第6話 テレポート?

アザルを囮作戦に使うことを決めた数時間後。魔術で連絡を取り合ってるが…未だに何も起きてはいない。彼女を一人で歩かせても、特にそれらしい人も来ず、攫われそうな雰囲気も一切無い。


「……こりゃ厄介だ」


今日中にこの人攫い事件は終わらせないと行けない。なんせ宿屋に泊まる金なんか、もう持っていないから。一日でも引き伸ばされたらこれは失敗だ、報酬のほすら貰えないような事だけは避けたい。


……だから手っ取り早く囮作戦を使おうと思ったが、それでも誰もアザルの方に近づいていかない。


「これ、どういう事なの……?」

「もしかするとお前よりずっと幼い子にしか欲情しないような変態なのかもしれないな」


そうだとしたら本当に最悪な事だ。こいつを囮に出来ないのなら、失敗は確定だ。それか……ほぼ不可能な事だが、この会話を聴いている可能性もある。ま、そんな魔術を使えるような奴なんて、一握り程度の人しか……。


「あー……聞こえますか!?」


元気の良い女性の声がしてくる。……アザルの奴、急に声変わりしたのか?


「……お前、女の声なんて出せたのか……レウィス?」


いつもの少し幼いような声が聞こえる。ああ、って事は……これはまた別のやつの声、って事か。


……魔術での会話を聴いてくるなんて、相当難しいはずの事なのだが……この人物は何の苦労もなく間に入ってくることが出来る。何者なんだ?


「違います、私……カトリネです!レウィスさんが何も聞かずに出ていったから、伝えることが出来なくて……」


「生憎俺は年上が好きなんでね、今回はすまんとしか……」

「ちーが―いーまーす―!誰が貴方みたいな変態を……。それより、もし人攫いを見つけたらの話ですが……」


悔しいが冗談は通じないような人間らしいな。さすがは騎士団、といったところだ。

そして見つけたら何をすれば良いのだろうか。シンプルに殺すな?それとも、ある程度情報を聞き出してから引き渡せと?


「死者は出さないでください。じゃないとややこしいことになりますので……

相手を無力化してくれれば、後は此方が何とか出来ますので」

「ずいぶん注文の多いことだなぁ、レウィス?……ま、一応仕事だ」


誰も殺すな、と。それくらいなら簡単な話だ。手と足辺りを攻撃させては、無力化すればいいだけではないか。


手間がかかると言ったら、嘘ではない。だがこれくらいならアザルの力で楽勝だ。


「じゃ、何か発展があったら後で連絡するからな」


また面倒な注文を言われる前に、二人との連絡を終える。何かあればアザルの方から連絡が来るだろうし、カトリネも勝手に入ってくる事も可能だ。

……しかし、高等魔術師、なんてのは自称だと思っていたのだが、あいつも化物だな。何の苦労もなく、入り込める。……思ったよりも面倒な相手になりそうだ、騎士団とやらは。



「冴えない男性が一人、指輪を嵌めながら近づいてきてる」


さらにあれから数十分後にアザルからやっと連絡が入ってくる。


「そいつか?」

「わかんないね。ま、一度連絡はき…………こいつだっ!?」


相手の姿が見えない分何が起きているのかが分からない。ただ、彼女がこうも声を荒げて驚くのを見れば…ただ事ではない事だけは分かる。

このまま走れば五分程度……いや、もっと早く付けるはずだ。何が起きたのかを早々に確認しないと、アザルに何か怒ってからでは遅すぎる……!


「アザルっ!そいつの見た目はどうだった!?」

「顔は見えなかった。ただ……私達と同じコートをしている。色は茶色いがな」


コート姿の男性か、厄介だな。これじゃ俺たちに似ているじゃないか。


「ちょっと待ってろよ?」


普通に走った所で、かなり時間が掛かるくらい距離は離れている。が……それは普通に走った所で、だ。


距離が離れていたとしても、彼女の力を使うことは可能だ。そうすれば、何倍も早く、何倍も跳ぶことだって可能になる。


「借りるぞ。……アザル」


魔術を使う時はどうにも慣れる事が出来ない。身体中が燃えるように熱く、電流が走っているようにも感じて……そして、痛い。自分の身体では本来持たないような魔術だからか。……関係ない、これもアザルの力で、抑えることが出来るからだ。


