第5話 パーティの準備。
昨晩、風呂から出た後、部屋に戻れば一足先に眠っているアザルの姿が見えた。昼間ずっとうるさかった姿からは想像出来ないくらい、静かに眠っている。遊び疲れた、なんて言葉が似合うくらいだ。そんな姿も、一日が過ぎれば嘘のようになるが。
自分のベッド以外で気持ちよく寝れるのは気持ちの良いことだ、朝を迎えても良い気分になれては、疲れがよく取れる。
それに、いつも寝るのを邪魔してくるような使い魔も近くにはいない。もう一生この宿屋で住みたいくらいだ。
「……すぅ」
余り離れていない、隣のベッドの方を覗けば気持ちよく寝ているのが見える使い魔事アザルがいる。寝ている時は油断しているのか、翼もコートの役割をせずはだけては彼女の素肌が露わになっている。
毎度の事ながら、なぜ下着すら着ないのかが謎だ。
せめてブランケットを掛けてあげようかと思ったが、後で口うるさく何か言われるだろうし、このまま何事も無かったかのようにするのが正解なのかもしれない。
こいつが起きるのが…三十分後、だとすればまだゆっくり出来る筈だ。可能ならば、新聞紙でも取っては人攫いの事が書かれているのかを確認するのだって良い。とりあえず壁にかけておいたコートを着てから、考えよう。
……。
ノック音が聞こえる。それも相手が寝ている事を考えての優しく、小さいノック音じゃなくて、割と激しい音だ。思いっきり叩いてるようにも見える。
誰だ、こんな朝早い時間からうるさい奴は。折角の時間を潰そうとするやつは……。
「こんな朝早い時間に失礼します。……こほん、私は大陸騎士団南地方の高等魔術師、カトリネ・ロドリゲス。……えっと、貴方がアザルっていう使い魔の主の……レウィス、さんで合っていますか?」
此方から対応する前に扉を勝手に開けては、高等魔術師と名乗る女性が入ってくる。どこかで聞いたような声付きだが、中々思い出せず少し考えていたら……思い出した。昨日物凄い痛い魔法をいきなり撃ってきては、アザルに殺されそうになった女性だ。あの時はローブを着ていたから分からなかったが。
「まぁ、レウィスで合ってるが」
「……!な、なら良かった!えっと、お二人に話がありまして……あ、勝手に失礼しちゃいますね?それで、特にアザル、って使い魔の方に話が……あ……って……」
できるだけアザルの姿を見せないように、扉の前に立っていたのだが此方を退かすようにしては勝手に図々しく部屋に入ってくる。この宿にはプライバシーは守られないのか?
「……やっぱり捕らえたほうが」
「ま、待て待て!お前は物凄い勘違いをしているかもしれないが、それではない!断じてお前の考えているような物ではない!!」
「少女に手を出した挙げ句、衣類を着させないで放置するような光景を見ても”勘違い”ですか……」
「本当に勘違いだからな!? それに、俺はこんなガキに欲情するぐらい落ちてはいねーからな……」
最悪なタイミングだ、本当に。こんな事になるならブランケットの一つくらいかけてやったほうが良かった。そうすれば少なくともこんな変態みたいな勘違いはされなかった筈だ。
「十分変態ですから……。……まぁ、いいです。今回はとある理由で訪ねてきまして」
思ったよりもあっさりと信じてくれた。
それはそれで楽なのだが、変態と思われるのは嫌な気分だ。さっさとアザルが起きてくれれば、なぜ裸に近い姿で寝ている理由をおしえ……。
……いや、駄目だ。アイツのことだからなんか適当に「夜に脱がされてそのまま」なんて言っては事態をややこしくする筈だ。
「そ、それでだ!どんな理由でこっちに来たんだ?」
「理由は二つありまして。……まず、えっと……アザル……ちゃん?が起きてもらわないと、話せないことで」
「それならお前が起こせばいいだろ……」
「……絶対嫌です!」
アザルも聞かないといけない話、となれば面倒な事だ。こいつは自分で勝手に起きる以外では相当不機嫌になり、なんというかいつもよりうざくなる。
だから可能であれば起こしたくは無いが…この高等魔術師さん事カトリネは待ってくれるのだろうか。
「だ、大体貴方が彼女の主ではないですか!」
「まぁ、一応主だな。……はぁ、今回限りだ、起こしてやるから」
この様子じゃ時間も余り無いだろう。それなら俺が起こす必要もある。
どうせアザルの奴も、カトリネと話をしたかった事だし、起こすタイミングとしてはかなり良い。最も、起こすのが良いとは言っていない。最悪動物みたいに噛まれたり、爪で引っかかれたり…もしかすると殴られるのかもしれない。まぁどうでもいいや。
彼女に近づいては肩に手を置き、何回か揺らす。それと同時に何かが揺れる気がするが気のせいだ。出来る限り身体を見ないように目を逸しては、揺らしているからだ。……身体の方をな。
「さっさと起きろ」
相当深い眠りなのか、いくら身体を揺らしても一切反応が無い。さすがは龍って所か。それなら声をかけてみるが…反応は無し。
「……そ、相当疲れていたんですかね……」
