第9話 何気ない朝?

気持ちの良い朝だ。自分のベッドで寝て、自分の見慣れた天井で起きて、踏み慣れた床を歩く。風景も見慣れていて、実に安心感がすごい。

少し遠い位置にあるベッドを見れば……相変わらず、服を着ろうともせずに寝ている奴が一人いる。こいつが俺の使い魔で不幸を招く龍……とか呼ばれていた、アザルだ。今の所こいつと何ヶ月か暮らしているが、そういった事は未だに一つ起きてはいない。


わざわざこいつを起こして、機嫌を悪くするのは面倒だ。それに……昨日のこともある、今日は好きに休ませるか。


俺の一日は至ってシンプル。一応店を開けて、後は閉店の時間まで待つだけ。何なら好きな時間に閉店して、そこらじゅうを歩き回る、なんて事もしても良い。人によっては羨ましがるような生活だが、あまり良い物では無い。

仕事なんて一ヶ月に一つ入ればいいレベルで、酷い時なんか数ヶ月もずっと何もない状態なんてこともある。幸い、土地自体は俺のだから、家賃や土地代は気にしなくていいが……。


「はぁ……準備しておくか」

その前にすることもある。生活レベルで必要な歯磨きとかは済ませておいたが、それ以上に……少なくとも、今の状況では優先するべきことだ。

昨日の依頼、人攫いの事についてだ。結局”リアフィールド”なんて名前を何度か言われただけで、それが誰なのかが分かってはいない。彼女、なんて言っていたから女性なのは確定だ。逆に言えば、それしか分からない。


それと手助けになるかも知れないヒントとして、アザルの言っていた形が”歪な”魔力。

念の為特定出来るように壁の一部を持ってきたが……やはり気味が悪い。一部に破壊されても、壁はまだ魔力を纏って、そして防音としての機能も微力ながらまだ機能している。後はこの魔力の形を特定出来るやつに持っていけば、可能性はある……と、願いたい。


そしてこのマスケット銃も、気になるものだ。ただ一人の人攫いと、建物を守るだけってのに……此処まで武器を本格的にし、十数本もの銃を配置する理由が分からない。屋敷も、特に重要そうな物も一切無く……。


……無い訳じゃない、事前にこうなることを予想して、重要な物だけを持ち帰った。そう考えれば此処まで厳重……アザルにとっては違うが、少なくとも普通の人にとっては、厳重な守りをする理由も納得できる。それに何より……。


「ご丁寧に、書類も何枚か抜けていると」

二十枚くらい合った筈の書類も幾つか取られている。それが分かるのも、ご丁寧に紙一枚一枚に”数字”が書かれているから。最初の一枚目は1、そして最後は20と。ただ数が合わない、何回数えても…17枚しか無い。


「ま、どうでもいいか」

深く考えようとしたが、考えるだけ多分無駄だ。謎を解明した所で、自分に報酬が来るわけでも無く、そのうち大陸騎士団の奴らが解決してくれることもある。今日は銃を一度まとめてから、後でとある所に持っていこう。あ、その前にせっかくだし朝食を取ろうか。……迷う。


「……朝から、うるさい……」


ご丁寧に文句だけは一人前のアザルが、どうやら起きたようだ。そんなに大きい声を出していた記憶は無いが、まぁいい。

てくてくと、此方を見かけては近づいてくる姿はまるで子供だ。


「もうちょっと寝る……」

「ちゃんと着替えたか?」

「ん」


うん、ちゃんと着替えている。ぶかぶかなシャツ一枚だけだが、何も着ていないよりかはマシな筈だ。

……此方に近づき、勝手に膝の上に座ってきてるが……何だこいつは。


「なんだ、主様が恋しいか?」

「……うっさい馬鹿……」


冗談でも刺々しく返事してくる。うん、起きたとはいえまだ機嫌は悪い様子だ。

膝の上と、中々に嫌な位置に座っては寝てくるが……今日は許してやるか。


机で、腕の上で頭を置いて寝る姿は天使のようだ。起きたら悪魔レベルのヤバいやつだが。……少しくらい、今の状態なら撫でても大丈夫な筈だ。あの時は撫で返されたが、今回は寝ている。

さすがに角の部分を触れば、起きるだろうから髪の上から、頭を撫でるだけだ。別に深い理由など一切無く、ただ単に触りたいから撫でる。これ以上の理由は必要だろうか?


「ん……うる、さい……」


触るだけでうるさいと、夢の中でも文句は言えるようだ。

だが、そんなのどうでもいい。直接文句を言わない限り、ずっと頭を触ることにする。



……やはり少し傷んでいる気がするが、女性の髪なんて余り分からないから本当に傷んでいるのかも分からない。

こうなれば、今週金を持ってくると言っていたカトリネの奴に頼んでみるか、何となく女子力高そうな感じがするし、仮に低くても……女性って時点で、俺よりかは知識を持っている筈だろう。

なら今日することはもう決めた。


こいつが自然に起きるのを待ってから、何時も通り適当に過ごすとしよう。

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