合ってるな、俺は好きじゃないが」


 いつもの唐突に情報が出てくる摩訶不思議な本からか。大体こいつが変なことをしでかしたと思ったら、八割方原因はその本だ。もう二割は……こいつの”素”だろうな。

 俺もそれなりの間こいつの主をやっているが、未だに半分以上理解が出来ないことが多い。


「せっかく出だしはよかったんだ、最後までやりたい」

「面倒だからパスで良いか?」


 ああ、どうやら完全に無視されてるな。わざわざ仕切り直し、と言いたそうにこっちを見つめてきてから、身体を近づけてきたのだから。

 ……また首筋に顔が近づいてくる。


「おい、その本に何書いてあったんだよ……」

 こっちから聞いても、無視。仕方ない、もう完全にこいつの遊びに付き合うことになっただろう。……それにしても、さっきからずっと匂いを嗅いでいるだけだ。

 今後は少し読ませる本も気をつけたほうが良いな。


「で、満足したか?」

「……はぁー、ぜんっぜん分かんない。大体、匂いを嗅いでどうしろって私が聞きたい……」

 丁寧に本に書いていることを一歩一歩やる姿は見ていて応援したい気にもなる。その相手が俺じゃなければな。


「で、その本にはなんて書いてあったんだ? そのまま匂いを嗅いでから、次の行動は?」

 少しくらいアシストしてやっても良いかも知れない。


「確か……そのまま問い詰めるって覚えがある。……こうだっけ」


「……レウィス、他の女の匂いがするよ?」

「それはもう言ってたな」


 駄目だ、笑ってしまいそうになる。だがここで笑ったら……いや、それもアリなのでは無いだろうか。……とりあえず、もう少しこいつのお遊びに付き合ってから、後でからかってやればいいだけだ。


「んー、じゃ……。 レウィス、私がいるのに……なんで捨てようとしてるの?」

 何かが違う感じがするが、これでもいいか。

 一応…これも広義的なヤンデレ、に入るだろうか。

 それにしても、手首を握る手が徐々に痛くなってきた。


「おお、まぁ続けていいぞ?」

「私に問題でもあるの? 不満があるの? 教えてくれたら、全部直してみるよ……?

 それとも、私を……その、捨てるの…………」

「……」


 何かが違う気がする。というか、それ以上に手首が痛い。余りにも強い力で握って来やがる。


「……」

「えー、っと……アザル? 急に黙り込んで、どうした?」


 それなりによく行っていたと思えば、今度は黙ったまま下を見ていて。どこか恥ずかしそうに震えているようにも見えるが、気の所為だろうか。

 しばらくすれば……。


「あー! こんな怠いこと、人間はいっつもやってるって……」


 手を叩くようにした後、大きくため息をしながら離れていく。一応まぁ、これでこそアザル、だ。興味があれば行動にして、飽きたら途中だろうと無視して終わる。ある意味で、安心できる光景ではあるな。


「全員がそういうのをやってるわけじゃないぞ? というかな……元々そういう性格の人をヤンデレとか言うんだよ……作れるもんじゃないぞ?」

「それでも私には理解出来ない。……なんでこーんな、面倒な事を人間はする?」


 また面倒くさい質問をふっかけられる。なんでこんな事をするか、なんて言われても……どう答えれば良いのか。

 俺も考えてみれば、なんでこういうのが存在するのかは分からない。……ま、深く考えても意味はないだろうしな。


「性格みたいなもんだよ、特に理由は無い」

「つまり答えるのが面倒と。……ま、私はそれでいいけど……それより」


 やっと離れられる、と思っていたらまた手首を掴まれた。


「帰り、すっごい遅かったんだけど?」

「それはすまんな。ただあのメカニックが酒癖酷いらしく……ああ、思い出したくも無いな」


 一度飲みだしたら、あいつは止まらなかった。ちょっと話をするたびに酒を飲み、話が終わったらまた酒を要求する。……それを何回、何十回やったんだっけな。飲んでない俺のほうが酔いそうにもなるくらいに、ひどかった。


「それより、カトリネとヴィダの奴は?」

「来てない。そもそも、ヴィダの匂いがまだ遠いところにあるから……多分だけど、南地方にまだいるよ」

「まぁいいか、どうせ今週までに払ってくれれば、俺はどうでもいいからな」


 どうせ後処理でも任されたんだろうな。派手にやった覚えが無いとはいえ、真正面から突撃しては死なない程度に傷を作ったのだから。……そこはまぁ、すまないとは思って入るが、別に要求通り死んではいないから、約束は守ってやった。

 それに、もしかするとその後処理、のおかげで良い情報だって手に入るのかも知れない。


「……リアフィールド……」

 あの人攫いの様子を思い出せば、リアフィールドとやらは最後まであの屋敷にいたのは、確定だろう。だが、俺達が軽く抵抗して、力を見せたら……すぐに消えた。


「……アザル。お前、昨日……何らかの魔力が動くのを感じたか?」


 普通の人や高等魔術師に言っても訳がわからないことだろう。ただ、彼女はこれでも龍。……魔力のことなら、俺や魔術師以上に何倍も知っているはずだ。


「人攫いがテレポートの魔術を使う時以外は、一切感じれなかった」

「……ほんの一瞬でも、感じなかったか?」

「相手の魔力が相当歪な形をしているとしか思えない。……私でも、察知できなかったくらいだし……」


 あの壁と同じって事になる。もしくは、それに近いなにかだ。

 と、なると……リアフィールド、は少なくとも、普通の魔術師ではない。そして高等魔術師レベルでもない。それ以上、もしかすると……龍であるアザルと肩を並べられるくらいの実力者とも考えれる。もし、この考えが正しかったら……最悪、だ。

 相手は此方の魔力を確実に感じ取った。仮に、魔力を無視したとしても……今後そいつは警戒し始める。……無理だな、これは。


「それよりレウィス―、風呂行こ?」


 ……後で考えることにしよう。

「今日も翼は?」

「昨日洗ってもらったし、大丈夫だけど?」

「りょうかいっ」


 何はともあれ、先ず風呂に入ることだな……。

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