「……ヴェント・エ・ライオ……!!」


腕と下半身に風と雷の力を持たせる。ああ、痛い。とてつもなく痛い。だがこれくらいしないと間に合わない可能性があるからだ。

手足に小さい風が纏ってるのを見ることも、感じることも可能だ。腕の方を見れば、いくつもの蒼い電流が身体に向かって走っているのも見える。


此処まで来れば魔術行使の準備は終わりだ。後は思いっきり力を使うだけで。


「……待ってろよ、アザル……!!」


ジャンプすれば通常より何倍も跳べ、走ればどんな馬よりも早く移動することが可能だ。この力のおかげで、どんなに離れた所でも数分以内にはたどり着ける。普通に路上を走っても、遅れるはずだ。それなら…屋根を使うだけだ。


風のお陰で高所から飛び降りても傷は入らないし、降りたところも一切破壊しない。

何も無い屋根の上についたら、後は自由に移動するだけ。



――――――――待ってろよ、アザル。



三分程度、魔術を使ったまま走っていけば路地裏にいる彼女の所に辿り着く。よかった、傷は無いみたいだ。


「大丈夫か、アザル!?」


それでも何か起きていないのかを確認する必要がある。仮に彼女が俺より何倍も、何十倍も強いとしても俺は主なのだから。


「私の反応が遅れてれば、完全にアウトな状況って奴」

「お前でもアウトになりそうな奴なんて、興味が湧いてくるな」


無事のようだ。目立った外傷など一つもなく、特に掴まれた様子も見れない。良かった良かった。


だが、彼女の言っていた茶色いコートの男性が見当たらない、となると逃げ切った様子か。だが、ここは路地裏。少なくとも、アザルが見逃すことが出来るような場所ではない筈だ。そうなると……何らかの魔術で唐突に現れては、消えた。という憶測が出来る。


「それで、そいつの姿が見えないが……まさか、逃げられたのか?」


何が起きたか考えても無駄だ。せっかく現場にいたのなら、そいつに聞けばいいだけだ。


「テレポート。……私も驚いたよ、いきなり眼の前で消えたし」

「テレポートねぇ……」


それだったら、あの時の慌てっぷりにも説明が付く。いくらアザルでも、目の前で人一人が唐突に消える事なんて起きたらああいう状況になるのだろう。……面白い。


「そいつの匂いは?」


仮に逃げられたとしても、匂いさえあればいつでも追跡が可能だ。彼女はこれでも龍の一族で、匂いさえあればその場所すら見つけることが出来るくらいに、鼻が利く。


ただ問題は相手だ。テレポートの魔術を使うことが出来るなら、相当な強敵の可能性もあり得る。近づくたびに、毎回毎回遠くへと逃げられれば……無理だと思う。が……賭けるしか無い。


「そいつは今どこに居る?」

「ここから……十分程度の所にある屋敷に。ずっとそこで止まってるね」


「へぇ、案外近いじゃないか?」


ずっと止まってる、となると……そこが人攫いの拠点となっているのだろうか。絶好のチャンスだ。仮にテレポートで逃げられたとしても、拠点を占拠出来れば十分な証拠を集めることだって可能だ。実質的に解決した、ともなっては報酬も貰える。


なら、後はその屋敷に移動するだけだ。適当に歩いていたり、走るのも良い。何なら、久しぶりに彼女の翼で飛ぶのだって良いはずだ。


「移動方法はどれが良い?久しぶりに飛んでみるか?」


「面倒からやだ。どうせ近いんだし……このままゆっくり歩きながら、の方が絶対楽しい」

「それで筋力低下なんて起きて、いざというときに飛べなかったら困るぞ?……

ま、今日はゆっくり歩いていこうか。悪役みたいに、なっ」


先程の魔術行使で痛めた身体を、彼女の力で少しづつ治癒も出来るからそれを兼ねることも出来る。




……さぁ、後はパーティ会場に着くだけさ。

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