第3話 ちょっとした旅行気分。

――――――殺す。



本気なのか、低めのトーンで高等魔術師、とやらに伝えるというよりも、これは脅迫だ。ま、それもどうでもいいか、俺はこの魔法を解いてくれればいいだけだから。

ただ、可能であれば死者は出したくない、というよりも騎士団とは厄介事を起こしたく無い。無いのだが……可能であれば、魔術師さんが協力しては、この場を収めるのが理想的なのだが……。


「……殺す?……こ、このロリコン人攫い、此処まで強力な催眠術を使うだなんて……今から、解放するか―――――――」



―――――――――ゼロッ!!!





パチン、と指を鳴らす音が聞こえれば辺り一面真っ黒に。それと同時に、魔術師の両脇にアザルが威嚇、として攻撃をする。

ほんの一瞬のことで、俺自身も、そして魔術師も何が起こったのかは分からないであろう。ただ、気がつけば……人一人串刺しに出来る程度の黒い槍が大量に刺さっており。


「……さて、人間。貴様の耳がよぉく機能していない事を知らずに、忠告した私も馬鹿だっただから…貴様にもう一度チャンスを与える。その腐った肥溜め以下の物体しか話せないような口を閉じて、我が主を解放しろ。すれば、今回は見逃してやる」


「ぁぁぁ……は、ははは……はぃぃ……ぇ、ええ……っと……で、ディスペル……」


魔術師はもう完全に怖がっているだろうな、アザルの事を。声もずっと震えている上に、何も言い返さない。いや、無理もない……唐突に自身の大きさ以上の槍が両脇に降ってくるものだ。あれ、俺でも絶対に失神するくらいだ。


「……。……はぁ、もう少しで冤罪になる所でしたけどね…主様?」


「あ、ああ……というか、俺だっていきなりの事で対応出来なかったから……」


こちらを心配そうに見てきても、彼女は魔術師の方に集中しているのが分かる。なんだかんだで俺を守ろうとするのは事実の用だ。

そして、今からこの魔術師をどうするのかが…。最大の問題だ。確かに、傍から見れば子供を攫っているようにも見えなくもない俺だが、これは立派な冤罪だ。もう少しで無実の人間が死ぬ所だった。


「す、すすすっ……すいません……!」


何回も頭を下げては、必死に謝ってきてる。……此処までされると俺の良心も傷つくと言うか、頭を下げるのはやめてもらいたい。ただ、辞めた所で……幾度と無くアザルの言葉を無視したことはやばいだろう。主にアザルの方に。


「そもそも、なんで不意打ちなんて形で俺に魔法使ったんだよ……」


「主様、こいつに近づかないでください」


問いだそうと近づいてみようとしても、アザルがすぐに距離に置くように、と命令してくる。俺を守りたいのがちゃんと分かるが、これくらいは大丈夫なんだがな。


「だ、だって……」


「……だって?」


「こ、ここ……南地方ですと、反撃される危険性も考えて、まず動きを止めないとだめって、言われて……」


「……あぁー」


納得した。ものすごく、納得出来る言い訳だ。少しでも考えれば、彼女の行為は正しかった。こんな治安の悪い、と言われている南地方だ。相手と話そうにも、彼女の騎士団と分かりやすい制服からはすぐに逃げられるか、反撃される危険性がある。


「と、言うことだ。アザル、今回は俺が悪かった」


「……は?お、お前……正気?」


「至って正気だし、至って普通だ。流石にこんな不審者極まりないようなコートで出歩いた俺も悪かったからな。……それに、人攫い、ねぇ……」


実害がどれくらいによるかだが、運が良ければ…此処で一仕事も可能になる。最も、今は…どことなくポンコツに見える騎士団の者が一人いるが…まぁ、大丈夫だろう。


「そ、それで……ゆ、許して……くれ、ますか?」


「まぁ、今回は仕方ない。……それより聞きたいことがあるから……まず怖じ気づくのをやめろ!アザル……こいつも、使い魔である以上少しピリピリしていただけで……ほら、今のこいつを見ろ!」


力強く、相手が納得しそうにとりあえずごり押すだけ。こちらはもう怒ってない、と相手が思ってくれるだけで十分だ。その後しっかりと、その人攫いということについて聞くだけだ。

