第13話 大人な空間?
「ん、やっぱちょっと待って。付き合って欲しい事があるんだけど、大丈夫?」
さっそく工房から出ようと思えばメカニックの奴がまた呼んでくる。
「何がしたいんだ?」
「僕も久しぶりにちょっと飲みたくて。君もどうせ暇だろうし、奢ってあげるよ?」
真っ昼間から酒場に行くとは、まさにダメ人間だ。
それくらい、まぁ良いだろう。
「それでそれで、来てくれる?」
「奢ってくれるのなら、まぁ行くが。……お前、まさかだけど……そのままで行くのか?」
「ぁ、もしかすると……僕がお洒落する所、見てみたいとか?」
いつもつなぎ姿のこいつがオシャレするのは、確かに見てみたいものはある。何ならアザルの衣装選び……いや、それは無理は。あいつはこいつを嫌ってると言うか、苦手らしい。
まぁ何にせよ、いつも地味な感じのこいつのオシャレ姿を見れるのなら、少しくらい付き合ってやるか。
「メカニックがどういう感じの服装をしてくるのかは気になるがな」
「へえー、そうなんだ?じゃ、着替えるから……ちょっと出ていってくれない?」
「仰せのままに、な」
さ、こいつがどんな衣装をするのは、気になるところだな。
「……遅いな」
追い出される形で工房から出たのは良いのだが、もう五分近く外にあったベンチに座りながら、待っている。
それでもあいつは何故かまだ着替え終えてない。遅すぎる。
それともアザルがいつも早いだけで、基本的に着替えってのは遅いのが普通なのだろうか。
そうしばらく考えていたら、工房の重い扉が開く音が聞こえてくる。やっとか。
「……ご、ごめんね? 久しぶりにこうやって、別の服で出かけるのって久しぶりだし……」
「……あれ、妹さん……いや、姉さん?」
「違うよ、僕だよ!」
工房の中から現れたのは、中性的な見た目をしたメカニック……らしい。なんというか、人が変わりすぎてる。短めの茶色い髪に蒼色の瞳で何とか分かるが、それ以外がかなり変わってる。
さっきまでの印象とは一周回って変わり、まるでどこかの貴族に間違えるような姿をしている。……もっと簡単にいえば、お嬢様だな。
「……そういえば、君にはまだ言ってなかったよね」
「まぁ良い所のお嬢様、ってのは……今見ただけで分かるがな」
そんな奴が工房を持ってメカニックなんてやってるのが不思議なくらいだ。ま、あんまり深くは聞かないでおこう。どうせ何らかの事情や理由があってやっているだろうし。
「それで、そんな服装をして、まだ酒場に行く気か?」
「ん、僕は問題ないよ? それに、かなり前だけど……この服装で、酒場に行ったことあるし」
「チャレンジャーだな、おい……」
どこかの貴族のお嬢様に見えるような奴が酒場なんかに言ったら、落ち着いて飲むものも飲めないだろうな。
……そんな俺は、今からこんなお嬢様、と酒場に行くんか……。
「悪いね、僕に付き合ってもらって」
「良いってもんよ。こうやってお前と飲むのは、なんだかんだで初めてだしな」
ただの酒場、かと思いきやそれなりに立派で、お上品な感じのする場所へと来たと思えば、そのまま個室へと連れて行かれた。正直何がどうなってるのかが分からないが、こいつがあの変人メカニックということだけは分かる。
「それで、わざわざこんな個室に連れてきたって訳だ。……話、進めるか?」
「僕としてはもうちょっとゆっくりしてもいいんだけどね」
こんな上品な酒場、それも個室にいても……お互い飲む物はビールだけだ。お互い貧乏舌らしいな。
それにしてもこいつから、話があると言われればつい身構えてしまう。なんせ変人で、アザルからは変態扱いされているやつだ。そんな奴が付き合って欲しい、なんて言ってきたら……正直言って怖い。
「……アザルちゃんの事、どう思ってるの?」
「良い使い魔」
「……だと思ったよ」
「逆に何を期待したんだ? ん?」
なぜこうもアザルの事を気にするのだろうか。……そういえば、アザルもそれっぽいのを言っていた覚えがあるのだが、どうして契約してくれたか……そんな話が確かにあった。
少なくとも、俺にとってあいつは良い『使い魔』だ。それ以上でもそれ以下でも無く、使い魔だ。……仮にそれ以上だとするなら、よくて親戚の子くらいだろうか。
「普通さ、使い魔ってもうちょっとこき使うようなものだよ? 君たちみたいに、仲良くする関係って、まずありえないし……」
そう言われれば、納得は出来る。他の主従関係を見ても、お互いが利用する程度の姿しか見ない。……カトリネの場合は……うん、あいつはまぁ知らん。
「ま、そんなことよりもさ……」
「そんな事、なら聞いてくるんじゃねーよ」
「ははは……。君は僕の事、どう思ってるの?」
一瞬むせそうになった。
だがすぐに冷静を取り戻して、もう一度言葉の意味を考えてみる。……うん、多分、多分だが普通に変人、と言っても問題ないはずだ。
「変人。あと頭がやばい奴だとは思ってるな」
「あ、あはは……ひどい評価だね、それ」
事実を言ったまでだが、酷いのは……俺も認めよう。
「……僕はまぁ、君のことは良いとは思うよ?」
「へぇ、ありがとな? が、俺はお姉さんとかが好きでね」
「君以上にお姉さんなんて、そんなのおばさんくらいしかいないと思うよ?」
俺はまだ若いと思うが、おばさんくらいしかいないなんて言われるのは酷いな。それに、俺は年齢でのお姉さんが好き、というわけではない。
「ま、君はあんまり考えてないみたいだよね。……気になることはあるんだけどさ」
「……ん?」
「アザルちゃん、たまに忘れるけど……『不幸を招く龍』何だよね?」
「合ってるな」
たまに俺も忘れてしまうが、あいつは不幸を招く龍だ。どういった形で不幸になるのかは分からないが、一応そういう龍だ。
……とはいえ、今の所彼女と過ごしてきた間、全くその様な事は起きてない。
もしかすると本当に名前だけそういうので、実際は不幸を招かないかも知れない。何にせよ……安心しても良いものだろうか。
「それなのに君は今の所不幸になっていない」
「俺もそれは考えたんだがな……ま、『不幸を招く龍』なんて所詮異名程度なんだろ」
仮に何らかの形で、その不幸とやらが俺に起きていたとしても、俺はそれを全然気づいていない。もしかすると嘘かも知れないし、もしかすると……知らない形で、不幸になっているのかも知れない。
「……何となくだけど、君はもう不幸にはなっているのかも知れない」
「お前と会えたことが不幸だよ」
「あははっ、確かに……それはあると思うね? ま、考えても仕方ないよ。……もうちょっとだけ好きに飲んでいこっか」
こいつの言う通り、考えても仕方が無い。本当に不幸を招く龍なのかも、それはアザルしか知らないからだ。
それより、せっかく奢ってもらえるんだ。……少しくらい帰りが遅くなってもいいか。
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