「いや、こいつは眠りが深いだけだ」
起こすために頬を何回も触っても、頭を揺らしても中々起きてこない。もしかすると頬が柔らかいからか、衝撃が……。……いや、そんな事は無いか。
なら最後の手段、ツノを刺激するだけだ。
「おーい、起きないと折るぞー?」
後ろ向きの黄色いツノを軽く触れば、面白いくらいに彼女の身体が反応する。
触ってる方としてはただの硬い部位を触っているだけだが、彼女にとってはある意味で敏感な場所なんだろうか。何でも折られたら龍としての力が使えなくなるとか言っていたこともあったし。
「……な、何をしている、レウィス……!」
「おー、やっと起きてくれた」
顔もリンゴの様に赤くなれば吐息も荒くなっていて。……うん、結果はどうあれ起きてくれた。
「……やっぱ変態なんじゃないんですか?」
カトリネの方は、これを見ては余計に変態扱いをしてきたが。
「……それで、お前は私に会いたいと?」
翼をコートに変えてから話し始める。これで少なくとも裸、ではない。
やや不機嫌そうな表情をしているが気にしない。そのうち機嫌も良くなってはいつもの口うるさい使い魔に戻るだろうし。
「私が、というよりも……私の、使い魔?」
「……ヴィダか?」
初めて聞く名前。もしかすると彼女の言っていた古い友人、なのかも知れない。
もしそうだったらビンゴ。後は人攫いの件も金をもらうついでに解決すれば良い。
「だって。出てもいいよ?」
その一言で、カトリネの背中からまるで幽霊のように突如人形が現れた。
アザルのと違い蒼い二本の立派なツノがなんとも印象的な、大人の女性が出てくる。パッと見た感じでは翼の類などは無く、普通に服をも着ている。そして雰囲気も中々に落ち着いている感じがしては、琥珀色の蛇眼をしているアザルとは違い、明るい青緑の色をしては、対照的になる白に近い銀色の髪の毛をしている。
「始めまして、カトリネちゃんの使い魔……ヴィダ、って言います。アザルちゃんの方は……ほんと、昔と変わらないよねぇ」
白い手を口元に当てては笑い始める仕草は美しい。同じ龍でも此処まで違うのはある意味で驚きだ。
「ヴィダの方も昔と全然変わらないな。ま、生きてるって確認出来ただけいっか…帰ろう、レウィス」
「残念だがまだ用事があるから、な?カトリネさん?」
此処にやってきた理由が二つもあるんだ。ここではい、終わり。帰りましょなんて事はさせない。
アザル自身も察したのか、また不機嫌そうな表情をするも文句一つ言ってこない。
「……昨日は助けてくれないって感じでしたけど……も、もしかすると、そのー……気分が変わったり?」
「八割。お前が騎士団からもらう報酬の八割で手を打つ」
かなり強気な取引だとわかっている。だが……ほぼ何の情報も無く、本来なら手間がかかるであろう事だ。これぐらい取らないと割に合わない。
「……ほ、本当に解決をしてくれるのですか?じ、情報も全然無いですし、手の打ちようがないですし……」
「それに関しては簡単だ。な、アザル?」
子供を中心に攫うのなら、丁度良い”餌”が一人いるからな。
できるだけ彼女を危険には晒したくないが、今回は仕方がない。それに、彼女くらいの力の持ち主が危ない状況なんかになったら……誰にも手を負えない筈だろう。
「そう、だな。私もお前にいきなり起こされたのだから……ストレス発散、として良さそうではないか?」
「……ちょ、な、何する気なんですか!?」
アザルの方は察したが、カトリネは全然わかってないようだ。ま、仕方ないといえば仕方がない。簡単に説明してあげればいいだけだから。
「子供を中心に攫うような人攫いだったら、アザルを囮に使うだけだ。少なくても、お前や……ヴィダ、って言うんだっけか?それより適任だとは思うからな」
アザルくらいの反応速度なら、仮に相手が何らかの方法で攫おうとしてきても避けることが可能だ、何ならそこから捕らえることだって容易い。
仮に逃げたとしても、匂いから後を追うことだって可能。後はその人攫いがアザルを標的にするかが問題だが……まぁ、なんて言っても不吉の龍だ。攫われることくらいはあるだろうな。
「そ、それでも!アザルちゃんが危険になるし、そ、それも成功するとは限らない……」
「なぁに、安心しろ。絶対に成功させてやるからな」
口うるさく言ってくる魔術師の方は無視することに限る。
アザルにはとりあえず適当な服を着させてから、攫われる準備をすることだ。
「なんか適当な服でも着て、出かけるぞ。アザル」
「はいはい……面倒とはいえ、一応久しぶりの仕事、だしね」
後ろからカトリネの声が聞こえるが、生憎なんて言ってるかがよぉく聞こえない。
宿屋に対して常に金も払った。普通に出ていっても何の問題も無い。何ならカトリネの方で後始末をもしてくれるだろうし。
……さぁ、パーティの準備をしようじゃないか。
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