横目でアザルを一瞬だけ見る。こいつが俺の意図を納得してくれるのが理想だが。理想なのだが……どうなるのかが、自分でも予想つかない。


「……あー、わ、私もちょっと、話を聞いてもらえなかったから怒ってただけで……」


「……ほ、本当ですか……?」


「本当だって。ま、今はそれ、置いといて……レウィス、言いたいことあるんでしょ?」


ちゃんと協力してくれた。やっぱり使い魔、は伊達じゃない。


「うん、ちょっと俺も言いたいことあって。……人攫い、についてだけど」


彼女が何回も言ってきた人攫いについてだ。

騎士団、それも信じられないが高等魔術師が出てくるくらいだ。相当な問題事なのは事実だろうな。あとは俺たちが『ちょっと』協力することができれば…金も入るのは確実だ。このチャンスを見捨てるのはもったいない。

とりあえずアザルを隣に付かせ、涙目になっている魔術師が落ち着くように少し待つだけ。……流石にこれは泣いてもいいレベルなのだが、さすがは高等魔術師だろうか。多分自称だと思うが。




「人攫い、についてですけど……の街で起きている事件です。……主に子供や、思春期の子供を攫うような事件、です」


当たり前のように言うが、かなり厄介な事件だ。これは確かに、高等魔術師の出番が必要になるはずだ。人攫いの事件はよく見かけてはいたが、保護下にある子供を攫うのは……至難の業だ。


「容疑者の目撃情報も、錯綜してまして……。そちらみたいな二十代前半の男性が攫っている、とか……女性、とか……高齢の男性、という目撃もあるんですけど……」


「酷くまとまりのない目撃情報だな、それ」


つまり、犯人は二十代から三十代、もしくは四十代から五十代くらいの男女の可能性と。……それ全員だな。それ70%の人間が完全にアウトな情報だな。

こんな不確定な、全て違う情報しか集まってないんじゃ、無理だな。自分の手には絶対に負えない。此処は何事も無かったかの用に、立ち去るのが正義で…というよりも、さっきの魔法のせいで未だに体が痛い。さっさと宿屋に行って休みたいくらいだ。

そんな俺の考えを見抜いたのか、代りにアザルが発言をしてくれた。


「うん、とりあえず姿は全くわからないから……捕らえるのは無理、と。私と主様も忙しい身だし……。……今回のことは忘れてあげるから……ほら、行こ」


「そういう事だ。何の助けになれなくてすまんな」


強引に帰ることが出来るの、これはアザルのおかげだ。傍若無人っぷりな振る舞いを出来るのが功を成したか。魔術師も余り気にせずに、見送る辺り…最初から協力は頼もうとはしなかった、と。

人攫い事件を助けていれば、もしかすると多額の報酬金が入っていたかもしれないが……まぁ良い。できるだけ過去を振り返らないのが賢い生き方だ。


「……どうした、アザル?」


それでも、アザルの方は神妙な面構えをしている。


「いや……あの魔術師がちょっと気になって。…ま、お前も体が傷んでるだろうし、今日は宿屋に早く行こ?」


「ああ、結局宿屋は借りることか……」


金が湯水のように使われてく。主にこいつのせいで、だ。

ただ、こうやって心配してくれるのは……嫌いじゃない。



「レーウィースー。部屋、借りれた?」


宿屋の前にある小さいベンチで彼女、アザルは座っている。絶妙にベンチは高く、そして彼女の身長が低いこともあり……ギリギリ足が付かなく、ぶらぶらと足を揺らしている。旗から見れば何の特徴も無い少女が、元気よく声を出しているだけだ。……これ、最悪人攫いを釣れる……。……こいつなら最悪な事は起きないだろうし、一応それも考えよう。


「借りれた。何ならお前のための貸切風呂も借りれたからな?」


「はぁー、疲れた……」と声に出しながら隣に座る。本来なら女湯、男湯と別れては貸し切りなんて普通無理なのだが……少しの嘘と大量の金を出せば、貸し出してくれる。……うん、金の入ってる袋も相当軽い……軽いなぁ。


「それはさすがの私も理解は出来ない。貸切風呂がほしい、なんて一言も発してないのに……」


「お前はなんだ、一般人が周囲にいる状態でもその翼を広げるつもりか?」


彼女はこれでも使い魔である、だからこそ貸し切りでないと行けない。……本来なら使い魔って風呂に入る必要性も無いのだが……こいつは何故か自分から入りたい、とねだって以来毎日欠かさず入ってる。

だからなんとなくだが、自分が使い魔だということを忘れているのではないかと思ってしまう。


「私は別に大丈夫だが……」


「いーや、駄目だ。最悪追い出されるかもしれないから、黙って貸切風呂に入れ……」


俺個人もたまに忘れてしまうが、彼女の着ているコートは四つの翼からなるような服だ。当然、この翼を広げれば下は……なんてことは無い。たまに飛行が必要になることもあるから、ちゃんと服を着させた。本人はコート一枚だけで大丈夫と思っていた時期もあるのを思い出せば…やっぱりこいつは一応使い魔だ。

