第12話 変態メカニック。

「失礼するぞ?」


扉には閉店中と書かれた札があるが、相変わらず人の来ない所だ。……俺も同じだな。


「あぁ、いらっしゃ……って、また君かぁ」

黒の汚れが見えづらいつなぎを着ては、様々な不思議な機械や武器……道具なんかが大量に散らばっている机の上に上半身を置きながら、座っている暇そうな奴がいる。


「客は?」

「ははっ、今日もゼロ。ま、僕も君と同じ様に、何となくでお店をしてるしね?」

それなりに短く切った茶色い髪の毛に蒼色の瞳をしているこいつがメカニックだ。声は高く、まだ幼い雰囲気を出すが……一応、成人だ。何ならアザルよりかは大きいし……さすがに、俺くらいは無いが。


「それで、君が来たって事は……暇つぶし?」

「暇つぶし扱いされるのは酷いな? ま、ちょっとした頼み事よ。……アザル」


後ろから苦手そうな表情を出しながらやってくる。本当に苦手なんだな、こいつは。


「あー、アザルちゃん! お久しぶりだね?」

「は、はは……久しぶり」

メカニックの目つきが変わった。なるほど、これがアザルの言う変態か。


「アザルちゃんを連れてきて、僕の所にやってきたって事は……やっと身体を調べさせて」

「やっぱこいつやだレウィス! な、なんで龍を怖がらないの……」

「アザルちゃんくらい可愛い龍だったら、後ろ殴られるのも嬉しいし、何なら触れられるだけでも嬉しい!」

「……」


いつも調子に乗ってるアザルがこうも変な調子になるのは、まぁ見てて気持ちいいものだな。ただ、特に変態……という辺りは感じない。寧ろただの変人な気がするだけで、それだけだろ。


「それでそれで、レウィスレウィス?? いつアザルちゃんを好きにしてもいいの!?」

「興奮してる所悪いが、今回は別の頼み事でな。……マスケット銃、とかいうのを知ってるか?」

「なんだ、それか。マスケット銃は……一応、聞いたことはあるけど、生で見たことは無いかな」


もう一度アザルに出すようにと、指を鳴らしては指示を出す。まだどこか怖がってる様子があるが……そこまでか。

無から銃を取り出してくる様子は相変わらず不思議だ。いくら魔術が普及しているとはいえ、ほぼ一般人に近い俺にとっては変な感覚だ。


「……これはすごい。しかも、最新式のじゃないか……!!」

「ちょっとした仕事でゲット出来たからな。ま、それをちょっとだけ、改造してもらいたくてな……」

「なるほどね。……報酬は?」


タダでやってもらおうと思ったが、さすがにそんな事は無理か。

なら報酬は……都合の良いことに、こいつはアザルを『ちょっと』調べたがっている。せっかくだ、これをうまく使ってやるか。


「そうだな、お前がほしいのは?」

「お金……なんて言うと思ってるの? 僕がほしいのはね、アザルちゃんの身体を隅々まで調べることで。それをさせてくれるのなら、お願いの一つや二つくらいは聞いてあげるけど?」

「ほぉ、アザルか。……ま、それくらいなら大丈夫だな?」


ちらっと後ろを見てみれば、絶望感漂う表情をしながら涙目になっている奴がいる。ま、当たり前か。何度も何度も変態といっては、来るのを拒んでいたのだから。だからそんな奴に好き勝手にされるって分かると……はー、かわいそうに。


「……ま、冗談だよ。こんな最新式の武器をタダで好き勝手にいじれるって、僕みたいなメカニックにとっては最高だし」


一気に彼女の表情が和らいでいくのが見える。


「俺も冗談だったしな。……とりあえず、先に帰っておくか、アザル?」

「わ、私もまぁしたいことはあるから、先に帰っておくけど……じ、じゃ」

早歩きで工房から出ていく。軽く礼儀としてまず頭を下げるのを見るが、本当に形だけの礼儀だ。割と強く扉を閉めてる辺り、本当に嫌だった様子で……後で謝るか。


「……はぁ、アザルちゃんって僕の事、苦手?」

「変態、だとは言ってたな」

こっちもこっちで、アザルが出ていくのを見れば悲しそうにしてくる。


「僕はただ、龍の構造が気になるだけなのにさ……」

「至って普通だぞ、あいつは? 精々……翼が鋼みたいに硬いくらいだな。肌は俺たち……んや、女性の柔らかさをしているな」

この言葉に全くの嘘は無い。実際に風呂で触った際に感じることだからな。

……あ、これをこいつに言うのは、かなりマズかったかも知れない。


「……な、ななな……なんで君がその事を知っているの!?」

やっぱり面倒なことになる。


「いや、まぁ……事情が合って?」

「そんなの僕には通用しないよ!? そ、そうか! 