辺りもすっかり暗くなり始める頃合いで。ベンチに座ったまま宿屋を見ていれば、それなりの数の人たちが入っていくのを見る。こんななんにも無い所でも、宿を利用する人は多いのだなと思い。


「はぁ……」


珍しくアザルからは疲れたようなため息が聞こえる。


「どうしたんだ?」


「……いや、気になることがあっただけ。……それより、早く中に入ろうか、レウィス」

「お前が立ち上がるのを待っていたんだがな」


二人同時にベンチから立ち上がれば、先に貰っていた鍵を指でくるくると回しながら宿屋へと入っていく。アザルは考え事をしているようだし、自分からわざわざ話しかける理由も無い。

そういえば衣類は…。…どうせ明日で帰る予定だ。もう一日同じのを着ても大丈夫だろうな。



部屋の前に付けば、鍵を使い扉を開ける。

南地方の宿屋、だからあんまり期待はしてないが…一応、高い金を払ったこともある。凄まじく快適、とまでは行かなくても…中央地方の、普通部屋と同じくらいのレベルは欲しい。仮に貸切風呂のせいで高い金を払ってることになっても、な。

……扉を開ければ、思っていたよりも立派な内装を持つ部屋が合った。薄茶色のシルクのカーテンに、それなりに離れた距離を持つなんとも柔らかそうなベッドが2つ。ダブルベッドが一つだけ、じゃないのが良い事だ。さすがに、寝相の悪いこいつと同じベッドで寝るのは…無理だ。まず高確率でベッドから追い出されるからだ。


「なんだかんだでお前の部屋よりは立派じゃないか?ん?」


アザル御本人は気に入ったのか、俺の部屋を小馬鹿にしてきてる。


「いくら南地方っていう所でも、宿屋は宿屋だからな。それに、高い金を払って、俺の部屋よりも貧相な部屋を貸してきたら俺も怒るからな?」


「おー、怖い怖いっ」


我先にと彼女はベッドにダイブするようにしながら、煽ってきてる。その割にはベッドを心地よく思っているのか、表情は緩くなっているが…。こういう性格だとはわかっているが、やっぱりムカつく。

もう片方のベッドにそのまま座れば……確かに、これは心地よいものだ。決して固くなく、かといって埋もれそうにならない程度に柔らかい。この宿は大当たり、だ。


「はぁー……。……レウィス。いつ風呂に入ってもいいの……?」


まるで猫がゴロゴロするのと同じように、ベッドの上で彼女が小さく動き回る。早く風呂に入りたいらしいが、まだ無理な事だ。


「宿の店主が二回、ノックしてくるから。その時が合図……とのこと」


ノックしたあとすぐに入れ、という訳ではない。実際に部屋とはまた別の鍵…浴室の鍵だろうか。まぁ貸し切りだったら此方としては文句は一切無い。仮にこいつが文句言ってきたら、無視すればいいだけなのだから。

後は宿の店主を待つだけ。その間はベッドに寝転ぶなり、座りなり…店主を待つだけ。その後にやっと寝れるのだから。


「……じー……」


「あ?」


「おっそいんだけど……?」


「少しくらい待て」


少しでも隙を見せれば、文句を言ってくる。まるで子供と思ってしまうくらいだ。

少し待てと言っても不満気ありそうに此方をじっと見つめてきたり、わざとらしくため息も出してくる。遠回しに相手をしろ、と言ってきていると思うも俺もそれなりに疲れているし、収まったとはいえ未だに鈍い痛みが続いている。明日ならまだ相手出来るかも思うが…まぁ、その時はその時だ。

何もせず、ベッドの上でただただ待っていれば、部屋の扉の方から二回、軽くノックする音が聞こえる。その後何も起きなかったことから……風呂に入っても良い合図、というわけだ。場所に関してはもう教えてもらったから、後はこいつを連れて行くだけ。その後やっと寝れる、やっと疲れが取れる。

ノック音をアザルも聞こえたのか、すぐさまベッドから飛び上がるようにすれば無言で此方を見つめてくる。「早く行くぞ」の合図なのか。それにアザルにとってはある意味初めてな旅行、にもなっているからかうきうきしているのが目に見える。このまま一人で先に行かせるのもいいが、はじめての旅行的な物だ。付き合ってやる事にする。


「はいはい、じゃ……さっさと行くぞ」


鈍い痛みが続くがそれを気にせず、ベッドから立ち上がりそのまま浴室に移動するだけ、だ……。

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