君たちは毎晩毎晩肌を――――あいたっ」

「変な勘違いをするな、俺はお姉さんが好きだからな」


たった今物凄い勘違いをされそうになった。こいつ、アザルの事になるとここまで暴走するとは想定外すぎる。

軽く額を叩いて落ち着かせるが、目が完全に……イってやがる。


「良いか、一応だが俺はあいつの主だ。オーケー?」

「そうやって主だからって、権力を使って毎晩毎晩勝手にせ―――――痛いって!? じょ、女性を叩いても良い力じゃないよそれ!?」

さすがに強く叩きすぎたが、これくらいで良いだろ。

……それに、俺もたまに忘れてしまうがこいつはれっきとした『女性』だ。確かに変人だし、龍に軽く発情し始めてる奴だが、一応女性だ。生物学的には女性に入る何かだ。中性的な見た目をしていようが、現に声や身体の柔らかさ自体で女性だと分かる。……アザルは、分かっていないようだが。


「ああすまん、ちょっと力が入りすぎた。 まず俺は一応あいつの主だから、なんだかんだで触れる機会はあるっつーの」

「だ、だからそれはけ……。……はぁ、良く考えれば、別に主と使い魔同士じゃ、当たり前だよねぇ」


やっと納得してくれた。大変すぎる存在だ、こいつは。


「それで、話を戻そっか。……この銃で、僕に何をして欲しいの?」

「ちょっと改造して、作ってもらいたい物がある。なぁに、お前くらいなら……余裕で作れる代物だとは思うが?」

「へぇ……その物は何だい? わざわざこんなにも沢山のマスケット銃をくれたんだ。まさか、これ全部を……?」

「一本だけだ。他の銃は……ま、土産として受け取れ」


金を払わない以上は、こういう粗品だと思うがプレゼントも必要だ。一般人には限りなく必要になることはない代物とはいえ、工房のあるこいつにとってはこれほど有意義な物は無い筈だ。

そして作ってもらいたいのは……。


「俺専用の銃、だ。具体的にいえば……俺の魔力に反応して、俺の魔力で弾を作り、それを発射する」

理論上は可能な筈だ。


「なるほど、ね。……あはは、参ったな、これは僕でも手が掛かりそうな依頼になると思うよ?」

「だろうな。ただ……お前の実力をよく知った上での依頼だ。……不可能では無いんだろ?」

「理論上は可能だよ? ……うん、じゃ、色々と聞きたいことがあるけど、それからで良いかな?」


やっぱりこいつにとっては、理論上は可能か。不可能じゃないことを知っただけで良いことだ。

別に今すぐにほしいわけでも無いから、三日以内に作れだなんて酷な事は言わない。


「先ず銃の大きさをどれくらいにしたいのかが知りたい。……別に重くなっても、アザルちゃんの力のお陰で、大丈夫だよね?」

「懐に入れられる大きさだな。それさえできていれば、他は割とどうでもいい感じだ」

今後の事を考えて、こういう物は作っておきたい。

……別にアザルの力を信じないという事では無いが、男である以上こういった『おもちゃ』の類は欲しくなるものだ。それなら、実用性も兼ねて作ってもらおうという話だ。


「……分かった、とりあえず僕の方は頑張ってみるよ」

「何時取りに来れば良いんだ?」

どんなに早く完成したとしても…数ヶ月くらいは掛かるだろうか。それくらい俺でも分かる、これは非常に難しい代物だ。そんな一日二日程度で出来るようなものじゃない。


「……一週間後。それまでには、全力で完成してみるよ?」

「早いな、本当に大丈夫か?」

「うん、全然大丈夫だよ? 魔力の力で、投射物を発射するような仕組みはある程度理解しているからねー。精々問題があるとすれば……これを銃の方にも適用出来るかって話し。だから理論上は出来ることで……仮にもし失敗したとしても、別の仕組みがあるから、それを適用すれば可能になるはずだからね。ただ、これでもやっぱり問題になるのが重さなんだけど……君の場合は、アザルちゃんが居ることを考慮して……普通のより何倍も重いのにしても大丈夫な筈。だから重さ問題は自動で解決って感じで……今度は大きさが問題になるね。懐に隠せるってなると……ナイフくらいの大きさが良いんだろうけど、この仕組みを以下に小型化出来るかにもよるって感じなのが。こういう銃はもう内部構造がパンパンになっているだろうし、そこから魔力の仕組みを入れるのは難しいと思うけど……ま、もしこれが失敗したら、僕もメカニック失格だけどね?」


長い話で、早口で言っていただけに半分は聞き取れなかった。つまるところ成功するって事か。


「それで十分だ。じゃ、一週間後に取りに来れば良いのだな?」

「そういう事。……じゃ、僕も久しぶりの仕事、取り掛かるよ」


とりあえず可能なことを聞けて良かった。後は一週間後に取りに来るだけか。




……アザルも先に帰ったことだし、少しくらい道草を食っても問題無いだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る